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最低賃金の引上げは、「情報弱者」の味方 - 塚崎公義 (久留米大学商学部教授)

 最低賃金が26円引き上げられることになりました 。「これは企業にとって困ることで労働者にとって嬉しいことだ」と言えそうです。

 今は景気が良く、労働力不足です。最低賃金が上がっても、失業者が増えることにはならないでしょう。それなら最低賃金の引き上げは労働者にとって嬉しいことですね。特に、「情報弱者」の労働者にとって朗報です。

 世の中には情報があふれていますが、それでも情報に疎い人(情報弱者)は必ずいます。

 「自分が世間相場よりずっと安い時給で働いていることに気づいていない人」

 「自分の時給が友人より安いことには気づいているが、時給の高い仕事を見つけることができない人」

 といった人がいるのです。最低賃金が上がれば、そうした人々も今までより高い時給で働けるようになるでしょう。

 情報弱者ではない労働者にとっても、最低賃金が上がれば恩恵を受ける可能性は高いと言えそうです。「経済学的に正しい賃金相場と比べて今の世間相場が低すぎる」という場合も多いからです。

労働力不足というのは賃金が安すぎる証拠

 賃金は労働力の価格です。「価格は需要と供給が一致する所で決まる」というのが経済学の大原則ですから、通常のケースでは労働力の需要と供給が一致しているはずです。需要と供給が決まる時の価格を「均衡価格」と呼びます。経済学的に正しい価格(本稿の場合は賃金)、と考えて良いでしょう。

 もっとも、世の中は経済学が考えているほどスムーズには動きません。人々が「均衡価格」を知っていれば問題ないのですが、実際には人々は均衡価格を知らないからです。

 失業が多いということは、労働力の供給が需要より多いということですから、労働者たちが「均衡価格より高い賃金が欲しい」と言って仕事を探し続けている状況です。これを解消するのは容易ではありません。政府が失業者に向かって「均衡価格はもっと低いから、もっと安い賃金の仕事を探しなさい」とアドバイスをすることは可能でしょうが、諦めきれない失業者も多いでしょうから。

 反対に、労働力不足だということは、均衡価格より低い賃金で労働者を雇おうとしている企業が多数あるということです。おそらく世間相場が「均衡価格」より低いのでしょうから、これは解決が簡単です。最低賃金を上げれば良いのです。さすがに最低賃金が上がれば、均衡賃金より安く雇おうという企業は諦めるでしょうから。

 もちろん、最低賃金の引き上げ幅が大きすぎれば失業者が増えてしまいますが、そうでない限りは、最低賃金の引き上げは労働力不足を緩和するのです。これは、均衡価格より低い賃金で労働者を雇おうと無駄な努力を続けていた企業に気付きを与える役割もしていることになります。

最低賃金の引き上げは、日本経済にとって良い影響

 最低賃金が引き上げられると、効率的ではない企業は「そんなに高い賃金は払えないから、アルバイトに辞めてもらおう」と考えるでしょう。そうなれば、効率的な企業は「最低賃金が上がったのは手痛いけれど、おかげで効率的でない企業がアルバイトを減らしてくれて、我が社がアルバイトを採用できることになったのだから、満足しなければ」と考えます。

 結局、アルバイトが効率的でない企業から効率的な企業に移ったわけで、これは日本経済全体として見ると好ましいことです。

 最低賃金が上がると、日本経済には、もうひとつ良い影響があります。それは、企業が「安い賃金で労働者を雇うことができない」ということをしっかり認識するので、「それならば省力化投資をしよう」という決断ができることです。

 「自動食器洗い機を買いたいが、安いアルバイトが見つかるかもしれないから、今少しアルバイトを探してみよう」と考えていた企業が、諦めて機械を買うことにすれば、日本経済が効率的になります(別の言い方をすれば、労働生産性が上がります)。

将来の不況期は心配だが

 さて、最低賃金の引き上げは、どんな場合でも労働者にとって良いことだ、と考える人がいるかもしれませんが、そうと決まったものでもありません。

 景気が悪くて失業者が大勢いる時に最低賃金が上がれば、いままで雇っていた企業が「こんな高い賃金を払うなら、雇わない」と言い始めて、失業者が増えてしまうからです。

 もっとも、どの程度最低賃金が上がるとどの程度失業が増えるのか、という問題はあります。最低賃金が1%上がったら失業が10%増えるなら大問題ですが、最低賃金が10%上がったら失業が1%増えるなら、労働者全体としては悪い話ではありませんから。

 そこで、本来であれば「景気が良い時には最低賃金を引き上げ、景気が悪い時には状況に応じて最低賃金を引き下げる」ことが望まれます。しかし、実際には最低賃金を引き下げるのは難しいでしょうね。労働者たちの反感を買うでしょうから、選挙を気にする政治家たちは、引き下げを避けようとするでしょう。

 そうなると、「失業者が増えたら失業対策の公共投資を増やす」ということになって財政赤字が増えてしまうかもしれません。

 したがって、「本稿は基本的には最低賃金の引き上げに賛成だけれども、将来の不況の時のことは心配だ」ということになるでしょう。

 もっとも、今後は少子高齢化によって、いつでも労働力不足だ、という時代が来るかもしれません。そうなれば、「最低賃金の引き上げは良いことだ」と素直に言えるようになりますね。そうなると良いですね。

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