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国民の暗い表情は「自分のせい」野田佳彦氏が総理大臣になって見た景色

細川護熙元首相の「経国」という書を背に。

民主党政権最後の首相、野田佳彦氏。第95代内閣総理大臣として日本政府のトップを務めた野田氏は、現在の日本をどのように見ているのだろうか。現在は無所属の議員として野党結集に力を注ぐ同氏に、経験したからこそ分かる総理という立場の重さ、野党結集に必要なことについて話を聞いた。【取材:田野幸伸・村上隆則 撮影:弘田充】

総理大臣になって「風景が変わった」

—— ニュースを見ていると、2012年の退陣からすでに5年が経っているにもかかわらず、野田さんの肩書きはいまだに「前首相」のままですね

野田佳彦前首相(以下、野田):私も「前首相」が長すぎると思っています。本音を言えば、早く「元首相」になりたいですよ(笑)。

——内閣総理大臣という役職を務めた方は日本の歴史を振り返ってもそう多くいるわけではありません。野田さんはその立場を経験してどんなことを感じましたか

野田:現在の安倍総理は第98代目で、私は第95代の内閣総理大臣でした。ですが、総理大臣経験者というのは、初代の伊藤博文から数えても実際の人数は62人しかいない。私の前は頻繁に変わってしまったので、そこで人数は増えたのですが。その貴重な経験を1年4ヶ月させていただきました。その時の経験をわかりやすい表現でいうと、「風景が変わった」ということでしょうか。

総理になると、車で移動する際にも警備車両が前後につくようになり、赤信号がどんどん青信号に変わっていきながら進んでいくというような状況になります。それでも都内などでは渋滞や交差点で車が止まる瞬間がある。そのとき、ふと周りに立っている人の顔が見えてくることがあります。

その中に元気のなさそうなサラリーマンがいて、「会社の業績が悪いのかな」なんて想像するわけですが、それを「もしかして、私のせいかな」と思うようになりました。また別の時には、疲れた顔をしたスーパーのレジ袋をもっている女性を見かけて、「家計のやりくりが厳しいのかな、大変なんだな」と想像したりする。それもやはり「私のせいかな」と思ってしまうんです。

野党のときも、財務大臣をやっていたときもこんなことはなかったのですが、1億3千数百万人の色々な方向性や、具体的な政策を最終的に決断する総理大臣という立場になって、街で見かける人の暗い表情は「自分のせい」なのではないかと思うようになりました。もちろん個人的な事情は人それぞれあるとは思いますが、それは大きく変わったことです。

—— ひとつの国家を運営していくという、実務の面ではどうでしょうか

野田:私が総理大臣を経験して感じた日本という国家経営の要諦が3つあります。

1つ目は「政と官の距離感」をどう保つか。民主党政権は政治主導が空回りして、役所と良いチームを作れなかった。彼らも様々な思いがあって官僚になっているのですが、その思いを生かし切れなかったんですね。その後政権は自民党に戻りましたが、いまは忖度を強制させるような空気になってしまい、また別の歪んだ関係となってしまっています。

2つ目は「日米」。日本外交の基軸は日米関係だと私は思っています。私の時はその関係が傷んでいたので、その立て直しをどうするかというのがありました。その立て直しが終わったあと安倍政権がスタートしましたが、今度はアメリカ側の大統領がオバマさんからトランプ大統領に変わって、非常に大変な状況になっています。

3つ目は「皇室」です。私は東日本大震災の直後に総理をやりましたが、被災地に何度も足を運んでいただいた天皇陛下と皇后陛下の存在というのはものすごく大きかった。被災者のみなさんが我々にするのは「避難所で困っている」「仮設住宅をなんとかしてほしい」といった陳情です。しかし、天皇陛下や皇后陛下にそういう話をする人はいません。ただ、陛下が膝を折って被災者の方のお話を聞くと、つらかった気持ちや本音がどんどん出てくるんですね。それはやはり国民を統合していく象徴としての大事な取り組みだったと思います。

この3つは総理を経験してよく分かった部分ですが、それぞれが今まさに過渡期を迎えていますよね。政と官の距離は忖度の強制という形で問題化しましたし、日米関係はトランプ大統領とどう付き合っていくのかという問題があります。そして、皇室の問題は女性宮家をつくるのかというところまで行くでしょうね。

BLOGOS編集部

野党がバラバラなままでは、国民の受け皿にはなれない

—— 現在の政界はその時々の「風」に頼った選挙戦が続き、その結果、一強多弱と呼ばれる情勢になっています。そのような状況をどのようにお考えですか

野田:私は毎朝街頭に立って演説をしていますが、その手応えというのは、受け取ってもらえるビラの数でわかります。31年前、私が初めて街頭に立ったときは300枚しか配れなかったビラが、今は3000枚になっている。やはり、所属する政党によって逆風だったりとか、その時々の状況で増えたり減ったりすることもあるのですが、経年で追うと増え続けているんです。

そのような活動を続けていると、ビラを受け取ってくれた方達から声がかかることがあります。その声を聞く限り、圧倒的に自民党が強いのは確かですが、安倍首相のままでいいという人はそんなにたくさんいるわけではない。ここ最近は、そのギャップを特に強く感じるようになりました。なぜこのようなギャップが生まれるかというと、やはりきちんとした受け皿がないからです。安倍首相は代わってほしいという方達の受け皿になるためにも、野党をつないで、いくことが我々の使命です。

残念ながら野党がバラバラのままでは、国民の受け皿になることができず、自民党を利するだけになってしまう。それを避けるためにも、大きな塊を作って緊張感をもたらさないといけない。今国会を「最悪の国会」と評した人もいましたけども、私自身もこれほど酷い国会はこれまでなかったと思います。その原因はやはり、野党が多弱な状態にあることです。

もちろん、立憲民主党も国民民主党も、それぞれが党勢拡大を目指す中で、ライバルになってしまうこともあります。ですが、そういうものを乗り越えて、選挙では一緒に戦わなければいけない。少なくとも、すみ分けはしっかりやるべきです。いまさら政党の勝手な離合集散しては国民に否定されますから、同じ党になるということは困難だと思います。ただ、いくつかのテーマでは大同団結できるはずです。そのチーム作りは、フリーな立場である無所属の私どもの役割になってくるのではないでしょうか。

—— 野党が団結できるとするならば、それはどのようなテーマになるのでしょうか

野田:安倍政権が一番やってこなかったことは財政再建です。プライマリーバランスを黒字化し、税収の範囲内で出ていくお金を賄うということ。これは小泉政権以来掲げていて、旧民主党政権でも掲げていたことです。元来、プライマリーバランスの黒字化は2020年までの目標となっていたのに、安倍政権はこれをさらに引き延ばしている。安倍政権になってから5年も経っているのに、何もやってこなかったことの証明です。

これでは若い世代、これから生まれてくる世代に対して、負担の先送りをしてしまう。これに対して、「それは違うだろう」と言える、もう少し責任をもった政治勢力が出てこなければならないし、それは安倍政権との決定的な違いになると思います。負担を増やすのは誰だって嫌ですが、そこから逃げてしまえば次のリーダーはもっと大変になってしまいます。それを安倍首相はいとも簡単にやってしまう。それでいいのかという根源的な問いかけをしていく。

消費増税「決まったことはやるべきだった」

—— 経済政策といえば、野田前総理は消費増税に取り組み、2014年に消費税8%、本来なら2015年には10%となる合意を民自公でとりつけましたが、いまだ10%への増税は先送りされ続けています

野田:消費税を上げなくてもいいんだったら、国民のみなさんにそんなことはお願いしたくない。ただ、日本は赤字国債を発行しないとやっていけない状況が続いていますし、それをいつまでも続けるわけにはいかない。「個人の金融資産がいっぱいある」など、色々な理論を言う人はいますが、何をきっかけにどう転ぶかはわかりません。それを考えると、一番お金のかかる社会保障の分野に消費税をあてていくということを法律で定めた以上はやっていかないといけない。

経済の指標というのは色々とありますが、終戦の年の公的債務残高対GDP比が200%だった。それは戦争をやっていて、戦艦大和を作ったり、零戦をたくさん作ったりしていた結果です。今はその指標が240%になっている。戦後70数年経って戦争はしていないし、防衛費は一般会計予算の5%ぐらいです。にもかかわらずこのような状況になっている理由は、医療・年金・介護の分野が大きくなってきたから。今はこれを戦時中の軍事費のように借金で賄っている。こんな状況に持続可能性があるわけがないですよね。

BLOGOS編集部

こういうことをきちんと説明すれば、国民のみなさんも理解してくれる。先に延ばせば延ばすほど、いずれ厳しい状況になってきますから、決まったことはやるべきだったと思います。安倍首相のようにそれを2回も先延ばしにして、しかも先延ばしにすることを争点にするというのは、「消費税を政争の具にしない」「ネクストジェネレーションのことをネクストイレクションよりも考える」という基本精神を分かっていないと思います。

こんなことは本来、野党が言う話ではないんですよ。消費税については2012年、定数削減とセットでTVの中継が入っているなか、国民の前で約束をした。しかもその後、念の為に合意文書まで交わしたんです。それなのに今度は参議院の定数を6つも増やしてしまった。私はあのときの党首討論の思いは、完全に無視されてしまったのだなと思っています。

—— その他にも、現政権との対立軸になる可能性のある政策はありますか

野田:もうひとつはエネルギー政策です。この間、エネルギーに関する政策が発表されましたが、そこに政権の意思が何も感じられませんでした。もちろん、分析して課題を見つけるのは大事ですが、意思があってはじめて物事は動きます。私の政権では2030年代原発ゼロと掲げました。これは結構大変でしたが、もっと早めるべきだという意見もあったくらいです。

今の政権はエネルギー政策において極めて現状維持的ですから、「原発ゼロ」という言葉が出てくることは絶対にないと思います。この点も、具体的な部分をそれぞれの野党が詰めていくことで、対立軸の一つにしていけるのではないかと思います。

—— 野党が団結できたとして、まず目指す行動は何になるのでしょうか

野田:今の枠組みなら、野党第一党は立憲民主党です。だとすれば、首班指名には枝野さんを書こうじゃないかと。せめてそのくらいの合意はあるチームを作ったほうがいいように思います。それが一番現実的な話でしょうね。そのためにも、立憲民主党はもう少し懐深くやってもらえるとありがたいのですが。

特定の集団を非難するのは保守ではない

—— 日本という国は、これから徐々に人口が減少していくなど、難しい局面を迎えます。そういった状況のなかで、この国を支えていくためには何が必要だと思いますか

野田:これから日本の人口が減っていくのは避けられないことだと思います。ですから、いまいる人たちはまず「共生」という理念を持って助け合って生きていくことが必要になると思います。その意味でも、一つの理念や哲学というのが重要になってくるのではないでしょうか。

人口減のなかで、従来の高度経済成長のようなものはありえない。だとすれば、今後は外国の方をある程度受け入れていかないと生産の現場はやっていけなくなりますし、消防や警官も若者が足りなくなってくるでしょう。そういう方向性を徐々に示していかなければいけないと思います。

大事なのは、こういった聞き心地のよくないことも、きちんと正確に言っていくということ。これはいまのポピュリズムに対抗していく気持ちがないと出来ないと思います。残念ながら、与野党ともにこの部分は弱いと言わざるを得ない。落選覚悟の政治集団みたいな人たちが出てこないと、なかなか世の中も変わっていかないのではないでしょうか。

—— 理念といえば、野田さんは保守政治家として語られることも多いかと思います。最近、「保守」と自称する政治家がマイノリティを非難して炎上する事件もありましたが、野田さんは「保守」という言葉をどのように捉えていますか

野田:私自身は自分のことを「保守」だとは言わないんですよ。私は、誰が見ても保守だと思ってもらえるような政治家が保守政治家なんだと思います。いまは保守と自称しつつ、特定の人や特定の集団を非難する方もいますが、それは保守ではありません。保守というのはもう少しおおらかで包容力のあるものを指すと思います。

また、保守は保守でも穏健保守という言葉もあります。これも変な言葉で、元々保守というのは穏健なはずなんです。ただ今はあまりにも陰険な保守が出てきているので、穏健な保守というのがクローズアップされているのではないでしょうか。LGBTを非難するような方は、まさしく陰険な保守の代表です。

BLOGOS編集部

政界への第一歩は「マンツーマンの演説会」

—— 野田さんはいち国会議員からスタートして、総理大臣まで務められたわけですが、その間多くの政治家を見てきたと思います。野田さんがその中でもすごいと感じた方はいますか

野田:私は最初、細川護熙さんの日本新党で入ってきたので、やはり細川さん。私は細川チルドレンの一人ですからね。考えてみれば、枝野さんも前原さんもそう。細川さんのすごいところは、日本新党のお金を全部自分で調達したところ。

新党を作ったあとに、当選した議員に負担をお願いして帳尻を合わせていくやり方もあったのに、自分で借金したり財産を処分したりしてお金を作って、返すのも全部自分でやった。あそこまで見事な政治家というのは他にいないと思いますね。だから人に臆することもないですしね。

他にもすごいなと思う人はいます。自民党の二階さんなんて、一回党を出て戻って、グループもゼロになったのにそこから幹事長になっています。この間の枝野さんの2時間43分の演説もすごい。フィリバスターというのは関係のないことも色々言って時間を稼ぐものなんですが、枝野さんのはきちんとした演説になっている。そういう人がいると、また自分も成長できるなと思いますね。

—— いま、細川チルドレンというお話もありましたが、野田さんの政界への最初の一歩はどのようなものだったのでしょうか

野田:もともと自分は無所属で、一人で県議会議員になりました。当時は選挙のやり方も無手勝流で、最初は公民館に人を集めて話を聞いてもらおうと、電話したり、戸別訪問を頑張ってみたりしたのですが、公民館には結局一人しか来なかった。マンツーマンの演説会になってしまって、相手の方も帰りたかったんじゃないですかね。でも「絶対帰しちゃいけない」となんとかお話をして。

これでは勝てるわけがないと、松下幸之助さんの「人が一杯いる前で足を止めてもらいたいなら皿回しでもすればいい」という言葉にヒントを得て、街頭演説を始めました。そうは言っても皿回しはできないので、毎朝街頭に立って1日13時間喋り続けるような荒行をやった。だからかもしれませんが、私は人に話を聞いてもらうことがものすごく嬉しいんです。そこで話を聞いてくれた人から要請があったりすると、もっと嬉しい。それが私の政治の原点です。

原点を忘れないようにするためにも、街頭演説で自分の接している人たちや、自分に話をしてくれる人の思いを実現することこそが自分の仕事だと考えています。それだけはブレてはいけない。この先、もしそこに良心の呵責を覚えるようなことがあったら、自分は政治家としてダメになったのだと思うでしょう。

——選挙権が18歳に引き下げられるなど、若い人の政治参加が期待されている一方で、なかなか若年層の投票率が上がらないという現実があります。こういった状況についてはどのように見ていますか

野田:シルバーデモクラシーという言葉があるように、日本では投票率の高い世代を意識した政策が続いてきました。最近は子育て支援や教育支援という方向に舵を切りつつありますが、まだまだこれからだと思います。その上、借金もどんどん増えていくというやり方をしている。この状況は若い方達には損なことだと思います。

消費増税はオールジャパンで社会保障などの穴を塞いでいくためのものです。このままいくといずれ日本は大借金国家になり、大増税国家になってしまうわけですから。将来的に、若い世代が一挙にそのツケを引き受けることになります。この状況を変えるには、やはり投票を意識していただくしかないのではないでしょうか。

BLOGOS編集部

プロフィール 野田佳彦(のだ・よしひこ):1957年生まれ。衆議院議員。第95代内閣総理大臣。1987年に千葉県議会議員に初当選。1993年、日本新党より衆院選に出馬し、衆議院議員に初当選。民主党政権では財務大臣を務めたのち、内閣総理大臣を務めた。千葉県船橋市出身。

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