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特集:米中関係の変容と貿易戦争の行方

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今週8月23日、トランプ政権は対中制裁関税の第2弾(160億ドル)を発動し、中国側も同額の報復関税を実施しました。他方、ワシントンでは米中の次官級協議も行わましたが、これで一気に事態が改善に向かうとは考えにくい。少なくとも11月6日の中間選挙に向けて、米中の対決姿勢は高まっていくものと思われます。

「それでもその先に米中は和解するだろう」という楽観があるからこそ、米国株は上昇を続けている。事実、過去の米中関係は「絶えざる変転と少ない振幅」が特色で、全体としては安定を保ってきた。ところがここへきて、バランスが崩れているように見える。なぜそうなっているのか。これからどうなるのか。米中関係について考えてみました。

●「危険な幻想」にようやく気づいたか?

今から11年前の2007年、元LAタイムズ記者ジェームズ・マンによる『危険な幻想~中国が民主化しなかったら世界はどうなる?』(PHP研究所)が出版された。原題はそのものズバリ、”The China Fantasy—Why Capitalism Will Not Bring Democracy to China”であり、米国の歴代政権や学界、財界などの「親中派」が、いかに共産中国に利用されているかを厳しく指摘する書であった。当時、日本における読者の間では、「ようやく米国でも気づく人が出始めましたかねえ」などという会話が交わされたものである。

当時の米国では、「中国も経済発展すれば、やがては民主化に向かうだろう」という見方が支配的であった。そしてワシントンの外交専門家の間では、「対中エンゲージメント」「Responsible Stakeholder論」「シェイプとヘッジ」などの特殊用語が多用されたものである。つまり、中国を望ましい方向に導くことは可能だと考えられていたのである。

そのことは1990年代に中国のWTO加盟を促したクリントン政権以来、米国外交の一貫した方針であった。貿易と投資を加速して中国が豊かになれば、13億人の国を民主化することができる。この見方は、共和党のブッシュJr.政権にも引き継がれた。しかるに2018年になってみると、それらはあまりにも楽観的な観測であったことが思い知らされる。

中国の1人当たりGDPは既に9000ドルに達している。それでも民主化の気配もないし、中国共産党の支配も揺らいでいない。むしろ中国式統治は、他の新興国の独裁者たちが真似したいと願うモデルとなっている。

それどころか、中国はAIやビッグデータなどの先端技術を駆使して、13億人をコントロールしようとしている。今では画像認証技術が急速に進歩して、「6万人が集まるコンサート会場で、指名手配犯が何人も検挙された」などという都市伝説もあるくらいだ1。まさしくジョージ・オーウェル的な世界が実現しつつあるのではないか。こうなると対中警戒感は、むしろ米政府よりも議会や民主党、メディアなどで強まってくる。

さらにここへきて「シャープパワー」論も登場している。”The Economist”誌が、昨年12月16日号のカバーストーリーで取り上げてから人口に膾炙するようになった2。中国は他国の政官関係者や学者などを、チャイナマネーや招待旅行などを通して取り込んでしまっている。あるいは反中的な学者を会議に呼ばない、著作物を出版させない、情報を提供しないなどの手法で、忖度させるように仕向けるのである。

ジェームズ・マンの『危険な幻想』は、10年以上前にこの手の実態を指摘していた。たぶん当時から、日本では「中国が民主化する」と期待する人は少数派であったし、昨今の「シャープパワー」論に対しても、「今に始まった話じゃないだろう」という醒めた反応が多いのではないかと思う。「調略、恫喝、圧力の合わせ技で、外国人を思い通りに動かそうとする行為」は、春秋戦国時代から培われてきた伝統芸のようなものであろう。その点で、かつての米国の対中観はいささかナイーブであったように思えてくる。

逆に安全保障関係者は、一貫して対中警戒論であった。昨今の米中貿易戦争についても、彼らの間では、「中間選挙目当てなどではない、覇権を争う米中の真剣勝負」だとする意見が多い。例えば日経新聞の秋田浩之記者は、8月15日付のDeep Insight欄でそのことを指摘しながら、「119個の無人機を飛ばし、自由に操る実験に中国が成功した」ことに対し、国防総省内で警戒感が高まっていることを紹介している。

どうやらドローンの技術については、既に中国は米国を抜き去っているようなのだ。しかるに現在とかつてとの違いは、そこだけではない。以前であれば、こういうときは国務省や財務省あたりから、かならず中国を擁護する声が上がったはずなのだ。つまり、今は米国内で親中派が少なくなっている。「米中関係の変容は、米国の対中ファンタジーが崩壊したから」と言ってしまうと冷たく聞こえるだろうか。

●米中関係のバランスが崩れた理由は?

これまで米中関係は、さまざまな問題を抱えてきたものの、決定的な悪化には至らなかった。米中関係と言えば、「絶えざる変転と少ない振幅」(高木誠一郎・青山学院大学教授)という形容が定番であった。ところが現在は、隘路に入ってしまったように見える。まず、トランプ政権以前には、「米中戦略・経済対話」(S&ED)のような年1回の対話があって、決定的な対立を避けるメカニズムがあった。

毎年のように「成果がなかった」と酷評されたものだが、少なくとも米中双方を代表するキーパーソンが存在した、という意味が大きかったのかもしれない。ちなみに中国側は、今も王岐山国家副主席を対米関係の切り札として温存しているが、「抑えのエースは確実なとき以外は使えない」という悩ましさがある。投入して失敗したら目も当てられないし、そもそも使った人の責任問題になってしまうからだ。

これに対し、米国側にはそもそも対中関係のキーパーソンが不在である。かつてはポールソン財務長官、ゼーリック国務副長官といった顔ぶれが「対中窓口」となっていた。現在のトランプ政権であれば、ムニューシン財務長官が役どころであろう。ただしトランプ大統領の万全の信認を得ているわけではなく、これは望み薄ということになる。

○対中外交の相互チェック体制


本来の米国政府には、対中関係における上記のような役割分担があって、相互に牽制しあったものである。ところが現在は著しくバランスが崩れていて、経済官庁が重視され、その中でも「商務省、USTR」が突出するという奇妙なことになっている3。別の見方をすると、米中は常に複数の協力案件と紛争案件を抱えていたために、絶えず変化を続けながらも決定的な衝突には至らない、という柔構造があった。

ゆえに「米中蜜月」にも「米中衝突」にも至らない。すなわち、米中は次ページのような「課題のポートフォリオ」を抱えていたために、安定していたのである。

○米中関係「課題のポートフォリオ」


ところがここでも現在はバランスが崩れている。トランプ大統領は、価値や理念に関心がないので、③グローバル協力という視点がすっかり欠け落ちている。また、歴史的な米朝首脳会談を行ったことによって、①安全保障問題の重要度も当面は低下している。結果として、②経済問題ばかりに焦点が当たるようになっている。しかも現在の米国は、中国相手の通商問題においては「貿易不均衡」という赤字額もさることながら、「知財などの貿易慣行上の問題点」を重く見ている

だからこそ、対中関税は通商法301条に基づく制裁措置(攻め)であり、鉄鋼アルミなど通商法232条に基づく「安全保障上の理由」(守り)ではないのである。米国内における中国への苛立ちは深刻なレベルに達している。以前は「中国によるCyber Attack」(サイバー攻撃)が怪しからんと言われていたけれども、最近では「中国のCyber Theft」(サイバー泥棒)という言い方が普通になっている。後者の呼び方には、相当に根深い「価値判断」が入っているものと見なければならない。

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