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「この世界の片隅に」悲劇と再生のクライマックスに向かう こうの史代原作の漫画のドラマは現代篇のエピソードも加えて - 田部康喜 (東日本国際大学客員教授)

 TBS日曜劇場「この世界の片隅に」は、こうの史代原作の劇場版アニメーションの大ヒットあとを受けながらも、テレビが描く「いま」の現代篇を織り込んで新たな映像表現に仕上がっている。

 「この世界」の漫画とアニメーションの世界に魅入られた人たちにも、ドラマは静かな感動を呼んでいることだろう。こうのが描く戦時中から敗戦直後の世界に生きる、北條すず(松本穂香)の物語は、表現形式は異なっても胸に迫る。

過去を現代に結びつける力

 広島の漁村生まれのすずが、呉の海軍の軍法会議の書記官を務める、北條周作(松坂桃李)のもとに嫁いだのは昭和19(1944)年2月のことである。ドラマは、敗戦とその直後の時代に向かって、悲劇を再生の物語を綴っていくことになる。

 すずは、絵が描くことが大好きな少女だった。実家が作ったのりを広島の店に届けたときに、人さらいに捕まる。少年の周作も同じひとさらいのリアカーに乗せられていた。すずに励まされて脱出したことを、周作は忘れられなかった。嫁を迎えることを両親に勧められた周作は、すずのことを思い出して探し出したのである。

 周作は、遊郭の遊女・白木リン(二階堂ふみ)と結婚をしようとした過去が暗示される。闇市で砂糖を買った帰りに、道を誤って遊郭街に迷い込んだ、すずはリンと親しくなる。

 日中戦争から太平洋戦争に突入して、敗戦した過去を我々は知っている。ドラマの舞台となった呉が海軍の軍事工廠があり爆撃があったことも、広島に原爆が落とされたことも。ただ、戦後70年以上が過ぎて、戦時中を生きた人々が少なくなるにつれて過去と現在を結ぶ記憶の糸が細くなっているようにも感じている。

 ドラマが原作にはない現代篇を織り込んでいることは、過去を現代に結びつける力になっている。第6話(8月19日)に至って、現代篇の主役ともいえる節子(香川京子)がすずの縁者であることが明らかになる。

 近江佳代(榮倉奈々)は人生の悩みに息詰まったとき、街で出会った節子からすずの話を聞いて、いまは空き家になっている北條家を改造してカフェを開こうと決意した。

 平成30(2018)年8月、節子と佳代は広島の平和公園で手を合わせたあと、公園でそして市街を望むホテルのレストランで語り合う。

節子 「わたしも被爆者なんよ。こんな小さなときで、あんまり覚えておらんけど。暑いね。暑いと生きているって感じる」

    「佳代ちゃん、メールありがと。あんな辺鄙(へんぴ)なところでカフェを開いて大丈夫?」

 佳代 「どこでもいいよ、生きていくのは、って節子さんがいってくれたじゃないですか」

 節子は、佳代を励ましたときのことを思い出した。

 節子 「悩みに大きいも小さいもない。居場所はどこにもあるよ。どこだっていいんよ。逃げてもいい。生きていくのはどこだっていいんよ」

 節子(香川)は、佳代(榮倉)にスケッチブックを差し出す。そこには、カフェのイメージを描いた絵が何枚も書かれていた。

 節子 「絵が得意でね。すずさん、おかあちゃんに教わったんよ」

すずの過酷な運命と
それを救うことになる人々の絆

 第6回は、昭和20年(1945)年4月の桜の季節になった。呉の桜の名所に北條家と近所の人たちは出かけるのだった。そこで、すず(松本)は、得意客と花見に来ていた、リン(二階堂)と出会う。すずは、このときまでに周作(松坂)とリンとの過去を知っていた。かつて周作がリンに贈ろうとした、リンドウが描かれた茶碗を納戸小屋で見つけて、リンに渡してもいた。

 リンは遠くを見るようにしながら、つぶやく。

 「人が死んだら、記憶もなくなるんじゃろ? 秘密もなかっとことになる。それもそれで幸せかもしれない。自分専用のお茶碗みたいに」

 昭和20(1944)年5月。周作は書記官の文官から、海軍の武官になる辞令がでる。訓練のために、3カ月間家に戻れないことをすずに告げる。この日に、工廠に勤める父・円太郎(田口トモロヲ)が、工廠が爆撃に遭った後に消息が不明になった。

 周作 「すずさん、すずさん、大丈夫かの? おとうちゃんもわしもおらんことなって、このうち守り切れるかの?」

 すず 「無理です。無理」

 しばらく沈黙ののちに、すずは、気を取り直すようにいうのだった。

 「うそです。ごめんなさい。周作さん、うちはあんた好きです。ほいでも、三月も会わんかったら周作さんの顔をわすれてしまうかもしれん。大丈夫です、大丈夫。このうちを守って待っとります。このうちにおらんと、周作さんをみつけられんかもしれんもん」

 周作は「ありがとう」といいながら、すずを抱きしめるのだった。

 ドラマは、静かなセリフの数々が散りばめられて、すずの過酷な運命とそれを救うことになる人々の絆を伏線としてはっていくのである。

 こうの史代原作の漫画の名作「夕凪の街 桜の国」も、NHK広島放送局制作で「夕凪の街 桜の国2018」として8月6日に放送された。原爆症に苦しみ、求婚されながらも20歳そこそこで亡くなる、平野皆実の物語である。「夕凪」のこのドラマも「この世界」同様に、映画(2007年、佐々部清監督)も、原作の漫画も深い感動を呼ぶ。

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