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基準値を厳しくする事で切り捨てられるもの

前回のエントリでは食品安全委員会のリスコミ資料を元に、新基準案がどのような考えに基づいて作られているかを確認しました。また、放射性物質を摂取量の推定では新基準案の介入線量である1mSvに対して現状においても摂取量は十分に少ない事や、基準を厳しくしても摂取量はあまり減らない事がわかりました。さて、少ないとはいえ、減少するとみられている放射性物質の摂取量に対して、食品を供給する側への影響はどのようになるでしょうか?今回はそれを確認してみようと思います。

次にご紹介するスライドは、2月4日まで行われていたパブコメの資料からの抜粋で、モニタリング調査の結果から、食品群ごとに現在の暫定規制値と新基準案での超過割合を福島とそれ以外をわけて算出したものです。

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モニタリング検査における放射性セシウムの基準値超過割合

10~11月の集計をみると、福島県でも暫定規制値を超える割合は全体で2%を切り、もっとも割合の高いキノコ類でも10%を切っています。全国では全体で1%未満という状態です。キノコ類については現在も継続して高い数値を記録しているので、継続的に注意が必要ですが、多くの方々の努力で、ようやくこのレベルまで落ち着いてきています。ところが、おなじ検査結果に新基準案の100Bq/kgを当てはめると事態は一変します。福島では9.2%、全体でも4.8%が基準を超過してしまいます。10%近くが不合格というのは無視できない数字です。品目別ではキノコ類は別にしても、果実類(1.2%⇨10.0%)あたりが気になるところです。また、基準超過は場合によっては不合格になった農家だけでなく、地域全体にかかってきますから、生産者に対する影響は本当に大きなものになります。

それでも、それらの流通が抑えられる事で消費者の摂取する放射性セシウムが減少するからよいではないかと考える人もいるかもしれません。しかし、前回のエントリでも示したように、新基準案によって減少する放射性セシウムからの内部被曝は0.008mSvです。

また、私は別の懸念も感じています。新基準案に移行する事によって、食品の放射性物質検査の実施可能な量は確実に減少します。より精密な分析が必要になり、測定時間は長くなります。また、新基準案の運用には適さない検査機器は使用できなくなるため、検査設備自体も(少なくとも当面は)減少するはずです。となると、多くの方々指摘するとおり、検査の網は荒くなります。となると、それをすり抜ける食品も多くなりかねません。また、限られた検査設備を有効に使うためには、適切な検査計画が必要です。しかし、検査の品目は牛肉など特定の品目に偏る傾向があり、その軌道修正もできていません。さらに、民間の検査機関に対して大手の流通事業者などが大量に自社取扱品を発注し、事実上の独占状態になるような事も生じかねないと予想します。そうなれば、本当に検査する必要がある品目が逆に手薄になり、減少するはずの内部被曝が逆に増加する事態が生じないとも限りません。もちろん、多くの調査が示すように、実際の放射性物質による内部被曝は新基準案での介入線量である1mSvを遥かに下回っています。そのため、新基準案が仮に逆効果であったとしても、それはぎりぎり測定できるかどうかの誤差のようなものでしょう。しかし、誤差ですまない人々も一部にはいると思われます。それは自家消費をはじめとする「地産地消」的な食生活をされている方々です。

朝日新聞社と京都大学が共同で行った調査を見てみましょう。

福島の食事、1日4ベクレル 被曝、国基準の40分の1
家庭で1日の食事に含まれる放射性セシウムの量について、福島、関東、西日本の53家族を対象に、朝日新聞社と京都大学・環境衛生研究室が共同で調査した。福島県では3食で4.01ベクレル、関東地方で0.35ベクレル、西日本でほとんど検出されないなど、東京電力福島第一原発からの距離で差があった。福島の水準の食事を1年間食べた場合、人体の内部被曝(ひばく)線量は、4月から適用される国の新基準で超えないよう定められた年間被曝線量の40分の1にとどまっていた。

中略

この食事を毎日1年間、食べた場合の被曝線量は0.023ミリシーベルトで、国が4月から適用する食品の新基準で、超えないよう定めた1ミリシーベルトを大きく下回っていた。福島でもっとも多かったのは、1日あたり17.30ベクレル。この水準でも年間の推定被曝線量は0.1ミリシーベルトで、新基準の10分の1になる。原発事故前から食品には、放射性のカリウム40が含まれており、その自然放射線による年間被曝線量は0.2ミリシーベルト(日本人平均)ある。セシウムによる被曝線量はこれを下回った。

朝日新聞 2012年1月19日3時0分
(魚拓: http://megalodon.jp/2012-0214-2220-17/www.asahi.com/national/update/0118/TKY201201180799.html

この調査では、福島県の中央値が4.01Bqであるのに対して、最大値では17.30Bqにもなります。最大値の家庭での食生活がどのようなものであったかはわかりませんが、自家消費をはじめとする「地産地消」的な食生活であるものと推測します。その推測が正しいのならば、最もハイリスクな方々の食事に対するフォローを行う余地が、新基準案を運用する事によってなくなってしまう恐れも出てきます。

前回、現在の暫定規制値で考えた場合は中央値で0.051mSvと推定されていることを紹介しました。現行の暫定規制値をもとにしても、新基準案での介入線量は下回ります。また、現在の暫定規制値から新基準案に移行する事で私たちが受けるメリット(食品からの放射性物質摂取量の減少)は0.008mSvと見積もられる事も紹介しました。さて、新基準案に移行する事によって私たちの社会が、特に福島を中心とした被災地の方々が受ける影響は、その「メリット」に見合うだけのものなのでしょうか?

皆さんはどうお考えになりますか?

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