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サマータイム"70年前の愚"を繰り返すな

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IT業界にとっては「特需」ではなく「リスク要因」

サマータイムの導入によって、民生デジタル機器や情報システムのテスト・改修のために膨大な費用が必要となる。時計やデジタル家電の買い替え需要も喚起される。ではサマータイム対応を担うIT業界は、特需によって潤うのだろうか。

折しも2019年から2020年にかけては新元号や消費税の軽減税率への対応が進んでおり、エンジニアの需給は逼迫している。稼働が埋まっているITベンダーにとって、サマータイムの導入は、プロジェクトの推進に不確実性をもたらし、エンジニアの単価を引き上げかねないリスク要素でしかない。エンジニアにとっても既存システムの動作確認やシステム改修は、後ろ向きで何ら価値を生まない作業だ。

デジタル機器メーカーは売り切りで新規の売上が見込めない中で、すでに販売した機器のテストだけで大きなコストとなる。自社でパッケージやサービスを提供している企業は、追加費用なしで対応を求められる。他システムとの連携を行う場合、そのテスト工数もかさむ。既存の保守契約の中で対応を求められて、もともと予定していた機能拡張や新規開発を先延ばしにして工数をやりくりすることになるだろう。

電力不足の対策としても逆効果になる恐れ

競争力の低い受託開発ベンダーの中には、降って湧いた膨大なテストと改修の案件で潤うところもあるかも知れないが、全体で見るとIT業界は後ろ向きな作業に多くの要員を割かざるを得ず、全ての案件が影響を受けることから、大きく足を引っ張られる。エンジニア不足の中で未熟練の要員を大量にかき集めれば、大きな混乱が予想される。オリンピックを前に、事故を誘発しかねない開発案件を積み上げることのリスクは大きい。

電力という観点でのリスクもある。産業技術総合研究所は2011年、東日本大震災後の電力不足に際して、時刻を1時間早めるサマータイムの効果を試算したが、「夕方に事務所の空調を若干削減するものの、家庭の空調を大幅に増加させるため、逆効果となる可能性がある」と結論づけている。

机上の試算ではなく、科学的な検証をもとに論じるべき

8月に行われたNHKと朝日新聞の世論調査によると、いずれもサマータイムの支持は過半を超えている。これは今回に限った話ではなく、これまでも世論はサマータイムに対して好意的だった。それにも関わらず法案提出には至らなかったのだから、今回もサマータイムの導入は難しいのではないかという見方もできる。

しかしながら衆参で過半数の議席を持つ安定政権にあって、オリンピック推進のためであれば野党にも支持が広がり得ることを考えると予断を許さない。オリンピックの開会式や閉会式の前後に休日を集中する改正大会特別措置法には共産党を除く各党が賛成した。報じられている通り今秋の臨時国会で提出を目指すとなると、十分に議論を尽くすだけの時間がない。超党派で議員立法の機運が盛り上がれば、一気に審議が進む展開も考えられる。

仮に秋の臨時国会で法案を通すとして、オリンピックまでは2年を切っている。必要となる予算措置や要員の確保まで考えると、実際に夏時間への対応にかけられる時間はさらに短い。仮にサマータイムが国会で審議されるのであれば、その効果については机上の試算ではなく、実際にサマータイムを実施している国々での科学的な検証をもとに論じていただきたい。

そしてサマータイムに反対する場合も、単に費用がかさむ、時間的に難しいというだけでなく、検討の端緒となったオリンピックの猛暑対策について、一緒に知恵を絞ってはどうか。

何より大切なのは、プロセスの記録と公表

そして何よりも大切なことは検討のプロセスを記録に残し、広く公表することだ。

この記事の執筆にあたり、戦後のサマータイムへの取り組みについて多くの資料を探したが、占領下でのサンマー・タイム法の成立や、2011年の民主党政権下でのサマータイム検討については断片的な資料しか見つけられなかった。これまで数年おきにサマータイムの議論が復活し続ける背景に、その時々の検討が十分に公表されていないこともあるのではないか。

もし仮にサマータイムに実際に効果があるのであれば、オリンピックには間に合わなかったとしても計画的に実施すべきだし、効果を期待できないのであれば検討経緯を残して後世に伝えることが大切だ。全ての人々の生活に影響する重要な問題であるだけに、時の雰囲気や勢いに流されるのではなく冷静に議論することが肝要だ。

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楠 正憲(くすのき・まさのり)
国際大学グローバルコミュニケーションセンター 客員研究員
インターネット総合研究所、マイクロソフト、ヤフーなどを経て、現在は銀行系FinTech企業でCTOを務める。2011年から内閣官房の補佐官としてマイナンバー制度を支える情報システムの構築に従事。ISO/TC307 国内委員会 委員長としてブロックチェーン技術の国際標準化に携わる。
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(国際大学グローバルコミュニケーションセンター 客員研究員 楠 正憲 写真=iStock.com)

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