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市民と基礎自治体

市民にとって、基礎自治体は身近な生活の中の課題や問題に直結するものであるため、その行政のあり方に注目する人が多い。したがって、「遠い」対外政策などと異なり、市民の行政評価は往往にして厳しくなる。
しかし、基礎自治体が開かれた民主的組織として政策決定や行政運営をしなければ、公正な評価はできないのも確かである。

国際社会でも21世紀は地方分権化の時代だといわれている。
しかし、日本では古い行政システムや「官尊民卑」の思考で業務を行っている基礎自治体が少なくない。そこでは、首長、議会、幹部職員が「市民生活重視」を公言しながらも、実態は市民益とはかけ離れた施策がなされ続けているケースが多いのではないだろうか。
いわば、「みせかけだけの開かれた民主的組織」である。

以下に、フジテレビの「とくダネ!」をはじめ多くのマスメディアでも取り上げられた、練馬区の「光が丘日大病院撤退問題」を事例として考えてみる。この事例は私の身近な問題でもあるのだが、ここでは撤退の是非を問うのではなく、政策学の観点から論じることにする。
そのことで、「市民軽視」の施策がとられることが多い日本社会の特性について個々人が考える契機となればと願っている。さらに言えば、東日本大震災での国、県、基礎自治体の三層構造と、タテ割りの省庁の行政により、大きく復旧、復興の推進が遅れている実態や、日本経済の長期低迷の要因を解明する一つのヒントが得られると信じるからである。
この問題を考察するための道案内となるキーワードは「行政運営の民主化」「分権自治のまちづくり」である。

さて、練馬区の日大光が丘病院の撤退問題においては、次のような行政運営上の課題が見えてくる。
第1は、首長の公約実現の政治的運営能力である。
練馬区の区長は3.11後の統一地方選挙で、日大病院の撤退を知りながら同病院を含む5病院構想を掲げて当選を果たした。
日大光が丘病院は救急搬送患者の23%近くを練馬区外(板橋区や和光市)から受け入れている東京都にとっても重要な地域医療拠点である。したがって、この高度医療体制を有する病院が撤退を申し入れた時点で、区民のみならず周辺地域の住民に周知した上で、市民の要望を収集した上で公約を作成し、選挙に臨むべきだった(対立候補者がその事実を知らない状態であったことは、選挙自体の公正さが疑われることにもなりかねない)。そして、当選した暁には、その公約について可能なかぎり経過を公表しつつ実現に向け政策を実行していくことが、真に開かれた民主主義における基礎自治体のトップ・マネジメントだと考える。

第2は、市民との合意形成や市民の声に対する行政組織の対応能力である。
確かに練馬区は数回、撤退に関する説明会を開催した。また区議会での質問にも回答している。しかし、これだけで基礎自治体の「情報の共有」「市民の区政参画」のための扉を開いているといえるだろうか。
公正で民主的な行政の推進をめざし、横須賀市は2001年7月に「市民協働推進条例」を施行した。また、北海道石狩市も「行政活動への市民参加推進に関する条例」をつくっている。このような市民と行政が協働して、まちづくりを推進しはじめている基礎自治体が増えつつある。そこでは、コミュニティの自主性や自立性と人々の連帯が重視されている。
そのようなケースでは、コミュニティ空間において学校や医療施設が果たす役割も大きくなる。そして、そこに暮す人々と行政組織との合意にもとづく計画づくりが重要となる。

練馬区は、「ともに築き、未来へつなぐ、人とみどりが輝く、わがまち練馬」を長期計画の基本構想として掲げている。しかし、予算を発表した『ねりま区報』No1602号には、日大光が丘病院の撤退の詳しい経緯と後継病院の準備状況についての言及はない。また、この問題について、どのような方法で「市民パブリック・コメント」をとったのか、とったとすれば、それはどのようなものだったのか、それをどのように踏まえて、政策形成・決定したのかについてのプロセスが開示されていない。
数度の説明会や区議会の代議員による討論は形骸化し、市民との合意形成を図ることがなされなかったといえそうだ。

第3は、行政組織の首長や幹部職員の活性化能力である。
一般に、行政組織では研修や昇級試験など幹部職の人材育成のためにさまざまな工夫がなされている。しかし、政策決定者は唯一自分であると勘違いしている首長や幹部職員は多いのではないだろうか。

練馬区の場合、120人の医師を配置した日大光が丘病院の医療体制と「同等の規模・機能」の存続を、以前、区長が区報で公約したにもかかわらず、医師70人の体制の新病院の開設を推し進めている。さらに、新病院への引き継ぎ前2カ月の時点で、その70人さえ確保できない状況にあることに対し、区長は「いずれにせよ時の流れの中で解決するという形にならざるを得ない」(1月31日の区長の定例記者会見)と述べている。また、以前に開かれた区主催の説明会で、新病院の医師、看護師などの募集状況が思わしくないことを指摘した市民に対し、「新病院を暖かく育ててあげてください」と回答した区幹部職員も区長と同じ意識であると言える。
問題は、行政側に、現在の日大病院よりも「50人」の医師が減ることで「医療の質が確実に低下する」ことから、広域の人々にどのような悪影響が生じるかについてのリスク認識が不足している点である。そして、区長の言う「時の流れの中で」医師の人数が70人に達しない可能性が高まっているという状況の悪化に対し、政策改善ができないことである。
「政策立案、決定、実施」という過程の中で、立案時点と実施時で環境変化が生じた場合、すみやかに市民意志との合意形成を再度図り直し「政策修正」を行う能力が、現在の「リスク社会」で公務員にとって特に求められている。しかし、このような能力を伸ばし、発揮することが、「組織文化」によって阻害されることが多い。

もう1点、疑問がある。
練馬区は平成24年度会計予算を3530億970万円(うち一般会計2275億6384万円)で組んでいる。その中で、日大光が丘病院撤退後の新病院開設のため、5億1095万円を計上している。
予算審議において、区議会はこの支出を「地域医療の質の確保に必要な費用の一部の補助」として認めている。果たして、区議は代議する際、この支出について区の行政側からどのような根拠に基づき、「効率性」について説明を受け、是としたのだろうか。その際、区民の意志を確認しただろうか。
代議員性における代議員の専門性が問われるだろう。

以上、練馬区の1つの施策を事例として見てきた。
このような首長、議員、公務員による増分的(インクリメンタルな)思考では、「新しい公共」は形成できないだろう。
市民の側も、いわゆる「アラブの春」「99%運動」また日本での「おかあさん革命」のような市民の連帯意識の形成力と行動力が欠けていると言えるだろう。
日本で地方分権の行政が確立するにはまだまだ時間がかかるのだろうか。
(自戒を込めて)

※1月31日の練馬区長の記者会見は次の産経新聞の記事を参照した。
http://sankei.jp.msn.com/region/news/120201/tky12020110090000-n1.htm

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