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兵站軽視という悪しき伝統  昭和の戦争・平成の戦争 その1


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・自衛隊は基本的な部分の個人装備や兵站を軽視する傾向があった。

・ロジスティクスの差こそが前線における物量の差に直結する。

・今の自衛隊は政争の具になっている。

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイト   https://japan-indepth.jp/?p=41467  でお読み下さい。】

2011年に『デカワンコ』という刑事ドラマが放送された。トップクラスの警察犬に負けない嗅覚の持ち主ながら、いわゆる「空気を読まない」タイプの女性刑事を、多部未華子が演じた。たしか「怪演」ぶりが評判になったはずだ。

再放送で見たのだが、第1回で銃撃戦が起きる。結果、見事に犯人逮捕となるのだが、上司の係長が、「弾は高いんだから。あとで経理にチクチク言われるのは俺なんだから」などと愚痴を言うシーンがあって、笑ってしまった。もう少し考えて撃ってくれ、というのだ。

もともと刑事ドラマと言ってもコメディだし、日本の警察官はまず発砲しないから、こんなものは笑って済まされる話なのだが、昭和の戦争の総括、そして現在のわが国の防衛を考えると、急に笑えなくなる。

「たまに撃つ 弾がないのが 玉に瑕」

自衛隊では昔から有名な狂歌なのだが、彼らの言う娑婆、つまり一般社会ではほとんど知られていない。たしかに自衛隊は、弾薬が豊富だとはお世辞にも言えず、訓練での弾薬消費量も厳しく規制されていた。税金が節約できて結構ではないか……という話にはならないと思う。

「訓練で流す汗が多ければ、実戦で流す血が少なくなる」と言われるが、これはどちらかと言うと、新兵に対するスパルタ式のしごきを正当化する意味合いがあるようだ。もちろん一面の真実は語っているのだが。一方、

「射撃の腕前は、訓練で消費した弾薬量に比例する」という言葉こそ、真理であると私は考える

ある程度の社会経験を積んできた読者には、多くを語るまでもないのではあるまいか。仕事であれスポーツであれ、才能以上に大事なのは経験値と練習量なのであって、射撃も例外ではない、というだけの話なのだ。

一見すると、自衛隊は最新鋭の兵器を揃え、世界屈指の精強な実力組織(憲法上の問題があるので、軍隊という表現はここでは避けておくが)であるが、実のところ、もっとも基本的な部分である個人装備やロジスティックスを軽視する傾向があった

写真)パラシュートで地上部隊に提供される米軍物資 アフガニスタン 2010年6月
出典)U.S. Department of Defense photo by Staff Sgt. William Tremblay

ロジスティックスという言葉は、民間ではもっぱら「物流」の意味で使われるが、軍事用語では「兵站」と訳されている。具体的な内容は、物資の調達・支給・修理、給食、ゴミや排泄物の処理(前線の陣地では、これが結構大変)、傷病者の後送・治療・入院、さらには郵便など各種のサービスまで、要するに戦闘以外のほとんどの軍事活動が含まれているのだ。

写真)郵便物を仕分けするアメリカ陸軍兵士
出典)The U.S. Army

昭和の戦争=アジア太平洋戦争について、「物量の差で負けた」で済ませてしまう人が今も少なからずいるが、ロジスティックスの差こそが前線における物量の差に直結することは言うまでもない。そもそも国民が「欲しがりません、勝つまでは」などという窮乏生活を強いられていたら、前線の兵士に豊富に食料が行き渡るはずがない。

写真)「ぜいたくは敵だ」と書かれたポスター(1940年)
出典)パブリックドメイン

たとえ食料・弾薬が豊富にあっても、それを前線に届けるための輸送手段や、その能力が貧弱ではどうにもならないわけだが、この問題ひとつ取っても、第二次世界大戦中、地上部隊の物資輸送を100パーセント自動車化し、馬匹にまったく頼らなかったのは、実は米軍だけであった。

車があっても運転する人間がいなければ、やはりどうにもならないわけだが、この点でも大戦中の米軍は、17歳以上の兵士全員に運転技術を習得させる方針をとり、そのてめにイラストを多用したマニュアルまで作成していた。

対する日本陸軍はと言えば、車の運転は「特殊技能」とされ、今となっては信じがたいことだが、陸軍の第一線部隊でさえ、トラックの運転ができる者は全将兵の5パーセントに満たなかったという。

その、運転者育成の教育がまたひどいもので、教則本の最初2ページは「貨物自動車とはなにか」という御託が書き並べてあり、それを一字一句暗唱できないと、運転を教えてもらえないどころか、張り倒されたのだ。

昭和から平成の世となってすぐに、イラク戦争が始まり、日本も「人道支援」の名のもとに自衛隊を派遣したわけだが、実戦を前提とした参加でなかったのは幸いであった。

写真)イラク人道復興支援特措法に基づく活動
出典)陸上自衛隊

憲法上の問題をあえてひとまず置いて話を進めるが、当時の主力戦車であった74式には、エアコンがない。砂漠に持って行ったらどうなるか、ということを考えていなかったのだろうか。

旧ソ連軍は、全ての戦車に安価にエアコンを取り付けるべく、日本製のカーエアコンを無断コピーし、大量生産するということまでしていた。もちろん誉められたことではないが、自衛隊が「限られた電力を消費し、調達価格も高くなるなどという理由でエアコンなしの戦車を使い続けていたに比べ、はるかに軍事というものを理解していた、とは言えるだろう。

高校球児でさえ、炎天下の甲子園球場で、脱水症状で足をつらせたりして問題になっている。「災害レベルの猛暑」に苦しめられている今年の日本人ならば、エアコンなしの戦車で砂漠に乗り込むというのが、どれほど無茶な話か、理解できるのではあるまいか。

もちろん現実には、自衛隊が戦車をイラクに持ち込むことはなかった。しかしこれは、憲法論争が盛り上がるのを回避するためであって、砂漠での使用に耐えられないから、という理由ではない。

「命がけで任務を果たす自衛隊員が、憲法違反の存在でよいのか」などという論理でもって、憲法9条そのものを変えないまでも自衛隊の存在を明記しよう、というのが昨今の内閣の姿勢だが、これまで自衛隊員の命を危険にさらしてきたのは、歴代自民党内閣の安全保障政策に他ならない。

昭和の旧日本軍において、下士官兵は「消耗品」という扱いを受けてきた。今の自衛隊は政争の道具になり果てている。歴史は繰り返す、と言われるが、繰り返してはならない歴史もある。

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