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老いは退化ではなく変化でありネガティブに感じる必要はありません。体力的には衰えたとしても、知力的にはむしろ高まるのですから - 「賢人論。」第69回岸見一郎氏(前編)

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ギリシア哲学の研究者として知られる岸見一郎氏は、アドラー心理学にも造詣が深く、自己啓発の源流「アドラー」の教えを説いた『嫌われる勇気』(古賀史健氏との共著)は累計176万部突破の大ベストセラーに。その後も哲学・心理学の分野で精力的に執筆を続け、2018年3月には、自身の老い、親の介護をテーマに『老いる勇気』を上梓した。当代随一のアドラー心理学の語り部は、「老い」について何を語るのか。京都にある哲人の書斎を直撃した。

取材・文/盛田栄一 撮影/岡屋佳郎

「不完全である勇気」を持てば、老いても新たなことに挑戦できる

みんなの介護 岸見さんは、2018年3月に上梓した『老いる勇気』の中で、「老いの幸福」について言及されています。国民の4人に1人が65歳以上という超高齢化社会に突入した今、私たちは「老いる」ことに対して、どのように向き合っていけばいいのでしょうか?

岸見 老いることは退化ではなく、変化である。私は、老いをそんな風に捉えるべきだと考えています。年を取れば確かに、若い頃にできたことができなくなったり、病気にかかりやすくなったりもします。しかしそうした変化を、あえてネガティブにみる必要はありません。体力的には衰えているかもしれませんが、知力的にはむしろ高まるのですから。

例を挙げて説明しましょう。私はギリシアの哲学者、プラトンの『ティマイオス/クリティアス』を4年間かけて翻訳し、2015年に翻訳書として出版しました。私がギリシア語を必死に勉強したのは30年以上昔の学生時代。ギリシア語からはずいぶん長く遠ざかっていましたが、単語や文法を忘れていないどころか、若い頃に比べてより深く内容を理解することができました。年をとり、人生経験を重ねたことで、若い頃には見えなかったものが見え、読解力が総合的に深まったのだと思います。

このように、「老い」は退化を意味するわけではありません。進化することもあれば、深化することもある。そうだとすれば、「老いること」は退化でも進化でもなく、単なる「変化」だと捉えたほうがずっと生きやすくなるのではないでしょうか。

みんなの介護 「老い=退化」と捉えるよりも、「老い=変化」と捉えたほうが、確かにいろいろなことに前向きに取り組めそうですね。

岸見 そのとおりです。老いを退化と捉えてしまうと、歳をとってから、なかなか新しいことにチャレンジできなくなる。しかし、学生時代の受験勉強と同じくらい本気で取り組めば、たいていのことはマスターできるはずです。

例えば、私は60歳から韓国語の勉強を始めました。きっかけは、『嫌われる勇気』が韓国で125万部を超えるベストセラーになり、講演会に呼ばれる機会が増えたこと。講演では、もちろん通訳の方のお世話になるのですが、講演の初めに韓国語で話せるようになりたいと思いました。それで、韓国人の先生に付いて勉強を始めたわけです。

韓国語の勉強では、英語やギリシア語では絶対にしない、初歩的な間違いを何度も繰り返しました。先生の前で、すごく恥ずかしい思いをしたわけです。しかし、そこに意味があるのです。中学に入って英語を初めて学んだときのように新鮮な体験でしたし、学びの初心に返ることができました。学ぶ喜びを、この年で改めて知ることができたのは、ありがたいことです。今は、韓国の現代作家の本を先生と一緒に読んでいます。

みんなの介護 しかし、60歳を過ぎて未知の語学に挑戦するのは、誰にでもできることではないような気がしますが…。

岸見 いいえ、そんなことはありません。多くの人は「もう歳だから、できない」と単に思い込んでいるだけです。アドラー心理学の知見でいえば、「できない」と思いたいがために、「年齢による衰え」を理由に挙げているに過ぎません。

みんなの介護 なぜ、「できない」と思いたいのでしょうか?

岸見 それは、アドラーがいうところの「不完全である勇気」を持てないからです。新たなことに挑戦すると、「できない自分」「不完全な自分」であることが露呈するかもしれない。そんなことにはとても耐えられないから、高齢であることを理由に、初めから「できない」と決めつけてしまうのです。

しかし、私が韓国語の勉強で間違うことを恐れなくなったように、「できない自分」「不完全な自分」を受け入れられるようになれば、若い頃のようにさまざまなことにチャレンジすることができるようになります。要は、「いい歳して失敗したらみっともない」などと思わないこと。何か新しいことに挑戦するときには、年齢に関係なく、誰でも失敗するのが当たり前なのですから。子育てや仕事を終えて、自分の時間ができた人は、ぜひ何かに挑戦してみてほしいです。

老いてからの勉強では、純粋に、学ぶ楽しさや喜びを味わうことができる

みんなの介護 歳をとって現役を引退してからでも、何か新しいことに挑戦できれば楽しい老後を過ごせそうですね。

岸見 歳をとってから始める勉強のほうが、“学びがい”があるともいえます。

若い頃に取り組む勉強では、目標や到達点が設定されることがあります。例えば、大学入試に合格するために勉強したり、資格を取得するために勉強したりするときです。見方を変えれば、勉強することが大学合格や資格取得のための手段でしかなかった人が多かったのです

一方、歳を取ってから行う勉強では、目標や到達点を設定する必要がありません。第三者による評価や時間の制約から離れて、自由に勉強できるわけです。勉強が手段ではなく目的になり、純粋に、学ぶ楽しさや喜びを味わうことができる。これこそが老いてから勉強することの醍醐味であり、それが生きる喜びにもつながっていきます。

みんなの介護 『老いる勇気』では、病床でドイツ語を学ぶお母様のエピソードが語られています。

岸見 老いてから何かを学ぶ楽しさや喜びについては、母が身をもって教えてくれました。母は脳梗塞で倒れ、入院してから3ヵ月、49歳で亡くなりましたが、入院している間は学ぶことに対していつも前向きでした。

病床の母はまず、「ドイツ語のテキストを病院に持ってきてほしい」といいました。私は一時期、母にドイツ語を教えていたことがあり、そのとき使ったテキストで勉強し直したいというのです。母は初歩文法を終えた後、テオドール・シュトルムの小説『みずうみ』をドイツ語の原書で読めるくらいの力をつけていましたが、病院では「アー・ベー・ツェー・デー」から復習を始め、毎日少しずつ勉強を続けました。

その後、母の意識レベルは少しずつ低下し、ドイツ語の勉強を続けることが難しくなってきました。すると母は、今度は本を読んでほしいというのです。リクエストは、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』。私が高校時代の夏休みに、夢中になって読んでいたことを母は覚えていて、いつか自分でも読んでみたいと思っていたのです。

結局、『カラマーゾフの兄弟』を最後まで読み通すことはできませんでしたが、このとき私は、母から三つのことを教わりました。まず、たとえ目標を達成できなくても、学ぶことそれ自体が喜びであるということ。次に、病気で身体を動かせない状態であっても、人は自由に生きられるということ。そして第三に、「今、ここ」を生きることこそが大切だということです。

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