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拝啓 鈴木敏夫さま 『南の国のカンヤダ』を読んで

スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーとは92年に公開の映画『紅の豚』からの付き合いで、私が日本テレビに在職していた頃から数えると(いまは日テレ定年退職後、(株)ドワンゴに転籍)26年ものあいだ交流させていただいている。

当時から鈴木さんは何か全身からエネルギーを発しているような強烈な方だった。以来、鈴木さんにかなり助けていただいたり、こちらが少しだけ鈴木さんの望みを叶えたりと、お互いの交流は長く続いた。

時には、オフィスにスタジオジブリからそのアニメ作品に関する書籍や、鈴木さんが書いた宮崎駿さんや高畑勲さん他ジブリの面々に関する本を送っていただくこともあった。鈴木さんによると、これらの書籍のほとんどは出版社に請われて書いたものや、記録を残そうという意図のものがほとんどであったという。

ところがこの夏、鈴木さんが初の小説を上梓した。そして、その小説は鈴木敏夫さん本人の意思で思う様なテーマで自ら執筆した「ノンフィクション小説」であると知り、「これはただ事ではない」と私は少々驚いた。なにせ、あの宮崎・高畑の裏で黒子の様に動き続けてきた鈴木さん自身の小説という表現活動である。

読後正直、驚嘆した。この小説は、確かに鈴木さんにしか書けないものだ。私は読後の感想文をしたため、鈴木氏に送った。以下、私信ではあるが、鈴木敏夫本人の許諾を得てその文章を全文掲載する次第である。小説の題名は『南の国のカンヤダ』(小学館・8月初旬発売)。タイのある女性を主人公にした小説だ。

拝啓 鈴木敏夫さま

鈴木さんもご存じの通り、私はかなりの書籍乱読者であります。したがって、自宅のベッドサイドや居間のテーブルには常時10冊余りの読みかけの本が山積みになり、時々雪崩現象が発生しております。外出する時はその中の1〜2冊を持ち出し外で読んだりする訳です。

この度『南の国のカンヤダ』をお送り頂きありがとうございました。鈴木さんが『女性セブン』に連載中は時々目にする程度で正直余り真剣に読んでおりませんでした。先週の金曜日、合本となった『南の国のカンヤダ』を自宅に持ち帰り、土曜日、ぺらっと読み始めたら、これが止まりませんでした。時々、止まって考える事もありましたが、他の書籍を放り出して一気読みでした。

・・・冒頭「ファム・ファタール」(映画などに出てくる謎の女)の様なカンヤダと鈴木さんが遭遇し、徐々にその全容が現れて来る。

「思った事を何のためらいもなく言う。やりたいことはやるがやりたくない事は絶対にやらない。絶世の美女でファッションセンスが抜群のシングルマザー、貧乏であるのに気品がある。自分の事より大家族の事を何より大切に考える。」

まるで徐々にホログラムで浮き上がる様なカンヤダの姿は、あまり近来の小説やノンフィクションでもあまりお目にかかった事が無い、存在感のある女性でした。

また、間に挟まる、

「共同体を大事にするカンヤダと個人主義の日泰ハーフのATSUSHI君」「日本語と外国の言語的違い」「社会人類学者レヴィ・ストロースと哲学者サルトルの論争」「350年の近代合理主義は人間を幸せにしたのか?」「タイに来る外国人観光客と外国に嫁入りするタイ人妻の想像を超えた実態」「今や想像不可能なほど貧乏だったが、笑顔と優しさに満ちていたかつての日本」「カンヤダと宮崎駿さんの類似性」「評論家・加藤周一氏と高畑勲さんとの交流の事」

・・・こうした一見、違和感のある文章や内容が途中でドスンと入って来る。

しかし、それが返って私には心地よく納得性がありました。異物感も全くありませんでした。おそらくこれは「小説はこうでなければならない」という定型を好む小説家には書けないでしょう。それと「人間という存在にとても興味がある人物でなければこんな文章は書けない」と言う事でした。

最後に、2つの事を思い出しました。昔、私の懇意にしている放送作家が2週間ほどタイ各地で撮影に立ち合って帰って来たところ、

「吉川さん。タイ人は素晴らしい知恵をもった人たちですよ。何せ、あの地政学的位置にありながらほとんど先の大戦にもベトナム戦争にも巻き込まれなかったのですから」

と言っていたこと。

そしてもう一つ、母が秋田の田舎育ちだったので、子供の頃、農村のその家で過ごした時の心地よさです。

野外でドラム缶風呂に入っていたら近くに牛が居りニワトリが居て日が暮れて行き野鳥が山に帰って行く。母が薪をくべている。・・・あの時のことを思い出しました。

というわけで、以上ほとんど「新しいものほど素晴らしい」と考える近代合理主義・科学技術主義の殿堂のIT企業「ドワンゴ」より吉川の感想でした(笑)


南の国のカンヤダ
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