記事

モジャモジャ巨匠の篠山紀信先生のスゴ技! - 往年のグラビア女優・沢田夏子

文化通信特報版

連日の猛暑に加え、40℃超えの記録更新だとうだるニュースを観ていたら、いきなり大昔のマネージャから着信がきた。

このマネージャー海外ロケでビーチで撮影なのに靴下に革靴でやって来る…オマケにサラサラ黒髪のマッシュルームカット。全くひとけのない美しいビーチにエセプルシェンコがいるのだ!

こっちは南国のビーチでテンションあげあげでグラビアポーズを決めてんのに…と当時の撮影風景を思い出しながら長年の相棒ガラ携帯に耳をあてていた。相変わらずサラサラ黒髪とは全く似合わない声に、いつの間にか私は、輝かしい?グラビア撮影時代のことを思い出していた。

まえふりが長過ぎてすみません。申し遅れましたが…。
私は沢田夏子と申します!

生まれは東京都東村山市で、三代パン屋の娘です!ですからパン作ってました!調理師だったんです。

それが、ある事情で今はなき、小学舘発行の隔週刊男性誌「GORO」の中のコーナーだった「激写」でグラビアデビューさせて頂くことになったんです。

グラビアたちの熱烈な戦い 中には意外なライバルも

当時、「月刊プレイボーイ」のプレイメイトに対向し「GORO」メイトを作ろぜ!っと、超昭和な企画が勃発。プロアマ・自薦他薦問わず小学舘にて書類選考が行われ何千通もの応募者達から一気に20名に絞られました。

それからです!あのモジャモジャ巨匠・篠山紀信殿による一人ずつのカメラテストが行われました。撮影当日は超キンチョー。何せ!巨匠に初ヌード…で、その時、巨匠から「手塚里美のデビュー当時に似てる」なんておだてられ、すっかりその気になった私は調子にのり?思った以上にリラックスして撮影ができたことを今でも覚えています!

そして厳選された20名は「GORO」の誌上に掲載され、読者からの投票で決まるという。

…当時は雑誌のグラビアが大人気で、週刊誌や月刊誌が売れていただけに、この企画には注目が高まり、今の時代では考えられない、それこそAKBの総選挙並みの熾烈な戦になりました!

投票結果で「激写クイーン」「激写プリンセス」「激写シンデレラ」が決まり、何と私は「激写シンデレラ」に選出されました。実質3位です。

振り返ると、その時、確か賞金100万円が出たはずなんですが、全額が私を素通り…何故か事務所に流れて行きました。それと、後で分かったのですがその20名の中に「タマノヒカリ」という芸名で、既にグラビアアイドルとして活躍していた可憐な女性がいました。

今、その可憐な女性はかなりチューンアップされて「〇〇姉妹」という名前でご活躍されてます。

そして、「激写シンデレラ」として最初のロケ地はハワイに決まりました!

今でこそ、かなりひなびている成田空港ですが、当時は中森明菜ちゃんの「北ウィング」が大ヒットしていて、歌詞の中にある「夜間飛行」が爆発的人気だったんです。東村山のパン屋の娘にとっては超超超憧れの成田空港。

パスポート片手にワクワクしてると、あのモジャモジャ巨匠の篠山先生がファーストクラスの列でスゴいオーラを出しているのを発見しました。

BLOGOS編集部

「うゎ~ファーストクラスなんて太っ腹!」と、勝手に自分も乗れるものだと思ってテンションMAXだったのはつかの間…それはモジャモジャ巨匠のみ…その他一同はエコノミーでした!

巨匠・篠山紀信の指示はまさかの「テニスをしろ」

さぁ~いよいよ!ハワイでの撮影開始!前夜は緊張してあまり寝れなかったけど早く起きて、せっせととストレッチしてからヘアメイクしてもらいました。

天気良好。現場で誰よりもひときわ目立つモジャモジャ巨匠の篠山先生!
私はドキドキぎこちない歩きで行くと、篠山先生から突然に「彼女は動きがあった方がいい」。

超アメリカンスタイルだった現地コーディネーター君と…それこそ、いきなりでした。
「テニスをしろ」と言われ、その場でテニスをする事になりました。

ところが、そのコーディネーター君はテニスが上手すぎ!そんな状況に、私も「負けられない」と意地になってしまったんです。と言うのも、私は昔から負けず嫌いだった上に、学生時代は元テニス部でもあったんです!

段々、テニスにスイッチ入ってきて、それこそ撮影してるのも忘れ!プレイの勝ちに入っていました。もう汗だくだく!朝のヘアメイクももはや壊滅!息も上がってきた所でOKが出ました。

「ふぅ~」と呼吸を整えると…さっきまでガチガチだった私は全身の力が抜け身も心も心地よい清々しい気持ちになってました。

さすが!スゴいです!これが篠山マジックなのか!アッパレです!しかも、段々!裸が衣裳のように感じてくるんです!3日間のロケはホント!楽しくてしょうがない素敵な一時になりました。

今のように、デジカメではない時代、カメラマンとモデルとの相性というのはとても大事だったのです。特に、今のようにヘアもNGの時代です。モデルは身体が硬かったら、しなやかに美しくヘアを隠しながらポーズが取れなかったんです。ですから常にストレッチ!今、振り返ると撮影というのは超肉体労働だったんです。

ですから、グラビアモデルというは最初は自分に対して超勘違いから入り!少しずつ場数を経験しながら本物になろうと努力していったんだと思います。この先老いてもし認知症になっても、このグラビアでの経験は決して忘れないかもしれません。

沢田夏子

元グラビアアイドル、女優。
1968年10月18日、東京・東村山市出身。雑誌「GORO」(小学館)の創刊15周年を記念した「激写QUEENコンテスト」(1989年)で「激写シンデレラ」を受賞し芸能界デビュー。「GORO」は始めとした男性誌のグラビアで人気となる。その後、グラビアから女優を中心とした活動に幅を広げていく。天性の明るさと、演技力で当時の多くのピンク映画系監督からも人気を集めた。

あわせて読みたい

「グラビア」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    橋下氏 任命拒否の教授らに苦言

    橋下徹

  2. 2

    田原氏 野党は安易な反対やめよ

    たかまつなな

  3. 3

    iPhone12かProか...売り場で苦悩

    常見陽平

  4. 4

    コロナ禍も国内工場は異常な強さ

    PRESIDENT Online

  5. 5

    倉持由香 初の裸エプロンに感激

    倉持由香

  6. 6

    数字を捏造 都構想反対派の欺瞞

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

  7. 7

    政府のデジタル化策は正しいのか

    山田太郎

  8. 8

    ベテランは業界にしがみつくな

    PRESIDENT Online

  9. 9

    のん巡る判決 文春はこう考える

    文春オンライン

  10. 10

    社民党分裂 背景に立民の左傾化

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。