記事
- 2012年02月10日 09:45
英国のインタゲとは
以前から1997年にブレア政権が誕生した直後のイングランド銀行の改革に関心があったのだが、あらためてネットで調べたところ1999年に立脇和夫氏が書かれたレポートがアップされており、このレポートも参考に、イングランド銀行の改革を振り返ってみたい。
1997年5月にブレア政権が誕生し、それからわずか4日目に金融政策の大転換を行い、財務省から中央銀行であるイングランド銀行に金融政策の決定権を移し、「独立性」を高めるという大胆な改革に踏み切った。
この改革とは、イングランド銀行総裁、副総裁、理事、外部らの委員で構成される金融政策委員会(MPC)へ政策運営権限を委譲すること、外国為替市場介入権限を部分的にイングランド銀行へ委譲すること、準備預金制度の法制化、銀行監督権限をイングランド銀行から分離し新設された金融監督庁へ移管すること、そして国債管理業務の財務省への移管などである。
なぜブレア政権は誕生直後にこのような大胆な改革に踏み切ったのか。それは、中央銀行の独立を強化する目的で中央銀行法を改正する国が相次いでいたこともあるが(参考までに改正日本銀行法施行は1998年4月)、将来、英国が欧州通貨統合に参加する場合に必要とされる中央銀行の独立性確保を念頭においたもの、との見方もあった。
第二次大戦後イングランド銀行は,アトリー政権下に制定された「1946年イングランド銀行法」によって国有化され、同時に政策運営の独立性を失った。同法はイングランド銀行に対する大蔵大臣の指示命令権を規定し、実質的に大蔵省の付属機関と位置付けていたのである。ちなみに1988年4月のニュージーランドが初めてインフレーション・ターゲティングを導入後、1992年10月に英国も導入した。
新設された金融政策委員会は「政策運営上の独立性」(Operational Independence)を与えられた。ただし、ここでいう政策運営上の独立性とは政府が定めるインフレーション目標を達成するための政策手段の決定を行う権限を意味しており、政策方針そのものの決定は政府の手に留保されている点を見落してはならないと、立脇氏は指摘している。
イングランド銀行(BOE)の金融政策委員会(MPC) は、毎月上旬の水曜日の午後と木曜日の午前中に開かれる。MPCのメンバーは総裁1名、副総裁2名、理事2名と、財務大臣により任命された外部委員4名の合計9名である。イングランド銀行総裁及び財務大臣の任命する委員(任命委員)6名の任期は3年で毎年2名ずつ交替する。財務省代表は政策委員会へ出席し発言はできるが議決権は有していない。
イギリスにおける金融政策の目標は、物価の安定を維持すること及び、成長及び雇用目的を含む政府の政策を支持することと規定されている(改正法第11条)。そして財務省が「物価の安定」の内容を決定し、政府の経済政策を具体化する責任を負っている。量的緩和策の導入やその拡大にあたっても財務相の了承が必要とされる。
インフレ目標値から1ポイント以上乖離した際にイングランド銀行総裁は、金融政策委員会の議長として財務相あて公開書簡を作成しなければならない。改正法にはインフレーション目標に関する詳細な規定が設けられ、それによれば財務省は一年に1回、物価安定目標値及び政府の経済政策に関するステートメントを公表しなければならない。具体的にはインフレーション目標は毎年の予算教書で明示されている。それは、2004年1月以降は消費者物価指数(CPI)で2%とされている。
財務省は金融政策に関し、イングランド銀行に対して指示を行う権限を留保しているが、これはそれが公共の利益に照らし、かつ「異常な経済情勢」の下でそれが必要であると財務大臣が判断した場合に限られる、と改正法では規定されている。いわば緊急時の対応ということになろう。
以上がイングランド銀行の改革に伴った動きとともに、英国でのインフレ目標の状況である。これを見る限り、FRBによる物価に対するゴールとイングランド銀行の物価目標には違いがあることがわかる。1月25日のFOMCの終了後に発表された「長期目標と政策戦略」という声明文において、FRBは物価に対して特定の長期的な目標(ゴール)を置くこととし、それをPCEの物価指数(PCEデフレーター)の2%とした。しかし、その目標から乖離しても何ら罰則等が設けられているわけではない。ただし、イングランド銀行もあくまで書簡を作成すれば良いだけとも言えるし、キング総裁は何通も書簡をすでに送っている状態にある。このあたりあまり厳格化してしまうと、金融政策の舵取りが難しくなる面もあろう。ちなみに9日、イングランド銀行のMPCでは、資産買い取りプログラムの規模を500億ポンド拡大することを決めた
1997年5月にブレア政権が誕生し、それからわずか4日目に金融政策の大転換を行い、財務省から中央銀行であるイングランド銀行に金融政策の決定権を移し、「独立性」を高めるという大胆な改革に踏み切った。
この改革とは、イングランド銀行総裁、副総裁、理事、外部らの委員で構成される金融政策委員会(MPC)へ政策運営権限を委譲すること、外国為替市場介入権限を部分的にイングランド銀行へ委譲すること、準備預金制度の法制化、銀行監督権限をイングランド銀行から分離し新設された金融監督庁へ移管すること、そして国債管理業務の財務省への移管などである。
なぜブレア政権は誕生直後にこのような大胆な改革に踏み切ったのか。それは、中央銀行の独立を強化する目的で中央銀行法を改正する国が相次いでいたこともあるが(参考までに改正日本銀行法施行は1998年4月)、将来、英国が欧州通貨統合に参加する場合に必要とされる中央銀行の独立性確保を念頭においたもの、との見方もあった。
第二次大戦後イングランド銀行は,アトリー政権下に制定された「1946年イングランド銀行法」によって国有化され、同時に政策運営の独立性を失った。同法はイングランド銀行に対する大蔵大臣の指示命令権を規定し、実質的に大蔵省の付属機関と位置付けていたのである。ちなみに1988年4月のニュージーランドが初めてインフレーション・ターゲティングを導入後、1992年10月に英国も導入した。
新設された金融政策委員会は「政策運営上の独立性」(Operational Independence)を与えられた。ただし、ここでいう政策運営上の独立性とは政府が定めるインフレーション目標を達成するための政策手段の決定を行う権限を意味しており、政策方針そのものの決定は政府の手に留保されている点を見落してはならないと、立脇氏は指摘している。
イングランド銀行(BOE)の金融政策委員会(MPC) は、毎月上旬の水曜日の午後と木曜日の午前中に開かれる。MPCのメンバーは総裁1名、副総裁2名、理事2名と、財務大臣により任命された外部委員4名の合計9名である。イングランド銀行総裁及び財務大臣の任命する委員(任命委員)6名の任期は3年で毎年2名ずつ交替する。財務省代表は政策委員会へ出席し発言はできるが議決権は有していない。
イギリスにおける金融政策の目標は、物価の安定を維持すること及び、成長及び雇用目的を含む政府の政策を支持することと規定されている(改正法第11条)。そして財務省が「物価の安定」の内容を決定し、政府の経済政策を具体化する責任を負っている。量的緩和策の導入やその拡大にあたっても財務相の了承が必要とされる。
インフレ目標値から1ポイント以上乖離した際にイングランド銀行総裁は、金融政策委員会の議長として財務相あて公開書簡を作成しなければならない。改正法にはインフレーション目標に関する詳細な規定が設けられ、それによれば財務省は一年に1回、物価安定目標値及び政府の経済政策に関するステートメントを公表しなければならない。具体的にはインフレーション目標は毎年の予算教書で明示されている。それは、2004年1月以降は消費者物価指数(CPI)で2%とされている。
財務省は金融政策に関し、イングランド銀行に対して指示を行う権限を留保しているが、これはそれが公共の利益に照らし、かつ「異常な経済情勢」の下でそれが必要であると財務大臣が判断した場合に限られる、と改正法では規定されている。いわば緊急時の対応ということになろう。
以上がイングランド銀行の改革に伴った動きとともに、英国でのインフレ目標の状況である。これを見る限り、FRBによる物価に対するゴールとイングランド銀行の物価目標には違いがあることがわかる。1月25日のFOMCの終了後に発表された「長期目標と政策戦略」という声明文において、FRBは物価に対して特定の長期的な目標(ゴール)を置くこととし、それをPCEの物価指数(PCEデフレーター)の2%とした。しかし、その目標から乖離しても何ら罰則等が設けられているわけではない。ただし、イングランド銀行もあくまで書簡を作成すれば良いだけとも言えるし、キング総裁は何通も書簡をすでに送っている状態にある。このあたりあまり厳格化してしまうと、金融政策の舵取りが難しくなる面もあろう。ちなみに9日、イングランド銀行のMPCでは、資産買い取りプログラムの規模を500億ポンド拡大することを決めた



