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【映画『未来のミライ』】 建築家・谷尻誠が手掛けた"家"というもうひとつの主役

気鋭の建築家でSUPPOSE DESIGN OFFICE共同代表の谷尻誠さんが、映画プロデューサーの川村元気さんの紹介で、映画監督の細田守さんと最初に会ったのは2年半前。「ごはんでも」という何の気なしの会食で世間話程度に出たのが、現在公開中『未来のミライ』の話題だった。

4歳の男の子"くんちゃん"を主人公に描く物語、その主な舞台はくんちゃんが家族と暮らす「家」だ。映画のもう一つの主役ともいうべき存在感を放つそれは、傾斜地を利用したステップフロアで構成された個性的なもの。大きな話題となっているのは、これを実際の建築士事務所で、谷尻さんを中心としたチームが「設計」していることだ。映画に登場する家を実際の建築家が手掛けるなんて、これまでほとんど聞いたことがない。

細田作品に共通する「坂道」に代わる、階段状の家

「おとうさんが建築家という設定で、奥さんの意見は強そうだけど、建築家魂がどうしても捨てきれないままできあがった、みたいなぎりぎりを狙おうと(笑)。映画の中の家を建築家が作るのは珍しいことだと思いますが、僕らがやるということは、やっぱりそこに設計行為があるということです。

映画も設計も同じだなと思うのは、すべてが自由だと、自由は感じてもらえない。自由を表現するには制約が必要なんです。だからそのための圧倒的制約として、最初から建物として設計しようという話はありましたね。実際に図面も書いてますし、CGも模型も作っています。見合う土地があれば、実際にも建てられますよ。材料によりますけれど4000~5000万くらいかな」

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映画は主人公の"くんちゃん"が、妹・ミライちゃんの誕生をきっかけに、少し大人になるまでの物語を描く。妹に嫉妬して駄たをこねるくんちゃんはが時空をこえた旅をするきっかけとなるのは、白樫の木のある不思議な中庭だ。細田さんの最初の発注は、極端な話を言えばその部分だけだったようだ。

「最初に脚本を読ませていただいたんですが、全然イメージできなかった(笑)。それで細田作品を改めて全部見直したんです。気づいたのは、『時をかける少女』も坂道、『バケモノの子』も渋谷という街を舞台に坂と階段を下りて行くような風景があるし、『サマーウォーズ』もお屋敷に行くまでに大きな坂道があること。

細田さんの映画の中では、坂道を使ってスピード感とか躍動感を作り出すシーンが共通してあるんじゃないかなと。でも今回の映画は家の中が題材なので坂道が作れない。ならば傾斜地に沿うような階段状の家がいいんじゃないか、それが細田作品の坂道に値する役割を果たしてくれるものになるんじゃないかと」

このアイデアに「芯をつかんだ」という実感を得たものの、そこから先も苦労は続く。例えばキャラクターがある場所に立った時、その背後には何があるか、脚本にはそうした映像的な部分も書き込まれている。その脚本通りの配置をしても、どうにもうまくいかない。

発注から設計の完成まで、1年半から2年。スケジュール感は通常の仕事と変わらないが、そのやり取りの密度は圧倒的に濃いものだったという。こだわった部分はありすぎて覚えていない、覚えているのはなかなか決まらなかったということだけ――谷尻さんは笑う。

「いつもの手のうちではできないことが多すぎて、どうしたらいいかよくわからなかったですね。お施主さんが求めるのは機能で、それは普通ならば『生活における機能』なんですが、細田さんが求めるのは『映画における機能』なので焦点が違うし、それは形にしてみないと判断できない。打ち合わせをして“こうかな?”と作っていくと、“やっぱり違うな、こっちかな”と、答えがあるようでないというか」

なかでも最も大変だったのは、カメラで撮影した時に実際に映る範囲――「画角」に合わせて設計することだった。

「カメラがある場所にある時、何がどれくらい見えているか。家が変に大きくなると空間の関係性が見えない、部屋だけで中庭が映らないとシーンとして困るということがあったりするので、寸法を調整して小さくして、それでも空間として成り立っているかどうかチェックして。確認はCGでやってました。

図面書いてCG作って、それを映画のスクリーンの比率に設定して、CG上で画角に合わせて大きく小さく、高く低くを調整して、それを図面にフィードバックする。行って戻って行って戻ってを何度も繰り返しました」

映画で獲得する公共性と、映画に与える物語性

「普段であれば住宅は“特定の施主”のために作るもので、それ以外の人には見てもらいにくい。でも映画で社会に示されることで、ある種「みんなの家」になり、公共施設みたいに"ここが使いにくそう"とか"もっとこうしたほうが"とか、好きなことを言う人が出てくる。勝手なこと言うなあと思う一方で、社会性をどれだけ持てているかがわかることでもあります。それはそれですごい面白いことでした」

"ウナギの寝床"の土地と、リビングと子供部屋を隔てる中庭、仕切りのなさと段差の多さ……ある部分で自身が生まれ育った町家を投影したこの家にも、「子供が住むのは危ないのでは?」という意見が聞こえてきたらしいが、それはそれと割り切りも潔い。

「子供って実はああいう家が好きなんですよね。階段を上ったり下りたりして。落ちても大事にならないよう、段差は全部1m以下の高さにしていますし、僕にもくんちゃんと同じくらいの年齢の息子がいるんですが、子供って大人が思うほど落ちないものです。

今の家って便利で至れり尽くせりで、自分で考えなくなるし、工夫する面白みもない気がするんですよ。僕自身、町家で生まれ育ったおかげで、いろんな判断や工夫ができる人間になれた気がしますしね」

それ以前の家の建材を再利用し、一部色が異なる赤い屋根。そこにあった木をそのまま残した中庭のシンボルツリー。以前に使っていた古いものと合わせて、二つ並んだテーブル。映画の中の家が新しく美しいだけでない、さまざまな物語を匂わせるのは、そうした谷尻さんの考えによる部分も大きいのかもしれない。

ひとことで「中庭」と言っても、100人が100通りの「中庭」を思い描く。そのひとつひとつを掘り起こす作業を旨とする建築家は、物語の"家"を作るには格好の人物なのかもしれない。

「“建築家っていろいろできるんだな”と理解してもらえる、そんなひとつの事例になったかなと思います。映画を見て"空間がカッコよくデザインされてるなと思って調べたら、谷尻さんだった、やっぱりか!"ってSNSで書いてくれている人が、不思議なんですけど結構いるんですよ。そういうのもすごく嬉しいですね」


Makoto Taniziri
1974年生まれ。建築家。SUPPOSE DESIGN OFFICE Co.,Ltd 代表。穴吹デザイン専門学校卒業後、本兼建築設計事務所、HAL建築工房を経て2000年にSUPPOSE DESIGN OFFICEを設立。 '14年より吉田愛と共同主宰。「建築をベースとして、新しい考え方や、新しい建もの、新しい関係を発見していくこと」をコンセプトに作品を手がけ、数多くの賞を受賞。その活動は国内にとどまらず、海外でも高い評価を受ける。現在は、穴吹デザイン専門学校特任講師、 広島女学院大学 客員教授、大阪芸術大学准教授も務めている。

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未来のミライ
『バケモノの子』『おおかみこどもの雨と雪』の細田守監督が手掛けるオリジナル作品。甘えん坊の4歳の男の子くんちゃんと、未来からやってきた成長した妹ミライちゃんの2人が繰り広げる不思議な冒険を通して、さまざまな家族の愛のかたちを描く。
監督・脚本・原作:細田守
キャスト:上白石萌歌、黒木華、星野源、麻生久美子、宮崎美子、役所広司、福山雅治ほか
企画・制作:スタジオ地図
配給:東宝
全国東宝系にて公開中
http://mirai-no-mirai.jp

Text=渥美志保

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