- 2018年08月01日 13:05
伊藤詩織さんのジャーナリズム ― 初監督の「孤独死」、そしてシエラレオネの現実をドキュメンタリーで描く
1/2「日本の性」を鋭く描き出したドキュメンタリー
6月末、英BBCがドキュメンタリー番組「日本の秘められた恥(Japan’s Secret Shame)https://www.bbc.co.uk/programmes/b0b8cfcj」を放送し、日英両国で話題となった。
ロンドンを拠点として活動するジャーナリストの伊藤詩織さんが語り部となって、自分の身に起きた性的暴行事件やその背景、そして性犯罪をめぐる日本の司法や警察、政府の対応などを紹介した番組である。
その後、BBCは2度再放送し、英国にいれば8月上旬までは「BBC iPlayer」というサービスを使って無料で視聴できるが、日本では今のところ、放送の予定はないそうだ。
事件を短く振り返れば、発生は2015年4月。伊藤さんに対する「準強姦罪」の被疑者となったのは当時TBSのワシントン支局長だった山口敬之氏。同氏に対し、一旦は逮捕状が出されたものの、直前に逮捕は取り消された。この年の8月、検察に書類送検され、2016年7月、不起訴が確定。
2017年5月、伊藤氏は司法記者クラブで記者会見を開き、不起訴処分を不服として検察審査会に申し立てをしたと述べた。4か月後、審査会は山口氏を不起訴相当とした。刑事責任を問うことができなくなったため、伊藤さんは、今度は民事訴訟で戦っている。
性的暴行を受けた人が実名で記者会見をする例は日本ではほとんどなく、伊藤さんはその服装から会見の意図まで、大きなバッシングの対象となった。
「日本の秘められた恥」の内容については、BBCニュース(日本語)のウェブサイトに詳細が記されているが、伊藤さんの支持者、批判者の両方の見方を入れるとともに、日本の性についての考え方を鋭く描き出したドキュメンタリーとなった。
▽「日本の秘められた恥」 伊藤詩織氏のドキュメンタリーをBBCが放送(6月29日付)https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-44638987
「番組は偏向している」という批判は的外れ
番組は伊藤さん個人への新たなバッシングも一部で引き起こした。
同時に、番組が「偏っている」という批判も出た。伊藤さんの身に起きたことが話の中心になっていたことは確かで、これをもって「番組は偏向している」という。
しかし、「伊藤さんが中心になった」という部分について、英国に住む1人として補足・説明すると、この形は多くのドキュメンタリーの定番である。
つまり、「個別の例を通して、社会全体にかかわることへの問題提起をする」という形である。具体的な個人の話が出てこないと、広く訴えかける物語にならない。また、監督・作り手は独自の視点を持っており、その固有な視点を番組を通して出してゆく。どの視点にも組しない「中立」の形は、普通は取らない。
伊藤さんの体験が語られた後、終盤でレイプされたことを誰にも話せなかった女性と伊藤さんと抱き合う場面になる。これで、それまでのすべての要素が1つの視点としてまとまってゆく。
筆者は、番組の制作者の1人と話す機会があった。「番組制作の目的は日本の文化を批判することではなかった。社会のシステムを変えるための問題提起だった」という。後者の意図が日本に住む人(の一部)に十分に理解されなかったのが「残念」と語っていた。
伊藤さん自身が、映像作品を作るジャーナリストだ。
36万回のインプレッションが記録された「孤独死」
性的暴行事件の記者会見(2017年5月)で広く名が知られるようになったが、実は、ニューヨークでジャーナリズムを勉強した後、フリーのジャーナリストとして活動を行っており、米国で賞を取るほどの実績がある。
一体、どんなジャーナリズムを実践してきたのか?
例えば、その原稿の何本かが「プレジデント・オンライン」に出ている。
▽伊藤さんの記事一覧http://president.jp/search/author/%E4%BC%8A%E8%97%A4%20%E8%A9%A9%E7%B9%94
「本領」となる映像ジャーナリズムの具体例が収められているのが、伊藤さんのウェブサイトだ。

https://www.shioriito.com/
この中で紹介されている、アルジャジーラ英語で放送された「コカインの谷のレース」では、伊藤さんはカメラを担当している。これは今年4月、米ニューヨーク・フェスティバルの「世界の最優秀テレビ&映画コンテスト」で、「スポーツ・娯楽」部門で銀賞を受けた。世界50か国以上の映像作品の中から優れた作品を選ぶコンテストだ。
もう一つ、「社会問題部門」で銀賞を受けたのが、伊藤さんの初監督作品となった「孤独死(Lonely Deaths)」である。シンガポールのテレビ局「チャンネル・ニュース・アジア」が制作した。
この45分間の長尺の作品は、Youtubeで視聴できる。

https://www.youtube.com/watch?v=TKNnUu1sFdk&t=122s
孤独死をした人の部屋を清掃するサービスの人たち、部屋の管理人や遺族の一人にカメラが向けられる。清掃会社に勤める若い女性の働きぶり、なぜ彼女がこのような職に就くことにしたのか、そして、部屋の中の腐敗の様子、遺品の数々が映し出される。
筆者がこの作品をツイッターで紹介したところ、36万近くのインプレッション、5000を超える「いいね!」がついた。
高齢化が進む日本で、孤独死が1つの可能性として注目されているせいもあるのだろう。
筆者自身は、特定の組織や個人を糾弾するようなトーンがないことに気づいた。米映画監督ソフィー・コッポラの映画「ロスト・イン・トランスレーション」を思わせるような静ひつさで、孤独死をめぐる現実が描かれていた。
この夏、伊藤さんはロンドンでいくつかの公開イベントに出席し、先のBBCの番組について、こんなことを語っている。「BBC側は番組のタイトルに、『セックス』、『レイプ』という言葉を入れたがった」と。一つの例は「レイプ・ネーション・ジャパン」(レイプの国、日本)だったという。伊藤さんは「そういう風にはしないでほしい」と説得した。
監督としてかかわった「孤独死」は、登場人物の1人として出た「日本の秘められた恥」とはトーンが違う。
ご関心のある方は、視聴してみていただきたい。