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拝啓 歌丸師匠 僭越ながら一言だけお許し下さい

共同通信社

昭和の名勝負数え唄といえば言うまでもなく、新日本プロレス絶頂期の藤波辰爾 VS. 長州力、かつての「お笑いマンガ道場」における鈴木義司 VS. 富永一朗、そして「笑点」往年の歌丸 VS. 小圓遊 ”ハゲ・キザ”泥仕合にとどめが刺されるだろう。

そのミスター笑点、桂歌丸師匠が昇天なされた。最後の最後まで高座に執着された芸の鬼たる姿勢とご生涯に満腔の敬意を込めて、まず謹んで御冥福をお祈り申し上げたい。

遺された数多のCD音源をはじめ、円熟の話芸はこれからもなお味わい続けられよう。しかし歌丸師匠というと、一言居士としての側面も忘れてはなるまい。特に時折発せられた現今のお笑いブーム、と称される風潮への鋭く針を含んだ苦言の数々。例えば、ごく近年のR−1ぐらんぷり王者の某氏に対するほぼ全否定的な見解など記憶に新しいところだ。

だが気になったのは漫才やコントが主流のブームを批判されるのはともかく、”古典の伝統を背負った落語こそ演芸の王道”的なニュアンスで、新聞紙上などでもたびたび語られていた点。そこだけはいささか、否、だいぶ違和感を禁じ得なかった。それを言うなら漫才のほうが落語よりはるかに伝統が長く古いからである。演芸のジャンルに新旧の差はあっても貴賤の別はないと考える身としては、僭越ながら事実誤認だけは納得できない。

漫才の発祥は平安時代中期

歴史をテーマにしたトークライブで一緒になった吉本の若手ですら知らないのでおさらい風にいえば、漫才はむかし”萬歳”(万歳、万才とも表記)といってその原点は祝福芸だった。なるほど文字の字面通り読めばバンザイでもあって、二人の男がコンビを組んで(時には三人だったり四人でひと組のケースもあったらしい。四人なのにチャンバラトリオの原点ここにあり)、手に手に小鼓などの楽器を持ち諸国の土地を経巡(へめぐ)る。

訪れた土地、場所、それぞれの五穀豊饒を祈り子孫繁栄を願って有力者や顔役、あるいは裕福な家々の前に門付(かどづ)けしては囃し、歌い、踊り、舞うことでいくばくかの金品または食糧を受け取る。やがて各地の出身者によって文句や曲調に独自な色が生まれ、尾張萬歳・三河萬歳・秋田萬歳などが特に評判を呼ぶようになってゆく。

そのうち真面目に口上を並べる役が”太夫(たゆう)”の名で定着してこれが今でいうツッコミの元祖。いっぽう横でその口上を面白おかしく茶化したり妙な相の手を入れたりしてふざけ倒す役回りが”才蔵(さいぞう)”で、いわばボケの元型というわけだ。以上申し述べたような分業システムが、どう近く見積もっても平安時代の中頃からあったと伝えられるのだから、太閤秀吉のお伽衆だった曽呂利新左衛門あたりを無理やり噺家のご先祖に指折り数えたとしても、ざっと五百年ほど漫才(萬歳)のほうが落語よりも芸能史的に先輩ということに、どうしてもなるでしょう?

ちなみに江戸期には日本橋に”才蔵市”なるものまでが定期的に立てられ、全国の太夫たちがそこへやって来ては寄り集まった才蔵の中から自分と息の合いそうなタイプを見つくろっていたそうだから一層驚きで(鶴見俊輔「太夫才蔵伝−漫才をつらぬくもの」の記述より)、これってほとんど吉本興業のNSCや人力舎のスクールJCAをはじめとする現在お笑いの専門学校で日常見られる光景と全く変わらぬではないか。

萬歳が漫才になったのは昭和に入ってから

ではなぜ萬歳が漫才になったか、となるとやはり昭和に入って横山エンタツ・花菱アチャコ御両人の登場が起爆剤となる。それまで伝統に従って楽器片手に羽織袴で出ていたのが、寄席でのウケがいまいちなのに業を煮やしたエンタツ師。当時サラリーマンという人種が本格的かつ大量に出現した時代、お客でやって来る彼らの共感を得るには芸人の側も同じような格好を…というので背広姿であえて何も持たないノーガード戦法で舞台に立ち、お互いの呼び方も「君」「僕」で話題もその頃人気抜群だった野球の早慶戦をネタにしたところこれが大当たり。

…で、スタイルが一大革新したなら呼び名も新しくしたらどや、となり所属の吉本宛てに無数のアイデアが寄せられたらしい(中には「萬歳」をやめて「ニコニコ問答」はどうかなども)がどれもいまひとつ。そこで橋本鐵彦社長が自ら、漫画や漫談の漫に変えてみようと「漫才」としたのがいつのまにか完全に浸透し現在に至るのであって、そこは近代漫才史上特筆大書さるべき企業によるイノベーション革命だったとしても過言ではあるまい。

上原善広氏の名著「日本の路地を旅する」によれば、萬歳=万歳は沖縄に渡って「チョンダラー(文字で書くと「京太郎(チョンダラー)」。いかにも京の都から流れてきた感じ)となり、二人組で馬に乗った真似をしつつ繰り広げる掛け合いは「いつもここから」がバイクに乗ったていであるあるネタを絶叫する形に酷似しているとか。

…まこと芸能史の奥行は無限に深い。

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