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原発事故と想像力‐時々お散歩日記‐鈴木耕-

 人間が他の生物と決定的に違うのは、「想像力」を持っているか否かだろう。僕は「想像力」を持たない人とは会話が成り立たない、と思っている。過去や現在について何を考え、そこからどんな未来を想像するか。それをしない人と話したって、つまらないだけだ。

 原発事故によって、多くの人たちがふるさとを離れた。ほとんどが着のみ着のまま、見も知らぬ土地へ避難せざるを得なかった。そして、いまだに帰れる希望はない。

 故郷喪失、離散漂流、ディアスポラ…。

 だが、東京に暮している僕たちだって、実は逃げ惑う一歩手前までいっていたのだ。ほんの少しの想像力があれば、すぐに分かることだ。そんなことさえ想像できない人と、僕はいったい何を話せるか。

 少し古いけれど、こんな報道があった。憶えている人も多いだろう。各紙で取り上げられたが、東京新聞(1月30日)を引用しよう。

福島原発事故「最悪のシナリオ」
混乱恐れ 閲覧は数人

細野氏「公表なら 東京無人に」


 細野豪志原発事故担当相は二十九日までに、共同通信のインタビューに応じ、最近まで公表しなかった東京電力福島第一原発事故の「最悪のシナリオ」に関し、当時の菅直人首相はじめ閲覧を「数人」に限った経緯を明らかにした。

 その上で「シナリオの内容は現実にあり得ないもの。当時公開していたら、東京から人がいなくなった可能性があった。そうなれば、事故対応は危うかった」と言明。事故対応を優先した結果、菅氏ら政権中枢のごく一部の政治家でしか情報共有を図らなかったと説明した。(略)

 では、その「最悪のシナリオ」とはいかなるものだったのか。同じ東京新聞によれば、以下のようなシミュレーションだったという。
 原子力委員会の近藤駿介委員長が昨年3月25日付で作成した「福島第一原子力発電所の不測事態シナリオの素描」の内容。まず1号機で水素爆発が発生して格納容器が破損、放射線量が上昇して作業員全員が退避する。2号機、3号機の原子炉や4号機の使用済み核燃料プールへの注水ができなくなる。4号機のプールの燃料が露出して溶融、コンクリートと反応し放射性物質が放出される。2号機と3号機の格納容器も破損。1~3号機のプールの燃料も溶け、コンクリートと反応する。最初の爆発から反応停止までは354日かかるとしている。

 細野氏は「現実にはありえない」と言っているが、そんなことは後付けのリクツだ。「近藤シナリオ」を読めば、かなり現実に近い事態の想定だったことが分かる。「作業員全員退避」以外は、ほとんどこのシミュレーションの直前まで事態が進行していたではないか。

 朝日新聞の連載「プロメテウスの罠」(「官邸の5日間」第7回)にはこんな記述もある。
 (略)3月15日午前3時、官邸。応接室のソファでの仮眠から起きた菅直人は、執務室に入った

 そこには経済産業相の海江田万里、官房長官の枝野幸男、官房副長官の福山哲郎、首相補佐官の細野豪志と寺田学が待っていた。

 「東京電力が原発事故現場から撤退したいといっています」

 菅は即座にいった。

 「撤退したらどうなるか分かってんのか。そんなのあり得ないだろ」

 何をバカなことをいっているんだといういい方だったと福山は語る。(略)

 これが後に「菅首相が東電を怒鳴りあげた」と騒がれた件のいきさつだったらしい。

 先の近藤委員長のシナリオと、この「東電撤退」という記事を重ね合わせてみよう。記事のように、もし東電が福島原発を放棄し撤退していたとすれば、近藤氏のシナリオどおりに事態は進行しただろう。菅氏が怒鳴ったとされる「日本の半分が壊滅するぞっ!」という言葉そのまま、首都圏の数千万人は放射能を避けて逃げ惑うことになっていたに違いない。決して細野氏が言うような、「現実にありえないもの」ではなかったのだ。僕がいまここ(東京郊外)でとりあえず暮していられることなど、ただの幸運でしかない。むろん、現場で必死に頑張ってくれた(いまも頑張ってくれている)作業員の方たちの存在がなければ、東京も「死の街・ゴーストタウン」になっていただろう。

 それが「想像力」ということなのだ。我々が、いまここで生きていられることの背景に、どんなことがあったのか。そして、これから何が起きるのか、それを思い描く力こそが「想像力」なのだ。

 「もしもう一度、原発事故が起こったら」という程度の想像力くらい、誰でも持っているだろう。そうなった場合、いったいこの国はどうなってしまうのか、この国で暮している我々はどんな状況に追い込まれているのか。原発再稼働を言う人たちに、僕は訊いてみたいのだ。「なぜ、その想像に真摯に向き合おうとしないのですか?」と。

 「原発を全て止めてしまったら、日本の経済力は激減し、国際競争力もなくなってしまう。それでもいいのか。日本国をどうする気なんだ」と威丈高なのが、再稼働論者の決まり文句だ。

 でもねえ、経済も国際競争も、普通に生きていけるからこその話じゃないかと、僕は思うんだよ。健康を損ね、病に苦しんでもなお、経済力が大事だとでも言うんだろうか。僕にはそこんところが、どうしても理解できないんだ…。

 次々に「安全神話」が崩れていく。ほとんど毎日のように、原子力関連の隠蔽、改竄、捏造が報道される。安全などどこにもなかったことが、嫌でも目に入り耳に聞こえてくる。それに対しては「見ざる言わざる聞かざる」を決め込む人たち。

 僕が「会話が成立しない」と書いた理由が分かるだろう。

 恐ろしい記事を見つけた。東京新聞(2月4日付)だ。
福島原発周辺、鳥が減少、日米チームなど調査
 三日付の英紙インディペンデントは、東京電力福島第一原発の事故による環境への影響を調べている日米などの研究チームの調査で、同原発周辺で鳥の数が減少し始めていることが分かったと報じた。調査結果は来週、環境問題の専門誌で発表される。

 研究チームは、一九八六年に事故が起きたウクライナのチェルノブイリ原発と福島第一原発の周辺で、放射性物質放出による生物への影響を比較調査するため、両地域に共通する十四種類の鳥について分析。

 福島の方が生息数への影響が大きく、寿命が短くなったり、オスの生殖能力が低下したりしていることが確認されたほか、脳の小さい固体が発見された。このほか、DNAの変異の割合が上昇、昆虫の生存期間が大きく減少するなどの影響もみられた。

 脳の小さい固体、生殖能力の低下、DNA変異、生存期間の減少…。聞くだけでもなんだか鳥肌が立ってくる。ついにそんな事実が報告され始めた。だが、それが動物だけへの影響であるわけがない。動物に起こることは、人間にだって起こる。ぞわりっ!と、震えが来る。

 『モロー博士の島』という不気味なSF映画を思い出した。有名なSF作家H・G・ウェルズの原作、バート・ランカスター主演だった。いわゆるマッド・サイエンティストのモロー博士が、孤島で人間や動物たちを手術改造、奇怪で不気味な生物を造りだす、というストーリー。

 ウェルズという稀有の作家の想像力が生み出した傑作のひとつだが、DNA変異などという今回の調査結果を聞いて、僕の頭にそれが浮かんできてしまったのだ。人間が手を出してはいけないことに触れたとき、どんな結末が待っているか。想像力を働かせなくてはならない。

 原子力科学者たちは、特に日本の原発を推進してきた学者たちは、ある意味でこのモロー博士に似てはいないだろうか。

 「人類の進歩と経済の発展のために」という「科学万能の錦の御旗」を振り回し、危険を指摘する人たちを非科学的と罵倒し続けてきた原子力関係者たち。彼らには決定的に想像力が枯渇していた。危険性をも考慮するという当たり前の想像力を封印することで、原子力マフィアとして利権や権力を保持してきたのだ。

 だがウェルズの想像力は、そんな科学神話の果ての無惨な悲劇をきちんと捉えていた。モロー博士の末路を、ウェルズはどう描いたか…。

 秋の木の実がなくなると、野鳥たちが僕の家の小さな庭の餌場に集まってくる。餌をついばむ野鳥を見るのが、僕の冬のささやかな楽しみだ。その可愛い訪問者の中に、とても目立つヤツがいる。ワカケホンセイインコという。本来はインドなどの暑い地方の鳥なのだが、日本ではペットとして飼われていたものが逃げ出し、野生化したらしい。我が家の近辺にはもう十年ほど前から出没している。

 かなり大きな鳥なのだが、日本で野生化してから、年々からだが小さくなっているという。この国の風土に合わせて次第に変化しつつあるのだろう。そう言われてみれば、訪れるインコが少々小さくなっているような気もする。それは、自然の中で懸命に生きる動物たちの姿だ。

 だが、事故原発の周辺で起きている事態は、そんな自然の変化とは全く異質な変異だ。人間の傲慢さが、自然の摂理とでもいうべきものを破壊してしまったのだ。

 壊された自然が復元するのを、もう僕には見届けることができない。それは、僕が生きていられるはずもない遥かな未来のことなのだ。もし、まだこの国に未来があるとすれば、だけれど。

 ジョン・レノンは「想像してみてほしい、国境のない世界を」と歌った。僕らも想像してみよう、「原発なき世界」を。いつか、想像力が、原発をこの世界からなくす、かもしれない…。

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