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金正日時代から金正恩時代へ 金正恩の北朝鮮(1)

金正日時代から金正恩時代へ 金正恩の北朝鮮(1)
九州大学特任教授 小此木政夫
――を掲載します。

 昨年12月に北朝鮮の最高指導者、金正日総書記が死去し、三男の正恩氏がその後を継ぎました。しかし、権力基盤はまだ脆弱(ぜいじゃく)で、今後の半島情勢はこれまで以上に不透明感を増しています。北朝鮮はどうなるのか。どのように北朝鮮と向き合うべきなのか。北朝鮮問題に詳しい九州大学特任教授の小此木政夫氏が4回にわたり解説します。

後継作業途中で就任した 金正恩人民軍最高司令官


 昨年12月30日、金正日総書記死去の2週間後に、朝鮮労働党中央委員会政治局会議で故金正日の三男金正恩氏が人民軍最高司令官に任命された。したがって、本年4月の人民軍創建80周年記念日に挙行される盛大な閲兵式では、金正恩最高司令官がひな壇の中央で「英雄的な朝鮮人民軍将兵に栄光あれ!」と叫ぶことになる。

 いうまでもなく、これは20年前の父・金正日の姿を想起させ、「金正日=金正恩」を演出するための「仕掛け」である。したがって、新年を前にした金正恩の最高司令官就任は、父親の死に直面して、あわてて設定されたものではない。既存の後継作業スケジュールによれば、その後も、本年4月に開催される最高人民会議で、金正恩は趙明禄次帥の死後空席の国防委員会第1副委員長に就任する予定であったと思われる。

 しかし、20年前に人民軍最高司令官に就任した時、金正日は49歳という「働き盛り」であり、1980年の第6回労働党大会で後継者として公開デビューしてから12年目であった。それから1994年の金日成主席の死去まで、金正日はさらに3年半の間「父子の二人三脚」で帝王学を学び、実践したのである。

 それと比べて、金正恩が後継者に指名されたのは、2008年8月に金正日が脳卒中で倒れた後、2009年初めとみられている。公開デビューしたのは、2010年9月の労働党代表者会で党中央軍事委員会副委員長に選出された時のことである。その前日に、叔母・金敬姫とともに人民軍大将の称号を授与された。その30歳に満たない青年大将が人民軍最高司令官に就任したのである。この間わずか3年である。

「生き残り」を最優先した 金正日時代の「先軍政治」


 したがって、金正恩司令官の最高指導者としての資質は未知数であり、その経験不足も否めない。そのような指導者を推戴する政治体制についても、十分な検討が必要とされる。しかし、それは改めて論じることにして、ここでは、金正日時代と金正恩時代の大きな違いについ指摘してみたい。

 20年前に金正日が人民軍最高司令官に就任した時、北朝鮮は建国以来最大の困難を経験していた。経済的に発展した韓国が民主化を達成して、1988年にソウル・オリンピックを開催したが、それは北朝鮮が南北間の体制競争に敗北したことを意味していた。また、翌年11月にベルリンの壁が崩壊し、社会主義陣営もソ連邦も消滅してしまった。北朝鮮は朝鮮半島内外で「二重の敗北」を喫したのである。

 それ以後、金正日は北朝鮮の「生き残り」をほとんど唯一かつ最大の目標とせざるを得なかった。そのために、深刻な食糧危機のなかで、国民に「苦難の行軍」を強制して、核兵器とミサイル開発に邁進(まいしん)したのである。

 言い換えれば、数十万人の国民の犠牲と引き換えに、極端な軍事体制、すなわち「先軍政治」の下で、金正日の北朝鮮は生き残ったのである。金正日は明らかに「暴君」であった。

 

軍事重視から経済重視へ 金正恩に与えられた役割


 しかし、その結果、新たに登場した金正恩は父親から二つの「大きな遺産」を引き継ぐことができた。
 第一に、核兵器とミサイル開発がある程度のレベルに到達した。
 第二に、金正日時代の最後の時期に、大国化した中国が地政学的な北朝鮮の擁護者として再登場した。
 最後に残されたのは、12月30日の党政治局会議決定が要求するように、「強盛大国の建設」、すなわち北朝鮮の経済復興という「未完の課題」である。

 金正日が2012年、すなわち金日成誕生100年の年に「強盛大国の大門を開く」という難しい課題を自ら設定したのは、経済復興こそ北朝鮮の長期的な存続を可能にすると確信したからである。意外に思うかもしれないが、息子の金正恩に与えられた役割は、既に存在する「金正日の遺産」を土台にして、軍事重視を徐々に経済重視に転換することにほかならない。金正恩時代は必ずしも「暴君」を必要としないのだ。


小此木 政夫(おこのぎ・まさお)
九州大学特任教授(慶應義塾大学名誉教授)
1945年群馬県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。韓国の延世大学政治外交学科留学を経て、1974年に慶應義塾大学法学研究科博士課程修了。法学博士。同大学助教授、教授、法学部長を経て現職。日韓新時代共同研究プロジェクト日本側委員長、著書・編著に『朝鮮戦争』『東アジア地域秩序と共同体構想』など。
『自由民主』より

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