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「日本のセーフティーネットはスカスカ」―『困ってるひと』著者・大野更紗氏が語る社会保障の“現実”

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ポプラ社のイベントスペースでインタビューに応じる大野更紗さん(撮影:田野幸伸)
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現代社会の問題点を改めて提示する新感覚のインタビューシリーズ「SYNODOS×BLOGOS 若者のための『現代社会入門』」。第2回は、著書「困ってるひと」がベストセラーとなった作家、大野更紗さんにご登場いただきました。

大野さんは、24歳の時に突然、免疫疾患系の難病にかかりました。しかし、著書の中では難病という生死に関わる事態を、ユーモアを交えて「困る」と表現。その上で、自らの闘病の経験を基に日本の社会保障制度の問題点を指摘し、大きな話題となっています。現在も闘病中でありながら、精力的に障害者運動の当事者や社会保障関連の取材を行っているという大野さんに話を聞きました。(取材・執筆:田野幸伸、永田正行【BLOGOS編集部】)

※本シリーズは、毎月第2水曜日にSYNODOSに寄稿している論者のインタビュー記事を掲載し、その記事への疑問や異論・反論に対する回答記事を第4水曜に掲載するという方式を採用しています。記事へのご意見は、コメントフォームおよび議論ページにお寄せください。締め切りは2月13日(月)正午とさせていただきます。次回の記事掲載日は22日(水)を予定しております。
※ご意見は締め切らせていただきました。

わけのわからない日本の社会制度は“モンスター”


―ご著書の中では社会保障の手続きの難解さを「モンスター」と表現されていますが、健康な状態で日常生活を送っていると、この表現の実態は理解できないと思います。ですので、具体的に教えていただけますでしょうか?

大野更紗氏(以下、大野氏):「社会保障」と言っても非常に範囲は広いですし、分野も多岐に渡りますので、なかなか全体がこうとは言いにくいです。その前提の上でお話しますが、そもそも日本のいわゆる「健常者」として暮らしていたら、お役所の窓口というのは非常に縁遠い存在だと思います。

わたしは2008年9月に発病したのですが、それまでは大病を患ったことも入院したこともありませんでした。病気や障害とはまったく無縁の生活を送っていたのです。ただ、わたしはそれまでミャンマー難民の研究者を目指して、フィールドワークなどをやっていました。こうした経験から、移民や難民の方に関わる部分ですけど、ある程度日本社会の矛盾に関して「理解している側」に入っているつもりでした。ところが、自分が実際に難病という"くじ"をひいて、その当事者になってみたら、じつは今までは、自分は"逃げられる"ところに居たということがはっきりとわかったんです。

「モンスター」と表現しているのは、「何がどうなっているかわからない」からなんです。制度の構造や仕組みが理解できれば「モンスターだ」なんて誰も思わない。「何がどうなっているのか」が、まったくわからない。だから「モンスター」と表現したのです。

具体例をあげると、原因がわからず治療方法が確立されていない、「難病」と呼ばれる疾患にかかったとします。「難病」だけでも、複雑ですよ。病院にかかって、診断をつけてもらうまでが、まず大変です。なにせ病名だけでも、厚生労働省の見解では、数百~数千あると言われています。そのうち、「診断基準が一応確立し、かつ難治度、重症度が高く患者数が比較的少ないため、公費負担の方法をとらないと原因の究明、治療方法の開発等に困難をきたすおそれのある疾患」(ちなみにこのあたりはお役所言葉なのでざっくりわかってもらえばいいです)に指定されている56疾患については、医療費の保険診療ぶんの自己負担額、その一部について助成を受けられる制度があります。「難病医療費等助成制度」という制度、通称「特定疾患」ですね。

ところが、この制度を利用するためだけでも、毎年更新が必要です。その度に大量の書類をそろえなければならない。そうした書類の収集、作成も自分でやらなければならない。自分の体が動かない状態、役所まで出向けない状態で、延々とお役所の窓口ジプシーみたいなことをしなければならない。この制度をひとつ利用するだけでも、「困ってるひと」には大変なことです。そのほかにもさまざまな制度がありますが、一つひとつ自分が何を使える可能性があるのかを調べるだけでも、書類の山と格闘しなければならない。

自分がそういう状況に陥って、「ここまで大変な状況なのに、どうしてこれまで誰も何も言わなかったのだろう」と非常に不思議に思いました。そこで、よくよく考えてみると、「ここまで大変」だからこそ、実際に当事者になってしまうと「生きているだけで精一杯」で、物事を整理するとか、発信するとか、助けを求めるといったことができなくなってしまうんです。それが日本の社会制度の現状がモンスターたる由縁かなと思います。

―社会制度を利用しようという気持ちが萎えてしまうぐらい「わけのわからない」ものだということでしょうか。

大野氏:日本の既存の障害者制度というのは、世界的に見ても非常に特殊な制度で、障害の種別を基本的に身体、精神、知的という3つに分けて手帳を発行するものになっています。人間の状態を制度に当てはめていくシステムだといってよい。日本にいると、こうした障害者制度が普通だと思ってしまうのですが、このような手帳制度は先進諸国の中でも非常に稀です。日本だけだと思います。とにかく枠をつくって、現実をそれに当てはめていこうというイメージです。

難病患者の人たちというのは、わたしを見ていただければわかるとおり、見た目でその辛さや、障害の度合いを判断することはむずかしいですよね。こうした「見えにくい障害」は、現行制度の中では、判定の過程で障害を軽く見積もられがちなんです。そういうシステムになっている。3つの分類にきちんと収まらないために、いわゆる「制度の谷間」といわれる部分に落ちてしまうのです。

―なぜ利用者目線で制度が構築されていないのでしょうか。

大野氏:日本では、お役所も生活者も、パブリックに社会の問題を解決するという行為に全然慣れていませんね。社会制度というのは、完璧な、それこそコンビニみたいにバッチリ用意されているもので、「窓口に行けば何でも用意されている」と思い込んでいる部分があるのではないでしょうか。けれど、実際はそうではありません。お役所も制度を使う人がいなければ、運用する前例がつくれないため、経験やノウハウが蓄積されないですよね。使う側も電話をかけて「前例がないので」と一旦断られてしまうと、それであきらめてしまう。

お役所が悪い、政府が悪いというのは簡単ですが、お役所が慣れていないということは、市民も慣れていないということです。役所や制度で問題を解決するということは、理屈で合理的に解決することですが、そういう行為に日本社会は慣れていない。歴史的な文脈というのは、大事です。現状、結果として誰にとっても使いにくい制度になってしまっているのだけれど、ではどうしてそうなったのか。根源をたどっていかないと、解決策は見えてこない。これは、わたし自身だって、自分が難病患者という立場になってはじめてわかったことですけどね。

それにそもそも、日本の人は、社会保障制度について知る機会も少ない。いわゆる「標準的な家庭」に生まれ育ったならば、日本の社会保障制度がどのように成り立っているかを学ぶことはほとんどありません。「生活保護の申請は、どの法律に基づいていて、どのような状況に陥ったら申請する権利が発生するのか」とか「障害者福祉制度は、どのような理念の下に成り立っているのか」、「年金制度はどう設計されているのか」ということを学校で習うことはない。パブリックな制度によって社会問題を解決するという手段を比較的多用するアメリカや欧州では、中学や高校の段階でそういった基礎的なリテラシーを学びます。これは難病患者の問題に限りませんよね。誰だって生きていれば、普通にいろんなことが起こる。失業した場合やDV被害を受けた場合に、どのような対応法、法律があるのか。

以前、DV被害者の支援をしている方にインタビューをしながら、はっとしたことがあって。アメリカからDV問題の研究者が、その施設の視察にきたとき、「日本でせっかくDV防止法ができたのに、その周知が低くて機能してないなんて信じられない。アメリカだったら、『DV防止法ができました!DVを受けたときの相談機関はここ!』って電車の中刷りとかバスの広告とか、とにかくそのへんに貼りまくるよ」と言っていたそうです。アメリカという国も大きくて多様ですから、一般化することはできないんだけれど。でも、印象的でした。

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