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オウム問題を総括すると見えてくる現代日本の『カルト』に対する脆弱性

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◾️薄れゆくリアルタイムの感情

スマホのポップアップに突然、『オウム麻原処刑』のニュース記事が出て以来、久々にオウム真理教関連の情報がメディアに溢れて来て、かつて本件について考えていたことを次々に思い出すことになった。処刑については、一つの区切りであることは確かだが、これは第一幕の終わりではあっても、続く第二幕が始まってしまうのではとの懸念が咄嗟によぎった。同様の懸念を表明する人は多い。よく気をつけていないと、当事者(旧信者や後継団体)とは関係のないところからでさえ『歴史が繰り返す』恐れは多分にあるように思える。

1995年にあの事件が起きてから、本年で23年目ということになる。リアルタイムにあの事件を見ていた私たちには、何らかの報道があるたびに、当時感じた何とも形容しようのない戦慄、怒り、嫌悪、悲しみ等の入り混じった、濁った絵の具のような『感情』が蘇って来る。もちろん、直接の被害者や関係者の強い悲しみや怒りとは比べようもないが、自分にとっても、それまでおよそ経験したことのないような種類の強い感情であることは確かで、それがあのような事件を二度と起こしてはならないとの思いを強く突き動かす。

だが、23年も経つと、あの『感情』を誰かに伝え、共有することは至難の技だ。『強い感情』だけでは、抑止力としては片手落ちであることは言うまでもないが、逆にそれがないとするといつまで抑止効果が持続するのか、何とも心もとない。おそらく、これは戦争と同じで、戦争体験者が、戦争を知らない子供達に不安げな視線を投げかける気持ちが今はすごくよくわかる。

◾️消滅に向かうかに見える宗教

ただ、多少冷静にこの23年間を振り返ると、かつてオウムがその一つとして数えられた新興宗教団体の信者は激減している。*1 一時期は破竹の勢いで信者を増やした新興宗教は軒並み退潮で、公開されたデータからはわかりにくいが、創価学会や、かつてオウムのライバルとして比較された幸福の科学もその例外ではないようだ。日本人の新興宗教団体への拒否感は強く、昨今では、そのような団体と関わっていることで、社会的な評価を落としてしまうのではないかとの懸念を持つ人が非常に多い。中には真面目な団体や信者もいることは間違いないにせよ、『新興宗教嫌い』は今の日本人の大勢を占めると言っても過言ではない。

では、キリスト教、仏教等の伝統宗教はどうかと言えば、こちらは『嫌悪感』とか『宗教嫌い』の対象とは言えないものの、信者の減少という点では同様だ。『寺院消滅』*2 という書籍には『全国約77,000ヶ寺の内、既に住職が居ない無住寺院が20,000ヶ寺以上、さらに宗教活動を停止した不活動寺院は2,000ヶ寺以上にも上る。25年後には、3割から4割の寺が消える』とあるが、これは地方出身の自分も実感するところでもある。

宗教学者の島田裕巳氏によれば、宗教が退潮にあるのは、経済成長が安定期に入って以降の先進国全般に言える傾向で、その主な理由は資本主義の発達がもたらす『世俗化』なのだという。つまり、豊かになって生活が満ち足りると宗教団体に入る意味を感じなくなってしまうということだ。

かつての日本の高度成長期や現在の新興国のように経済が急成長している局面では、地方から仕事のある都市部に大量の労働者が出てきて孤独をかこつことになる。自分が深く関わっていた地域共同体から切り離されて不安を感じている人たち(共同体難民)が大量に発生する環境は、宗教団体の信者獲得という点では絶好の機会となる。教義や信仰で誘うのではなく、宗教共同体に取り込む形で、宗教団体が急拡大するということが起きる。

ところが、現代では、特に都市部では、宗教の重要な行事である葬式でさえ不要と考える人は増え、実際に僧侶や親戚を呼ばずに葬儀を安く済ませる人が急増している。宗教団体の盛衰は、家族や共同体の盛衰と並行しており、家族や共同体が解体しつつある現代では、葬儀のような行事に時間やお金を使う意味が感じられなくなっていると言える。

実際、どの調査の結果をみても『無宗教』と回答する日本人の数は圧倒的に多い。*3 しかも、仏教や神道と回答している人も(日本人全体の2~3割)その多くは、他国の信者と違って、仏教徒なのにクリスマスを祝う、というようなある種のいい加減さを併せ持っている。少なくとも教義や信仰について突き詰めて取り組んでいる姿は浮かんでこない。

このデータだけ見ていると、全体の趨勢としては、日本で再びオウム事件のような出来事が起きる可能性は低そうに思えるかもしれない。だが、本当にそうだろうか。

◾️どうしてオウム事件は起きたのか

オウム事件は完全に解明されたわけではなく、特に、当時の日本のトップエリートが大量にオウムに入信して、しかも最終的には教祖による殺人の指示まで受け入れて実行してしまった理由がわからないと言われ続けてきた。原因が解明できなければ、事件の本質は理解できないし、再発防止も覚束ないとの危惧はもっともだ。

しかしながら、そうは言っても、かなりの程度納得できる分析や説明は出てきていて、それを参照点としてオウムのことを語ることも、今後の見通しや再発防止について語ることもある程度はできると考える。少なくともこれまでに出てきているオウム事件の分析を通じてでさえ、十分に現代日本の危うさを浮き彫りにすることはできると考える。

では、どのような条件/環境が揃った結果、あのような悲惨な事件が起きたのか。下記にできるだけコンパクトにまとめてみた。その上で、どのような道筋でオウムが興隆し、あのグロテスクな事件をひき起こすことになったのか、今後同様の事件が発生する可能性があるのか、あるとすればそれはどうしてなのか等につき、私の意見を述べてみようと思う。

教団の特徴(教団が多数の信者を取り込み、暴走した背景)

・科学では説明しきれていないこの世界の全体性を説明できる(と思わせる)

 教義(思想/物語)を持っていた。

・世俗の生活世界では自分の価値や生きがいを感じることができず、

 教団がそれを与えてくれるように思えた。それは、特に社会体験のない

 ナイーブな学歴エリートに魅力的だった。

・共同体の絆が弱まっているところに(そう感じている者に)ある種の

 共同体の絆を感じさせることができた。

・洗脳手法等、人間の心理の仕組みについて精通していた。また信者を

 世間から切り離す特殊な環境等が結果的に、『同調』*4『集団浅慮』*6

 といった社会心理学の概念で説明されるような状況を作り出した。

社会環境

・近代科学や近代思想への不信感が高まり、社会全体にオールタナティブ 

 (代替物)を求める機運が高まっていた。

・科学では説明できな不思議な現象を受け入れる人も多くなってきていた。

・共同体から疎外されていると感じる人が増えていた。

・バブル膨張から崩壊の過程で、欲にまみれて暴走する日本人の姿に嫌悪感を

 感じる人が増えていた。

・日本社会が、権力や権威をもつ人物から命令されると満足感を得て不合理な

 要請にも服従するような、心理学用語でいう『服従』が機能しやすい

 構造を持ってた。

◾️科学にはないがオウムにはあったもの

科学的発見によって、この世界の解明は進み、まだわからないことは多いが、今後の科学の発展でそれも解明されていく、そのような言説を信じている人はまだ現代の日本にも多い。だが、これは根本的な勘違いだ。科学は仮説/検証というプロセスを経て、物体と物体の関係を明らかにしていくだけで、決してこの世界の全体像を総括的に語ってくれるわけではない。ニュートンは万有引力の法則を、アインシュタインは相対性理論を導いた。静止していると考えられていた宇宙は膨張していることがわかった。だが、どうしてそんな法則があるのか、その中で生きる私たちとは何者なのか。どう生きるべきなのか、科学者は何一つ答えてくれないし、答える必要があるとも考えていない。そもそも答えることができない。

だが、オウムはその説明/物語を持っていた。巷間言われている通り、それはチベット仏教等を援用したり、それ以外の雑多なオカルト的な知識(神智学等)のごった煮であったりで、首尾一貫しておらず矛盾だらけとの批判は少なくない。ただ、それでも、犯罪が明らかになる前、メディアへの露出が多かった時期には、当時の文化人や宗教研究者からの評価はかなり高かった。少なくとも評価できる要素があったと考えるのが正当だろう。当時多少なりともオウムを持ち上げた人はその後大変な目に会うわけだが、彼らを批判する人達も、実際オウムが何を語っていたか自分で確かめて判断しているわけではなく、こんな悪辣な犯罪集団の思想に一片たりとも評価できるものがあるはずがない、との先入観で頭ごなしに批判している人が大半だろう。

◾️思想の空白状態

もちろんだからといって、オウムの教義は正しいなどと述べるつもりはまったくないが、自身が生活する現実世界の全体像を見渡すことができない人々に、この世の意味と、首尾一貫して見える説明を与えることができたことは確かだろう。逆に言えば、オウム程度の教義で埋められてしまうほど、当時も(今でも)レベルの高い思想や世界観が大半の日本人が生きる生活世界にはなかったということになる。いわゆる『空白状態』に近かったわけで、そのことは本来もっと問題にすべきなのだと思う。そして、この『空白状態』は当時より今の方がずっと深刻で、そういう意味では次のオウム的なものが出現する環境はどんどん整いつつあるとも言える。

■脱事実の時代

政治学者のハンナ・アーレントは著書『全体主義の起源』*7 等で、大衆は『事実』では動かず、彼らを包み込んでくれると約束する、勝手にこしらえ上げた統一的体系の首尾一貫性だけが、大衆を動かし得ると述べているが、オウムがそのような『統一的体系』を持っていたことは疑いえない。事実ではないにせよもっともらしかった。そして、オウムは事実に見えるように様々の工夫を凝らしていた。ところが、現在では、米国のトランプ政権幹部が使った『代替的事実(alternative facts)』という表現に象徴されるように、米国だけではなく、世界各国が(日本を含めて)事実を重視しない『脱真実』の時代に入ったと言える。もっともらしく事実を取り繕う必要さえなくなりつつある。環境の危うさという点でも、23年前を遥かに上回っているというべきではないか。

◾️エリートがオウムに入信する理由

ただ、一般大衆はそうでも、オウムに大量に入信していた、高学歴エリートは違うのではないか、と考える人も多かろう。だが、これは、明治期以降の日本の学歴エリートの過大評価の産物というべきだろう。しかも、今では忘れ去られているが、当時、もう一つ特殊な環境があった。

オウムに当時親和性が高かったのは『ニューアカデミズム』*8『ポストモダン』*9『ニューエイジ』*10『ニューサイエンス』*11あたりだった(以降、これらを総称してニュームーブメントと呼ぶ)。オタクとの親和性が高いという人もいるが、私には、少々的を外しているように思える。

これらは、いずれも今となっては評価はガタ落ちで、『ニューサイエンス』なども『ニセ科学』と味噌糞に断じられてしまっている有様だが、少なくとも特に70年代以降、オイルショック/資源危機、環境破壊、冷戦/核戦争勃発の可能性等が盛んに取り沙汰されていた時代背景もあり、近代思想や近代科学の限界が非常に声高に唱えられていて、『ニュームーブメント』は今では想像できないくらい大きなものだった

そして、近代を乗り越えるためのオールタナティブ(代替物)として、それなりにしっかりとした思想に裏付けられた言説も少なくなかった。そのエッセンスの比較的良質ものは、現代にも引き継がれている。ニューサイエンスの『要素還元主義を基盤とする西欧近代科学の方法論を批判し、全体論や東洋思想に立脚した新たな科学観や人間観を追求する』といった姿勢や思想もその一つで、最近何かと話題の多い、若手の科学者、落合陽一氏の言説の背後にある思想も、まさにこれだったりする。このようなトレンドの中から生まれたのものの一つがオウムだった。

一方、当時の日本社会(特に企業)は、知的権威やエリート主義に懐疑的な立場をとる、いわゆる反知性主義的な空気が支配する場所だったから、当時のナイーブな高学歴エリート、中でも『ニュームーブメント』の薫陶を受けて来た者の多くは、企業の空気が肌に合わず、こんなはずではなかったと嘆き、すぐに挫折し、その結果、オウムのようなオールタナティブを提供してくれて、ナイーブな学歴エリートの心理をくすぐってくれる存在に強い救いを感じ、与えられた仕事にやりがいを覚えたと考えられる。

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