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蛍の里で進む「対話なき」ダム建設

ダム建設の是非は古くから議論されてきた。長崎県にある蛍の里でも、事業主である自治体と住民の抗争が勃発してから半世紀が過ぎようとしている。公共事業は誰のために行うべきか。「対話なき」ダム建設の行方を追う。(オルタナS編集長=池田 真隆)

ダム反対運動が起きているのは、長崎県佐世保市の隣に位置する川棚町川原(こうばる)地区。この地に流れる石木川(いしきがわ)に総貯水容量約548万トンのダムが造られようとしている。関連設備費用を含めると540億円に及び、高さはおよそ50メートルにもなるという。

川原地区は、夏には蛍が舞う豊かな里山で、そこに13世帯54人が暮らしている

事業主は長崎県と佐世保市。建設理由については、「将来の佐世保市の水不足への対応」「(上流にある)川棚川の治水対策」と説明した。しかし、同市は全国の市町村の中で人口流出率が6位で、90年代から水需要は低下している。さらに、河川改修によって、治水対策も整う。

佐世保市の予測と実態は乖離している

ダムや導水管などの維持費は水道代として将来世代が負担し続けることになり、なにより、ダムが建つことで、住民の土地は強制収用されてしまい、蛍の里もなくなってしまう。

これらの理由から川原地区に暮らす住民たちは1970年代からダムの建設に反対してきた。現在、この地に暮らすのはわずか13世帯の住民たちだが、建設予定地に重機を入れまいと昼夜問わず協力しながらバリケードをつくり身体を張って守っている。

2015年8月には、県によって4世帯の農地が強制的に収用された。現在は13世帯の家と土地が強制収用の対象となり手続きが進められている状況だ。すでに収用されてしまった4世帯には、国から数千万円の保証金が支払われるが、税金分以外は受け取っていないという。

昨年の夏には建設予定地に重機が入ったが、住民の必死の抵抗もあり、本体工事はまだ着工されていない。ただ、森を切り開き、道路を造成する取り組みは始まった。

■住民の「暮らし」を映画化

この状況を世の中に知らせるために、一人のクリエーターが立ち上がった。山田英治さん(49)だ。2015年に知人に誘われて、川原地区を訪れた。

第一印象は「うらやましかった」と明かす。川では魚を釣って遊び、山では山菜を採る、豊かな里山に囲まれながら、穏やかに自給自足に近い暮らしを送る住民の暮らしからそう思ったそうだ。

川原地区の子どもたち、自然の中でたくましく育つ

しかし、そう思ったからこそ、ダムの建設予定地に選ばれていることに強い不条理を覚えた。山田さんは、「強制的に暮らしが奪われようとしていることに涙が止まらなくなった」と話す。

山田さんと同世代の住民もいて、彼らは子どもの頃から、最前線に立ち「反対」と叫んできた。報道では、公共事業や政策に反対するデモ隊は特定の思想を持った「危険人物」のように描写されがちだ。だが、話してみると、趣味は韓流ドラマの鑑賞など、「親戚や近所に住んでいたおじいちゃん、おばあちゃんに近い人だった」(山田さん)。

約半世紀、ダム建設の推進派と争いながら生きてきた

民主主義国家においてこのような決定が下されたことに憤りを感じた山田さんは、帰りの飛行機の中で、一気に企画書を書き上げた。川原地区の個性豊かな住民を取材し、ドキュメンタリー映画にしようと考えたのだ。

クラウドファンディングで製作資金を募ったところ、399人から718万1712円が集まった。取材では住民一人ひとりに里山を守り続ける思いを聞いて回った。映画のタイトルは、そんな彼らの姿から、「ほたるの川のまもりびと」とした。

現在、東京渋谷のユーロスペースで8月3日まで上映している。その後は神奈川や長崎など全国各地での公開を予定している。

監督を務めた山田さん

山田さんは大手広告代理店でCMプランナーとして、数々の企業CMや広告などを製作してきた。クライアントの一つに、東京電力もあった。

原子力は「安心・安全」と印象づけることにクリエイティブの力を使ってきた。そんな山田さんの考えを180度変えた出来事が起きた。それは2011年3月11日に発生した東日本大震災である。

震災を機に、無償で社会問題の解決を目指すNPOをクリエイティブの力で広報支援する取り組みを始めた。そうするうちに、エネルギー問題だけでなく、貧困や農林水産業の課題などさまざまな社会問題を知り始めた。同時に、福島に住んでいた親戚が避難生活を余儀なくされたことも大きなきっかけの一つになった。

「大企業の大量生産消費による経済システムから生まれた負の課題はたくさんある。しっかりと社会の問題を意識した上で、サステナブルな経済をつくるために仕事をしていきたいと考えた」

抱えていた大手クライアントの仕事をすべてストップし、社会性の高い案件のみを手掛けることに決めた。そして、今年3月末には、会社を退社し、独立した。

立ち上げた会社名は、「社会の広告社」。山田さんは、「残りのクリエーター人生を、まだたくさんの人に知られていない社会問題を広めるために使いたい」と強調する。

大手クライアントを相手にしていた時と比べると、予算は減った。しかし、人は集まるようになった。今回の映画製作にも頼もしい助っ人が続々と名乗り出る。

いとうせいこうさん(中央)とパタゴニア日本支社長の辻井隆行さん(右)も後方支援する

作家でクリエーターのいとうせいこうさんもその一人だ。実際に、川原地区を訪れ、住民から話を聞いた。製作前と後のイベントにもゲストで出演し、盛り上げ役を買って出た。

いとうさんは、「川原地区で起きていることは、どんな国民にも当てはまる問題」と指摘する。「佐世保市の水道管の1割が故障している状況にあるにも関わらず、そこに予算を使わないで、なぜダム建設に使うことにこだわるのか。旧態依然の公共事業の在り方を変えていかないといけない」。

アウトドアメーカーのパタゴニア日本支社長である辻井隆行さんも同志の一人。同社では、もともとダム建設の反対運動を支援していた。辻井さんも定期的に川原地区に通い、住民とともに声を上げてきた。今回の映画製作に関しては、会社として後援になったことに加え、辻井さん個人のポケットマネーでも支援した。

2013年に国交省が長崎県と佐世保市を事業主として認定したことに対して、住民らは裁判を起こしたが、7月9日に長崎地裁は敗訴の判決を下した。辻井さんは、「ダムの不要さは多くの専門家が指摘しているのに、なぜこのような不可解な決定が下されるのか」と訴える。同日に控訴し、上告で徹底的に争う構えだ。

同社ではオンラインで署名を集めている。石木と意識を掛け合わせて、「いしきをかえよう」と呼びかける。約3万2000人が署名しており、5万人まで増やしたいという。

上記の2人だけでなく、ジャーナリストの堀潤さんや津田大介さん、作家のロバート・ハリスさんにLGBTアクティビストの東小雪さんらが上映イベントに駆けつける。

石木ダムの建設を止めるため、山田さんは「世論喚起が何よりも大切」と力を込める。今後は、映画の自主上映会の呼びかけや川原地区へのツアーなども企画する予定だ。

映画「ほたるの川のまもりびと」公式サイト

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