記事

高畑勲さんがなくなった。『かぐや姫の物語』について

1/2

 高畑勲さんがなくなった。
 下記はもう5年前『ユリイカ』(638号)に書いた『『かぐや姫の物語』についての感想。

火山神カグヤ姫とカグツチ

 『竹取物語』は平安時代の物語のようにみえる。たしかに、それは王朝において天皇が主催する豊明節会の舞踏会に「舞姫」として出仕させられる女性たちの立場から書かれているように読めるのである。つまり、かぐや姫がミカドの許に召されるのは、まさにその舞踏会への動員の季節であって、かぐや姫は、それを嫌だといい、強制されるなら死んでしまうという。この舞踏会についての具体的なことは『物語の中世』(講談社学術文庫)で書いたので繰り返さないが、この物語が一二・三歳で舞姫に動員される平安時代の中下級貴族の娘たちに好んで読まれたのは、当然であったろう。彼女らも私は天女だと叫びだしたいときがあったに違いない。

 しかし、高畑勲氏の「かぐや姫の物語」が示すように、実際には、『竹取物語』は相当に手のこんだ組み立てをもった話である。ここでは、それが神話の時代にさかのぼる由来をもった物語であることを示すことにしたい。

 それはカグヤ姫の本性の問題にかかわっている。つまり、カグヤ姫という名前をもった王族や王妃が『古事記』『日本書紀』に何人かあらわれるが、これは『字訓』のカグの項によって、揺らめく火のように美しい姫と解釈される。神話時代の火の神をカグツチというが、カグヤ姫のカグはそのカグであって、カグヤ姫はカグツチに対応する存在である。

 検討をカグツチから始めるが、カグツチは列島ヤポネシアを生んだ大地母神イザナミから生まれるとき、イザナミのミホトに火傷を負わせ、イザナミを死に追い込んだ少年神である。神話学の松村武雄によれば、このイザナミのカグツチ出産は火山噴火を神話化したものであって、カグツチは単なる火の神ではなく、火山噴火の火を示す神であるということになる(『日本神話の研究』)。

火の神カグツチと竹珠の物忌女

 さて、カグツチについては、イザナミの出産の場面のほか、『日本書紀』の神武紀に重要な記事がある。それはイワレヒコ(神武)が、大和国に攻め込むにあたって行った呪祷において使用した「火」が「嚴の香來雷(かぐつち)」と呼ばれていることである。この呪祷においては、大和の香具山から取ってきた「土」によって「埴瓮」が作られ、火と水と米と薪などが用意されて炊飯が行われ、イワレヒコは天神タカミムスヒに扮装し、大伴氏の遠祖とされる道臣命が「齋主」となってイワレヒコ=タカミムスヒに奉仕した。その中心は「火」の呪祷であり、神タカミムスヒの前で、「齋主」が「火=カグツチ」の世話をするというものであったから、これは夜の儀礼であったに相違ない。

 問題は、齋主への任命が、道臣命に「嚴媛」という名をあたえるという形で行われたことである。これは名前だけではなく、実際に道臣命を女性に扮装させたということであろう。益田勝実は、このような男が男に女装をさせて自己を祭らせる「神ー齋主」の関係を、サルのマウンティングと同じだとしているが(「日本の神話的想像力」『秘儀の島』))、このイワレヒコがタカミムスヒに扮して営まれた呪祭は、タカミムスヒの祭りの内容を直接に示唆するほとんど唯一の文献史料であり、それが女装者によって営まれたことは、本来のタカミムスヒの祭祀が女性によって営まれたものであることを示唆する。

 そもそも、この祭祀のもっとも重要な祭具である「埴瓮=嚴瓮」は『万葉集』の時代においても、女性の祭る物であった。それは「わが屋戸の 御諸を立てて 枕辺に 齋瓮(いはひべ)を居(す)ゑ 竹玉を間無く貫き垂り」などと歌われる(四二〇)。そのほか「床の辺」(四三三一)という例もあり、ようするに、忌瓮は女が眠って神を迎える夜の臥床のそばに据えられているのである。注目しておきたいのは、これらの歌においては、女が竹玉を貫いた御統(環飾)を身につけていることである。これは、女性の忌姿において青竹(もしくは青い菅玉)の飾りが大事な意味をもっていたことを示している。拙著『かぐや姫と王権神話』(洋泉社新書y)で述べたように、この竹珠を物忌みの証拠とする少女の姿こそ、竹から生まれた「カグヤ姫」の原像であると考えられる。嚴瓮に揺れて光る火。その火の神カグツチと、それをみまもるカグヤ姫である。

火山の女神ーカグヤ姫とワクムスヒ

 さて、右の神武紀の記事について、『日本書紀』(岩波、日本古典文学大系本)の頭注は、ここに「火・水・食物・山・野・木・草の神が現れる」のは「世界生成神話の断片が変形して入り込んだものと見られる」とするが、たしかに、この場面は、列島の国土が形成されるクライマクスの場面、つまりイザナミが火の神カグツチを生んで死去する有り様とそっくりである。一応、下記に『日本書紀』『古事記』の関係部分を引用しておく。

「この子を生みまししに因りて、美蕃登(みほと)灸((焼))かえ((れ))て、病み臥してあり。多具理(たぐり)に成りませる神の名は金山(カナヤマ)毗古(ヒコ)神、次ぎに金山毗売(ヒメ)神。次に屎(くそ)に成りませる神の名は波迩夜須(ハニヤス)毗古神、次に波迩夜須(ハニヤス)毗売神。次に尿(ゆまり)に成りませる神の名は弥都波能売神(ミツハノメノカミ)。次に和久産巣日神(ワクムスビノカミ)。この神の子は豊宇気毗売神(トヨウケビメノカミ)と謂う」(『古事記』)
「時に伊弉冉尊、軻遇突智がために、焦かれて終りましぬ。その終りまさむとする間に、臥しながら土神埴山姫及び水神罔象女を生む。即ち軻遇突智、埴山姫を娶きて、稚産霊を生む。この神の頭の上に、蚕と桑と生れり。臍の中に五穀生れり」(『日本書紀』神代第五段、一書第二)

 この場面は、地母神の死によって、大地の富がもたらされるというコスモロジーを語っているということができよう。その富が金属・陶土などの非農業的な性格を帯びていることを見逃してはなるまい。そして、松村のいうように、カグツチの誕生が火山噴火を意味するとすると、それは、神話時代の人々が、火山噴火によって大地の富がもたらされたという神話的な直感をもっていたことを証することになる。現代の火山学者たちもまったく同じことをいう。彼らは、自己の学問の職責に関わって、火山噴火こそが、この列島の自然地形の多様性と土壌の豊かさをもたらしたのだと主張するのである。私は、それ神話の言葉でも語った方がよいように思う。

 さて、この世界創成神話における神々の噴火の光景をもう少し詳しくみてみよう。まずこの火山噴火の中心がカグツチであることはいうまでもない。噴火におけるカグツチの威力は爆発力であり、それは火山雷において象徴されているといってよいだろう。現在でも各地にカグツチを祭る神社が存在するが、それは知る限りでは雷神である。

 それ故に、カグヤ姫もただに火の女神であるのみでなく、火山の女神であるに違いない。カグヤ姫が火山の女神であることは、彼女の地上への遺品、不死の薬や手紙が、結局、富士山から焼き上げられたという『竹取物語』の結末が象徴しているのである。富士山頂には竹林があると観念されていたこと、富士の噴火のときに女神が山頂を舞うという幻視がされていることなどは、『かぐや姫と王権神話』を参照いただきたい。

 問題は、このカグヤ姫は、上記の『日本書紀』『古事記』に描かれたイザナミの出産=噴火の場面に登場する神々の誰に比定すべきかということである。金属の神でも、土や水の神でもないとすれば、私は、それはおそらくワクムスヒにあたるのではないかと考える。「ムスヒ」という神名もカグヤ姫にふさわしい。

別の機会をえて詳しく説明する予定であるが、すでに『歴史のなかの大地動乱』で簡単に述べてあるように、このムスヒについての本居宣長以来の説明は間違いである。つまり『古事記伝』は「産巣(ムス)は生(ムス)なり、其は男子(ムスコ)女子(ムスメ)、又苔(コケ)の牟須(ムス)など云う牟須(ムス)にて、物の成出るを云」という漢字語義からの推測が一般であり、こういう推測のもとに、たとえば丸山真男の「歴史意識の古層」のような大仰な議論がされているのであるが、しかし、『類聚名義抄』に「蒸<ムス、フスホル、アツシ、ムシモノ、ウモス>とあるのが正解で、「ムス」とはそれ自体としては、暖気・熱気という意味である。

八六七年の別府鶴見岳の噴火の様子が「昼は黒雲の蒸し、夜は炎火の熾り」といわれていることを重視したい。そして「ヒ」を「霊」とする本居の解釈があたらないことはすでに溝口睦子がいう通りであって(「記紀神話解釈の一つの試み」『文学』四二ー二)、私は、これは「威力ある日・光」であろうと考えている。ようするに「ムスヒ」とは「熱光」ということである。こう考えた場合、三宅和朗が、倭国の神話の世界においては「神や自然が発する光」「太陽(日)と火の光」が大きな霊威をもつものとして受けとめられていたと述べていることが重要な意味をもってくる(『古代の王権祭祀と自然』)。

 こうしてワクムスヒという神名は「稚い熱火の女神」という意味となり、まさにカグヤ姫にふさわしい。火山噴火においてカグツチを象徴するのは火山雷であると述べたが、それに対応してカグヤ姫の姿を象徴するものを考えれば、それは、九世紀の史料では「金色眩曜」などといわれる火山噴火の時に発生する美しい「奇光」であろうか。エネルギーに満ち、マグマから立ち上って、突進し、揺れながら姿をかえ、金色と黄・赤・青に色をかえていく、美しい火山の光学現象は火山の写真集をみれば、すぐに見ることができる。高畑アニメで嵐のように疾走するカグヤ姫の荒々しさの本質は、これではないかということになる。

あわせて読みたい

「スタジオジブリ」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    「Mr.慶應」性犯罪で6度目の逮捕

    渡邉裕二

  2. 2

    昭和の悪習 忘年会が絶滅する日

    かさこ

  3. 3

    再び不倫 宮崎謙介元議員を直撃

    文春オンライン

  4. 4

    早慶はいずれ「慶應一人勝ち」に

    内藤忍

  5. 5

    医師が語る現状「医療崩壊ない」

    名月論

  6. 6

    テレビ劣化させる正義クレーマー

    放送作家の徹夜は2日まで

  7. 7

    案里氏 法廷で昼ドラばりの証言

    文春オンライン

  8. 8

    公務員賞与0.05か月減に国民怒れ

    わたなべ美樹

  9. 9

    感染増の原因はGoToだけではない

    NEXT MEDIA "Japan In-depth"

  10. 10

    GoTo自粛要請「後手後手の極み」

    大串博志

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。