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努力と能力 - wasting time?

どんなに能力があっても、努力をしないことでその才能をつぶしてしまった人も世の中には多い。まあ、スポーツの世界でも何の世界でもそうだし、みなさんの身近なところにもそういった人は多く居るだろう。

いつも言っているように能力というのは遺伝する。もちろん、遺伝する能力によってすべてが決まるわけではないし、あくまで確率の問題なので親がいかに高い能力を持っていてもそれが必ず子供に遺伝するわけでもないのはいうまでもない。

しかし、ふと思うのは同時に“努力することができる”能力というのも遺伝するだろうということだ。怠け者の遺伝子を持ってしまっては、努力するのは容易でないはずだ。

なぜ、能力があるのに努力しないのだろうか?

目の前の楽しみ・誘惑に負けてしまうのか、それなりに努力してそれなりの結果でいいやと満足してしまうのか。もちろん、努力するということはストレスがかかることである。そのストレスの対価として得るものが小さいと思えば人間はそうは努力はしないだろう。

たとえば、Aさんにとっては10のストレスで15の結果(ひとまずお金としよう)を得ることが満足できることがどしても、Bさんにとっては20の対価が得られないと努力するに値しないものなのかもしれない。

あるいはAさんは10のストレスで15のお金に加えて5の自己満足を得られるのかもしれない。一方でBさんにとっては15のお金のほかに自己満足が2しか得られないから努力を惜しむのかもしれない。

高い能力を持って生まれてきたからといって不思議なことに税金をかけられることがないのが今の世の中である。遺産や目に見える所得には嫉妬に狂った人々がもっと税金をかけろというのに。。。。

それでも、幸いにも高い能力を持って生まれた人には本来ならば努力しその才能を活かさなければいけない義務があるはずと考えるのは間違いだろうか?もちろん、人間には自由があるからそれは強制されるものであってはならないけれども。

だが、それに対する今の世の中のあり方というのはどうだろうか?ちょっと成功すると、最初は誉めそやすが、次第にちょっとした失敗やしょうもない(不倫だとか事故を起こしただとか、失言だとか)ネタを取り上げてバッシングに走る。常にマスコミから追い回されるような時代である。

もちろん、そういった報道だけではない。金持ちからは金を(政府を使って合法的に)ふんだくって当然だとばかりの論調も目立つ。そんな世の中を見て本当に努力しようと思う人がどれくらいいるだろうか?

利口な人間ほど、まあ、それなりに頑張ってそれなりに稼げばいいや。成功して有名にでもなろうものなら大変だよ。ときっと思っているに違いない。能力のある人が本当に頑張ろうと思える世の中では決してないのではないだろうか?

まあ、政治の世界などはその典型だろう。小粒な人間しか居ない。本当に才能がある人は政治なんてやりたいとは思えないだろう。

まして、これだけ豊かになった時代である。ただでさえ、ハングリー精神を持っている人間は少ないのだ。努力するという才能を生まれつき持った人ですらも、がんばってもなあ。。。と思う時代である。努力するのが苦手な(だが、才能ある)人がそれでも頑張ろうと思える世の中であるとはとても思えないのは僕だけだろうか?

wasting time?のブログ↓
ロンドンで怠惰な生活を送りながら日本を思ふ

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