
「今の報道は悪口のオンパレード。楽な上に、綿密に取材をしなくても記事や番組が成り立ってしまう」
そう話すのはジャーナリストの田原総一朗さん(84才)。確かに最近のニュースを振り返ると、「悪口」と「バッシング」に満ち満ちている。
日本大学アメフト部の悪質タックル問題では、選手にタックルを命じたとされる内田正人前監督(62才)が連日メディアで取り上げられて激しく叩かれた。「紀州のドン・ファン」こと資産家の野崎幸助さん(享年77)が怪死した事件では、50億円ともいわれる遺産相続の権利を持つ野崎さんの妻(22才)の動向に焦点が当てられ、彼女の立ち居振る舞いや発言が連日報道された。
とりわけ近年、芸能人や政治家の不倫やセクハラの問題が続出して以降、メディアのバッシング傾向に拍車がかかった。
「日大アメフト部の問題ではメディアが『こいつが悪い』とみなした人物を寄ってたかってボロクソに叩いている。ドン・ファンの問題も、妻が反論できないのをいいことに『こいつが怪しい』と繰り返すばかりで、一向に真実は明らかにならない。どの番組も『この人物を取り上げて叩けば簡単に視聴率が稼げる』と思って報じているだけで、一種の弱い者いじめがまかり通っている」(田原さん)
メディアが悪口ばかりを喧伝する背景には、受け手もまた悪口を求めている現状もある。精神科医の香山リカさんが言う。
「情報過多でさまざまな意見や主張が耳に入って来る現代社会において、多くの人は自分の立ち位置が不明瞭になっている。そんな中で、少しでも突っ込む点があればそれを批判することで、自分の立ち位置を“正義の側”に置くことができる。だからこそ、人を批判するような報道が増えているのではないでしょうか」
6月に発生した新幹線殺傷事件では、小島一朗容疑者(22才)が精神的な障害を持っていたことがこぞって報じられた。だが、犯罪心理学に詳しい筑波大学人間系教授の原田隆之さんは、「事件が発生して間もなく、まだ全貌がわかっていない段階で『容疑者は発達障害』『自閉症だった』との大きな見出しを掲げ、何度も繰り返して報道すると、病歴と犯罪に大きな関係があるという印象を受け手に与えます」と批判する。そして、田原さんはこう語る。
「本来、メディアは全力を挙げて得体の知れない事件と向き合い、なぜこんな事件が起きたのかを掘り下げて取材しないといけません。しかし、今は悪口ばかりで、新幹線殺傷事件の小島容疑者についても『犯人は異常者』『犯行は病気だったから』と短絡的に報じるだけです。粘り強い取材を積み重ねて事件の本質を追究し、それを世の中に還元することで社会をよりよくするという大切な使命が失われています」
◆凶悪事件の犯人の親の取材は人権蹂躙以外のなにものでもない
使命を失ったメディアは、殺人犯が社会に牙をむいた時、どのようにその役割を果たせばよいのだろうか。田原さんが言う。
「そもそも取材するということは、他人のプライバシーに土足で踏み込むことです。凶悪事件の犯人の親に話を聞きに行くことは、完全なプライバシーの侵害で人権蹂躙以外のなにものでもない。それでも一線を越えて取材するためには、その事件が“自分にとって何を意味するのか”を問い、報道する意義を考えないといけません。
安易な悪口やバッシングに走るのではなく、一人ひとりが自分の問題として、事件や出来事の意味を世に問う姿勢が必要です。それこそが先の見えない時代において、メディアに求められる役割です」
新幹線殺傷事件をはじめとする「座間9遺体遺棄事件」や「大阪民泊殺人事件」「静岡看護師遺棄事件」等大きく報じられた一連の事件は、奇しくもメディアの歪みをも浮き上がらせてしまった。
※女性セブン2018年7月19・26日号