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俺が出会ってきたハードボイルドなオッサンたちに「あっぱれ」~中川淳一郎の今月のあっぱれ

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イラスト&題字 まんしゅうきつこ
「さよなら、おっさん。」というNewsPicksの新聞広告が世のおっさん界隈に怒りを与えましたが、まぁ、広告が話題になるのは企画者としてはあっぱれなことである。この広告を考えた人は、「あの広告はワシが作った」とおっさんの如き自慢プレイに興じることができるというわけで、そうした思い出を広告制作の当事者に与えたという意味でも実にめでたい話である。

世の中にはあっぱれなオッサンだっている

BLOGOS編集部
 今回世の中のおっさん達はこの広告に「キーッ!」となったが、ここでは広告の是非は考えない。また、NewsPicksが定義するところの「おっさん」の中身がなんなのかもどうでもいい。そんなもん知らん、しっしっ、あっち行け。オレがここで書きたいのは「オレが出会ったあっぱれなおっさん」達である。

「これ、NewsPicksの定義するおっさんと違うじゃんwww」みたいに思うかもしれないが、おっさんの定義なんてもんは、各自が心の中に秘めたるパトスとともに表現すればいいだけの話なのである。いや、「おっさん」ってひらがなで書いているとなんかかわいいな。ここはやはりビシッと「オッサン」とカタカナでハードボイルドに決めることにする。それでは「オッサン紳士録」開始。若干の誇張もあるかもしれないが、私は以下のオッサンの言動に深く感銘を今でも受けている。

【1】「男の作法」実践オッサン
【2】父の日なので原宿へ行くんですオッサン
【3】部下が大ポカ! すぐに部下を走らせた先がイケメンなオッサン
【4】美女がいると……行動変更オッサン
【5】「オレの夢を叶えさせてください」オッサン
【6】会社にいないオッサン、空港で珍行動!


 ではまず「男の作法」実践オッサンについて語ろう。

 新卒で広告代理店に入って2年目(25歳)の1998年末、組織の大幅な改定があり、32歳のA氏の下につき常に行動を共にすることとなった。

 A氏のイメージといえば、同じグループになるまでは、ホワイトボードが謎、というぐらいしかなかった。1998年、フランスW杯の時は、A氏が担当するクライアントがW杯のスポンサーだったため、A氏はフランスに行っていた。大会は6月13日から7月13日までだったが、その間まったく会社にいないのである! いや、広告がきちんと掲示されていることなどを確認したらもう帰って来いよ、と思うものの、A氏はフランスに居座り続けた。フランスではカンヌ国際広告祭にも行っていたようだが、毎日オフィスに通うだけの自分からすれば、「なんつー自由な仕事ぶりじゃ!」と驚嘆した。

また、A氏はスヌーピー関連の仕事をしていたのだが、出先表には「スヌーピー」といつも書いていた。これを見て、周囲は「またAはスヌーピーだって(笑)」とやっていたのだが、私からすればこの破天荒なオッサンの下につくことで、会社というものは実に楽しい場所であることを理解したのである。「会社は学校じゃねぇんだよ!」というサイバーエージェント社員による名ゼリフがあるが、私にとってA氏は部活の先輩のような感じで、他のメンバーのことも好きだったため、執務室は部室のようだった。

 ただ、自由過ぎる精神を持っているせいか、仕事では困ることもあった。本来一緒に行くはずの打ち合わせにとにかくA氏はこない! 開始時刻になって電話をすると低い声で「ごめん……」とまずは言い「今起きた」と言うのである。営業担当ももう慣れっこになっており、「Aさんの代わりを中川やってくれ」と言い、会議はなんとか乗り切っていた。これは月例の会議だったのだが、年間12回のうちA氏は7回しか来ていない。しかしながらクライアントからの信頼は実に篤く、年末の忘年会などでは積極的に意見を求められていた。ちなみにA氏は意図的に会議すっ飛ばしをしていたという。その理由は「オレがいない方がお前の成長が早まると思って敢えて行かないようにしていたのだ」とのこと。多分違うだろうが、それはそれで構わない。

 仕事ぶりについては、とある企業の不祥事の際の対応で真剣に取り組む姿が思い出される。一方、「放課後」ともいえそうな業務終了後の飲み会や出張でA氏は本領を発揮した。男の粋な生き方を綴った池波正太郎の名著『男の作法』を踏襲していたのだ。「天ぷらを食う時は親の仇を取るかの如き様相でかぶりつけ」「ホテルは広い部屋を取れ」「少し多めに払い相手に気持ちよくなってもらえ」的なことをいつも実践していた。

つまらない食事はしないオッサン

ウニ丼は高いんだよ、ガハハハハハ!
 そして、「食」に対して熱意を持っていた。夜20時頃、腹が減ってきたので「牛丼でも買ってきましょうか」などと言うと「待て」と言う。

「おい、お前は今25歳だろ。仮にあと50年生きるとしよう。1日3食食う場合、タタタタンターン(電卓を叩く音)、一生で食えるメシは5万4750回、お前は1日2食だから、タタタタンターン、3万6500回しかメシが食えないんだよ! しかも年を取って何らかの病気になって食事制限をせざるをえなくなるかもしれない。食事というものはそこまで貴重なものなのに、つまらないものでその貴重な機会を失うというのは実に損であるっ! あと2時間もして仕事が終わったら、いいとこに連れて行ってやる」

 私はそれには「はいっ! 明日やる分の仕事を今のうちにやって、一緒に連れて行ってください!」なんて言うとA氏は黙々と仕事を続行する。そして22時、それなりの目途がついたところで「おい、今から出られるか?」と言う。「はい!」と言ったところでA氏が電話をして「今から2人行けますか?」と予約したのは麻布十番の和食の名店「はじめ」。「ここはとにかくなんっでもウマい。今日は空いててラッキーだった」と言いながら、行きのタクシーでいかに同店がウマいかを力説するのである。特にかきあげがお気に入りのようだった。しかしながら、ひとこと注意をすることは忘れなかった。

「ウニ丼は頼むから注文しないでくれ」

「えっ、それは美味しくないんですか? ウニが美味しくないなんて珍しいですね、それ」

「いや、違うんだ、ウニ丼は高いんだよ、ガハハハハハ!」

 また、徹夜で仕事をした後は、「4時45分まで頑張れ。そうしたらウマい寿司を食いに行こう」と言い、築地場内の「寿司大」の開店と同時に行き、ビールを飲みながら寿司を食べた。今でこそ3時間待ちは当たり前の大行列店になっているが、当時は並ばずに入れた。

 とまぁ、こんな感じで日々私は子分としてA氏の下についていたのだが、同氏の人望は上司からも知られるようになり、私が異動したあとから次々と4人の「門下生」がつくこととなった。一人が成長したら次の若者が下につくことが続いたのだ。この関係性からいつしか「A塾」と呼ばれるようになり、時々私を含めた4人の門下生とA氏とで「A塾飲み」をやるようになった。

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