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一体改革:「ニセ弱者の宴」をどう防ぐか

一体改革の低所得者対策は「絵に描いた餅」

野田政権が進める「社会保障と税の一体改革」では、

(1)消費税引き上げに伴う低所得者への消費税還付制度(消費税の「給付付き税額控除」)、

(2)低所得者への月額1.6万円の「年金加算制度」、

(3)低所得者に対する国保保険料の軽減策、

(4)保険料を払えない低所得者にも月額7万円の年金を保障する「最低保障年金」

など、低所得者に対する「所得再分配」を謳ったものが実に多い。

それはそれで大事なことではあるが、問題は、現状の制度では、これらは全く実行不能であるということである。なぜならば、政府はだれが低所得者でだれが低所得者ではないか、わかるすべを持っていない。よく知られるように、我が国の所得把握率は、サラリーマン以外は極めて低いのが現状である。

俗に、クロヨン(9:6:4)、トーゴーサン(10:5:3)などと言われるように、源泉徴収で給与所得をがっちり把握されている労働者に比べ、自営業は半分程度、農林水産業従事者は3割程度しか、所得を把握されていないとされる。また、我が国では高齢者の受け取る年金は所得とみなされないので、退職した高齢者は、いくら貯蓄や不動産を持っていても、ほとんどが低所得者ということになる。

このような状況で、例えば消費税の還付制度を導入すれば、「われもわれも」と本当は低所得者ではない「ニセ弱者」が次々と登場し、過大な還付が行われてしまうことになる。それを防ぐために、野田政権は現在、低所得者と思われる高齢者、非正規労働者、障害者等に対する年1万円の現金給付を検討しているようであるが、実に中途半端な政策で、何の意味もないバラマキと言わざるを得ない。

低所得者への年金加算制度も同様で、だれが低所得者なのか、厚生労働省は全く把握していない。仕方がないので、年金受給額が少ない人に対して月額1.6万円の上乗せ加算をするということであるが、年金額が少ない人の中には、真の低所得者だけではなく、本当は所得が高い確信犯的な未納・未加入者が含まれる。これでは、年金加算は、不公平なだけではなく、未納・未加入を応援するようなものである。

最悪なのは、最低保障年金である。現在の基礎年金制度は、定額(月額1.5万円)支払って、定額(40年加入で月額6.6万円)受け取る制度であるから、所得を偽っても得がない制度である。これに対して、最低保障年金は、収入から経費を引いた所得をゼロと偽れば、まったく保険料を支払わず、月額7万円の年金をまるまる受け取ることができる。まさに、うそつきを誘発する制度と言うべきである。

このように、一体改革で検討されている低所得者への再分配政策は、一見もっともらしく、国民受けが良いものが並ぶが、実際には、実行不能で「絵に描いた餅」というべきものである。もし、所得把握ができないまま無理に政策を推し進めれば、「ニセ弱者」に対する単に壮大なバラマキになってしまい、財政赤字はますます増大し、国民の不公平感もますます大きくなる。

問題を解決しない国民共通番号制(マイナンバー制)

これに対して、野田政権は、国民共通番号制度(マイナンバー制度)を2015年から導入し、所得把握を進めるので問題がないという。しかし、これは嘘である。

国民共通番号というのは、所得税・住民税の課税データ、年金の保険料支払いデータ、医療・介護の保険料支払いデータ、保育料の支払いデータなど、現在、個別に独立して行われている税や社会保障の支払いデータを個人単位で接合し、お互いに齟齬がないかチェックをかける制度のことである。

この中では、課税データが比較的マシな所得把握を行っていると思われるので、チェックをかけることにより、多少は保険料収入が増すことが期待される。しかしながら、しょせん、課税データもクロヨン、トーゴーサンである。社会保障の所得把握はもっとひどい。不完全な所得把握データをつなぎ合わせても、所得把握は不完全なままである。

問題を根本的に変えたいのであれば、アメリカの社会保障番号(ソーシャル・セキュリティー・ナンバー)のように、銀行預金や証券投資などの口座を開設したい場合には、社会保障番号がないと開けないぐらいの制度にしなければならない。

このように、資産が税務当局に把握されていれば、所得をごまかしていても、たとえば、銀行預金が増えていれば所得をごまかしていることがすぐにばれることになる。所得把握のためには、政府が資産を完全に把握する仕組みを整えることが不可欠といる。

残念ながら、現在の民主党の共通番号制度(マイナンバー制度)には、このような視点が全くないので、テレビ番組でご一緒した安住財務大臣、藤井元財務大臣に、放送中あるいは放送後にこの点を指摘した。藤井氏の答えは、「先生のご指摘の通りだが、まずは第一歩としてマイナンバー制導入は重要だ」、安住氏の答えは、「先生のおっしゃる通りだが、日本人は貯蓄を把握されるのが大きらいなので、政治家が命を張っても、実現には10年はかかる」とのことであった。

これでは、いつまでたっても低所得者対策はできないから、現在の「社会保障と税の一体改革」はまさに「砂上の楼閣」ということになる。低所得者対策を盾にしての消費税増税など、言語道断である。

検討すべき低所得者の自己申告制

しかしながら、政治家が命を張って10年頑張らなくても、実は、すぐにでも実行可能な低所得者の所得把握法がある。

それは、低所得者が還付や負担軽減、年金加算を受けたい場合には、自らの資産を「自己申告させる」という方法である。

具体的には、再分配を受ける際に、「税務署が、全銀行に照会をかけ、本人・家族の預金口座を見ることができることに同意する」という一筆を書かせるだけでよい。

もちろん、全ての申告者に対して銀行照会をかけることは事務的に無理であろうが、例えば10人に一人を徹底的に調べることにするだけでも、十分であろう。

ポイントは、この制度のもとでは、自営業や農林水産業、高齢者の中にいる「ニセ弱者」が、自己申告して来ないということである。もし、資産を税務当局に把握されれば、今までの所得ごまかしがばれて、少なくとも時効が成立していない5年分を追徴課税されることになる。悪質な場合は、刑事罰もあり得る。

そのようなリスクを冒してまで、ニセ弱者が低所得者である申請を行うとは思えないから、実際に申請するのは、「真の低所得者」だけである。もちろん、低所得者への情報の周知徹底や、低所得者が辱めを受けない申告方法などの工夫が必要であるが、この自己申告制は検討に値するのではないか。

経済学では、情報の非対称性の問題を解決するために、「シグナリング」という自己申告方法が提案されているが、まさにその応用である。

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