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"老い"や"死"と向き合おうとするとき、科学はまだまだ無力です - 「賢人論。」第64回竹内薫氏(後編)


自らの「老い」や「死」と向き合うとき、人類の歴史の中で多くの人がよりどころにしてきたのが宗教やの考え方ではないだろうか。ところが、日本人は他国の人たちと比較して「信仰」という意識が薄く、心の支えが得にくい状態にあるのではないか。カトリック派のキリスト教徒である竹内氏は、どのような死生観を持っているのだろうか。

取材・文/ボブ内藤 撮影/公家勇人

宗教は個人の悩みを解消してくれるのか

みんなの介護 老いていく自分、やがては死んでしまう自分と向き合うにはどんな方法が有効だと思いますか?

竹内 科学や医療の技術が目覚ましく進歩しているとはいえ、人間の「老い」や「死」に明確な答えを与えてくれるかと言えば、そうではないというのが正直なところです。昔からその役割の大部分を果たしていたのは、宗教ですよね。  

ただし、宗教にもさまざまな考え方の違いがあって、「老い」や「死」の受け入れ方も同様です。  

フランスの社会学者のエミール・デュルケームは19世紀の後半、ヨーロッパで自殺者が急増したことを受けて『自殺論』という本を著しました。その中で、同じキリスト教圏でも、カトリックの国とプロテスタントの国では自殺率に違いがあると書かれているんです。

みんなの介護 カトリックとプロテスタント、自殺率が高いのはどちらの宗派だというんですか?

竹内 プロテスタントです。私はカトリックなので「なるほどな」と感じるところがあったんですが、カトリックはプロテスタントに比べて精神的に楽な面があるんです。告解(こくかい)と言いますが、何か悪いことをして心にやましいことがあれば、教会に行って懺悔をすることで罪が帳消しになるのです。一種の心理カウンセリングみたいな救済システムがあるんですね。  

それに比べてプロテスタントはとても厳しい。そもそも腐敗した教会に対する抗議(プロテスト)として生まれた宗派なので教会という組織における役割が薄く、個人と神との直接的な関係に自分を置くことになるのです。すると、何かの責任が心に重くのしかかってきたとき、個人では背負いきれない痛みを感じることになります。  

デュルケームは当時の統計資料をもとにこの論を立てていますが、実際の宗教別の自殺率にはそれほどの違いがなかったとの指摘が後にされています。ただ、カトリックを信仰している私にとって、感覚的にその話が腑に落ちたのです。

科学と宗教のものの考え方は、相矛盾しません

みんなの介護 神と個人が1対1の関係になると、教会という組織に頼ることができずに孤立してしまうのですね?

竹内 その通りです。今の日本社会も、そんな厳しい状態にあるように思えることがあります。個人にすべての責任がのしかかっていて、組織に頼ろうとしても許されることがない。何かの不祥事が発覚すると、犯人探しをするかのように責任者を引っぱり出して、徹底的に吊るしあげる。そんな社会です。  

お寺や神社が今よりも深く浸透していた昔は、その存在が助けになったと思いますが、現代ではなかなかそういうわけにもいきません。

みんなの介護 書店に行くと、宗教書の棚が充実していたりして驚くことがありますが、それは日本社会の息苦しさが背景にあるのかもしれませんね。

竹内 そうかもしれません。人はなぜ老いるのか、なぜ死ぬのか、いかに生きるべきなのか──そうした問いに向き合うのに科学はまだまだ無力で、昔からの知恵に頼るのも良いのではないかなと思います。

みんなの介護 欧米では「特定の宗教を信仰している科学者」は珍しくないと思いますが、日本では違和感を抱く人が多いようです。竹内さんはどう思いますか?

竹内 科学について学べば学ぶほどわかってくるのは、「科学は何もわかっていない」ということ。生命の起源についてもそうだし、宇宙の構成要素についても、わかっていることよりわからないことのほうが圧倒的に多いのです。飛行機がなぜ空を飛ぶのかということでさえ、その原理を完璧に説明することもできないのです。  

もちろん、科学の理論を使って神の存在を否定することもできません。要するに、科学的なものの考え方と、宗教的なものの考え方はまったくの別物なので、相矛盾するのではなく、両面の考え方を同時に持つことができるんです。


晩年の祖母にとって、デイケアの方は家族以上の存在だと感じました

みんなの介護 竹内さん自身にも、いつかは「死」がやってきます。どのようにそれを迎えたいと思いますか?

竹内 何の余韻もなく、自分でも気づかないうちに突然死するほうが良いと思うときもあれば、余命をあらかじめ伝えられて、後始末をあれこれやって悔いなく死にたいと思うときもあって、結論は出ていません。

ただ、ひとつだけ言えるのは、遺された人になるべく迷惑のかからない去り際にしたいということです。「立つ鳥跡を濁さず」を実践したい。

痛みや苦しみはなるべく避けたいところですが、それについてはあまり心配していません。医療の分野では緩和ケアの体制が整ってきていますし、日本の高齢者のケアマネジメントも充実しつつあることを実感していますから。

みんなの介護 そのことを実感した具体的な体験があるのですか?

竹内 ええ。妻の99歳の祖母が亡くなったとき、お葬式でデイケアセンターの職員の方がスピーチをしてくださったのです。毎日バスで迎えにきて、祖母を地域のケアセンターへ連れて行ってくれていた方です。

スピーチで話してくれたのは、祖母との思い出話です。祖母と同じくデイケアを利用する人たちと一緒に旅行をしたときのこと、孫の結婚式でプレゼントするちぎり絵を作ったときのことなどを聞くうち、私はその方が晩年の祖母にとって、家族以上に深い関係を持っていたと感じました。  

これから世を去ろうとする人にとって、自分と同じ思い出を共有してくれる人がいるということは、とても心強いことでしょう。とても素晴らしい仕事だと思いましたし、年をとることのマイナス面を少しだけ忘れることができました。今の日本の高齢者の心の拠り所が、こうした形で増えていけば良いなと心から思います。

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