- 2018年06月09日 11:15
結愛ちゃんを殺したのは私たち大人である
1/2東京都目黒区で船戸結愛(ゆあ)ちゃん(5)が死亡し、両親が保護責任者遺棄致死容疑で逮捕された事件。このあまりにも残酷な事件は、どうすれば防ぐことができたのか。新刊『なぜ、わが子を棄てるのか 「赤ちゃんポスト」10年の真実』を刊行したNHK出版編集部による特別寄稿をお届けしよう――。
■なぜ結愛ちゃんの命を救えなかったのか
2018年6月6日、警視庁は保護責任者遺棄致死の疑いで目黒区在住の33歳の父親と25歳の母親を再逮捕した。またしても尊い一つの命が、大人の手によって奪われた。
翌朝のワイドショーで、コメンテーターの一人が「父親が子どもにしたことと同じことを父親にしてやればいい」と語った。多くの視聴者が、その言葉に共感したに違いない。しかし、忘れてはならない。悪魔のような親を断罪するだけでは、子どもの命は決して救えないのだ。
命を落したのは5歳の結愛ちゃん。死亡時の体重は平均体重を大きく下回る12.2キロだったという。両親は十分な食事を与えず栄養失調状態に陥らせたにもかかわらず、医療機関で受診させることなく放置。典型的な育児放棄(ネグレクト)の結果、小さな命が消えていった。
結愛ちゃんが残したノートには、次のように書かれていたという。
ママ もうパパとママにいわれなくても しっかりじぶんから きょうよりか
あしたはもっともっと できるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします ほんとうにもう おなじことはしません ゆるして
きのうまでぜんぜんできてなかったこと これまでまいにちやってきたことを なおします これまでどんだけあほみたいにあそんだか あそぶってあほみたいだからやめる
もうぜったいぜったい やらないからね ぜったい やくそくします
「愛を結ぶ」。生まれたあと、そんなかわいらしい名前をもらった女の子は、大好きだったパパとママに殺されてしまった。それは一体なぜなのか。
児童相談所や警察だけの責任ではない。この問題は私たちすべての大人にも責任があるはずだ。
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NHK取材班『なぜ、わが子を棄てるのか 「赤ちゃんポスト」10年の真実』(NHK出版新書)
今回、香川の児童相談所(以降、児相)が二度も結愛ちゃんを保護していたにもかかわらず、情報を引き継いだ品川の児相では踏み込んだ対応ができず、取り返しのつかない事態を招いた。児相の対応を非難する声は大きい。
だが、全国の児相では、多くの担当者たちが昼夜を問わず、子どもたちを守ろうと必死に働いているという。児相への虐待相談件数はこの数年急速に増えている。また、彼らは虐待問題だけを扱っているわけではない。さらに数年で部署異動があるため、専門性の構築や長期間にわたる家庭の見守りは難しい状況にある。問題を抱える親子をサポートするには、何が必要なのだろうか。
■なくならない育児放棄や児童遺棄
NHKは、熊本市に設けられた日本初の赤ちゃんポストを10年にわたって追い続け、その姿を伝えてきた。2015年4月放送の「クローズアップ現代」では、実際に預け入れられた子どもに報道機関として初めてアプローチ。10代に成長した少年の生の声を届け、全国に衝撃を与えた。
今年5月、取材班は番組の内容を『なぜ、わが子を棄てるのか 「赤ちゃんポスト」10年の真実』(NHK出版新書)にまとめた。結愛ちゃんの事件を悲しむだけでは、事態はよくならない。なぜそう言えるのか。ここで本書の一部を紹介する。親を罰するだけでは、虐待はなくならないのだ。
※以下は、NHK取材班『なぜ、わが子を棄てるのか 「赤ちゃんポスト」10年の真実』(NHK出版新書)を再編集したものです。
■虐待相談件数は12万2578件で過去最高を更新
赤ちゃんポストは日本で唯一、罪に問われずに子どもを棄てることのできる場所だ。
この日本にたった一つの、それも一民間病院がつくったポストは、育児放棄や児童遺棄から「命だけは救いたい」という思いで設置された。
「命の救済」か、「子棄ての助長」か、といった議論がなくなることはないが、最後のとりでとしてポストにたどり着いた人たちを救ってきたといえるだろう。
では、虐待は減っているのだろうか。次のグラフを見てほしい。児童虐待の増加は深刻さを増している。
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児童相談所での児童虐待相談対応件数とその推移
2016年度に全国の児童相談所が対応した児童虐待は、12万2578件(速報値)と、過去最多を更新。虐待によって死亡する子どもも後を絶たず、生まれて間もない新生児が死亡するケースも目立つ。
昨年6月に放送されたNHK「クローズアップ現代+」に出演した映画監督・是枝裕和氏は、倫理感や責任感の欠如と思われるポストへの預け入れがあるという事実を踏まえた上で、次のように語った。
「家族という共同体からも地域からも孤立している母親に対して、『しっかりしろ』と言うだけでは、これらの問題は何も解決しない」
是枝氏が監督を務めた映画「誰も知らない」は、巣鴨で実際に起きた置き去り事件を題材にした作品だ。4人の子どもをもつシングルマザーは、パートをしながら子育てをしているが、ある日、恋人をつくりアパートに戻らなくなり、放置された子どもたちのサバイバル生活が始まる。
実際に起きた事件は子どもが5人いて、映画で描かれたよりもずっと悲惨なネグレクト状態であったという。しかし、是枝氏は、この映画の中で子育てを放棄する母親を裁こうとしているわけではない。「教育が受けられない、生きるための正確な情報が得られない、家族や地域から見放された」彼女に、手を差し伸べられなかった現代社会を描いているのではないだろうか。
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