■孫正義でさえ起業は得意ではない
起業家・事業家という観点では、稀代の経営者で、日本一の富豪としても知られるソフトバンクの孫正義さんも気になるところです。孫さんは、いったいどのような人だといえるでしょうか。起業家としても優れているのでしょうか。
じつは今、ソフトバンクが主力としている事業で、孫さんが自分でゼロから起こしたものはごく限られます。彼は、若いころは自動翻訳機を発明したり、コンピュータの卸売事業などを立ち上げましたが、あるころから、ベンチャー企業に出資したり、買収したりするなど既存のビジネスに投資する方向にシフトし、事業を経営して成長させることで巨万の富を得てきたのです。
孫さんは堀江さんとは少しスタンスが違います。スタートアップの会社を買収するか、ジョイントベンチャーでお金を出し合いながら事業を作り、1-10ないしは10-100にしていく経営が大得意だといえます。純粋な起業家ではなく、純粋な投資家でもない。投資と事業の両方に長けているのが、孫さんの成功の秘密です。
そんな孫さんの投資スタイルは、目をつけた業界の会社をごっそりと買うというものです。
伝説的に語り継がれているのは、1990年代、「これからはインターネットの時代だ」と考えた孫さんが、アメリカのコンピュータの展示会そのものを買収し、またコンピュータ雑誌の出版社を買収したことでしょう。当時は誰もその価値を正確に認識していませんでしたが、今風にいえば、まず情報のプラットフォームをごっそり買って、そこからヤフーをはじめとした有望なベンチャーを見つけ、投資していったと捉えることができます。孫さんはあの当時から、こうした事業スタイルを実現していたのです。
孫さんは、なにより「時代のキーワードを読む」ことに長けています。今の言葉でいえば、「バズワード」と言ってもいいかもしれません。当時は「インターネット」、今なら「フィンテック(FinTech)」「IoT(InternetofThings)」「AI(人工知能)」などでしょう。
まったく誰も予想していない未来を読むわけではありませんし、超シードテクノロジー(シードとは「種」を意味し、シードテクノロジーとは、ビジネスになるかどうかがわからないが、将来に大きなビジネスを生む可能性のある技術のこと)を発掘するわけでもありません。「これから確実に来るであろう」と考えられる、時代のキーワードに当てはまる領域を選んで広く投資をするのです。10年単位で動く経済や社会の大きな動き、すなわちマクロ経済を見ているといえるでしょう。
マクロで成長する業界に投資をすれば、仮に10社のうち半分がなくなっても、数社が何十倍何百倍に成長することで、大きな利益をもたらしてくれます。そう考えると、孫さんは起業家ではなく、究極のベンチャーキャピタリストに近い存在なのです。
ここでいいたいのは、あの孫正義さんでさえ、ゼロイチで成功するのは難しいと考えているし、ゼロイチで絶対に成功する企業を見抜くこともできない、という事実です。孫さんも自分でそれがわかっているから、広く浅くポートフォリオ(資産の組み合わせ)を分散して投資するようにしていると私は考えます。つまり、その事業が成功するのかどうか、事業の最先端にいる孫さんですら確たるものがつかみにくいのですから、普通の人に簡単にわかるはずがありません。
■日本に起業家が少ない理由
起業は、一度経験すれば、成功しようと失敗しようとものすごい経営スキルが身につきます。2回、3回と繰り返せば、どんどん強い経営者になります。
世界には一度成功を収めたのち、その会社を手放してまた新たな事業を始める「連続起業家(シリアルアントレプレナー)」がたくさんいますが、日本にはあまりいません。たいていは自分の作った会社に居続けるか、売却して富を得たら投資家になったり、隠居したりしてしまいます。
また、一度起業に失敗し、そこから立ち直って再び起業に挑む人も、世界にはたくさんいますが、日本ではレアケースです。世界では起業がうまくいかず倒産させた人は、経験者としてポジティブにみなされますが、日本では非常にネガティブに考えられます。蜘蛛の子を散らすように周囲から人が去っていき、冷たい目で見られます。
たくさんの失敗経験をもとにした2回目の起業は、成功の可能性がぐっと上がるはずなのですが、日本では、再起をしようにもその業界では相手にされません。銀行も融資をしてくれません。周りの環境が起業のハードルを相当上げてしまっているのです。
いずれにせよ、起業家として成功するためには、どんな苦難があってもへこたれない強靭な(ぶっ飛んだ)精神力や強烈な運も持っていなければいけません。ゼロイチ起業家になり、成功するのは、このようにとてつもなく困難なことなのです。
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三戸政和(みと・まさかず)株式会社日本創生投資代表取締役CEO。1978年兵庫県生まれ。同志社大学卒業後、2005年ソフトバンク・インベストメント(現SBIインベストメント)入社。ベンチャーキャピタリストとして日本やシンガポール、インドのファンドを担当し、ベンチャー投資や投資先にてM&A戦略、株式公開支援などを行う。2011年兵庫県議会議員に当選し、行政改革を推進。2014年地元の加古川市長選挙に出馬するも落選。2016年日本創生投資を投資予算30億円で創設し、中小企業に対する事業再生・事業承継に関するバイアウト投資を行っている。また、事業再生支援を行う株式会社中小事業活性の代表取締役副社長を務め、コンサルティング業務も行っている。
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(株式会社日本創生投資代表取締役CEO 三戸 政和 写真=時事通信フォト)