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経済成長で"足の引っ張り合い"をしなくてよい社会を目指せ~飯田泰之氏インタビュー回答編~

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BLOGOSと、「知」のプラットフォームSYNODOSがタッグを組んでお送りするインタビューシリーズ「SYNODOS×BLOGOS 若者のための『現代社会入門』」。第1回目は経済学者、飯田泰之氏のインタビュー「"景気対策としてインフレを起こせ"―飯田泰之氏の語る"デフレ脱却の処方箋"」を掲載いたしました。今回は、読者からの疑問に飯田氏が答える回答編をお届けします。

「市場はコントロールできない」という主張の見落とし


―前回のインタビューを受けて、読者から寄せられた意見や疑問をぶつけていきたいと思います。まず、「そもそも市場をコントロールすることなんてできない」という反応が多くみられました。「インフレもデフレも、人為的になせるものではありません」という意見や、あるいは「好景気で需要が供給を上回ればその結果インフレになるのであって、その逆ではない」という意見です。まず、この点についてお聞かせ願えますか。

飯田氏:この反応はもっとも典型的な誤解――というよりも「見落とし」です。じつは10年近く前に、とある有名マーケットエコノミストと、まったく同じ問答をしたことがあります。そのときのぼくからの答えは、「日本円、すくなくともその主要な『原材料』であるベースマネーの独占供給者は日本銀行である」というものでした。氏は「経済学」に明るかったので、この一言で理解してくれましたが、少し解説しましょう。

そもそも、物価とはなんでしょう。「物価=ものの値段」という思考だけで止まってしまうと話が見えなくなってしまいます。価格とは、たとえば「リンゴ1個=100円」であると同時に、「1円=リンゴ1/100個」であることに注意して下さい。つまり、価格とは貨幣の価値の逆数でもあるのです。そして、マクロの物価変動というのは、一定の(基準時点の)財の組み合わせを買うために必要な金額の変化です。したがって、インフレとは貨幣価値の下落、デフレとは貨幣価値の上昇と同義となるわけです。デフレ・インフレが貨幣価値の上下だということを念頭におけば、貨幣供給と物価の関係を、通常の財のアナロジーで理解できるようになります。

ある商品の独占的な供給者が供給を絞ったら、関連商品も含めてその価格は上がりますし、供給を増やせば価格は下がりますね。たとえば、OPEC各国が日産量を増大させたら原油価格、さらに石油関連商品価格は下がるでしょう。あるいは、日本では国家貿易品目である小麦輸入を農水省が制限したら、すべてのエコノミストが小麦価格の上昇を予想します(ちなみに小麦は数量制限品目ではありませんが)。このような純粋な独占ではない、さまざまな代替商品(原油の場合はガス・原子力、輸入小麦ならば国産小麦や米粉)がある場合ですら、ビックプレイヤーの供給行動は価格に影響するわけです。いわんや、純粋な独占品目であり代替品に乏しい日本円をや、ということですね。

通常、マーケットに国が介入しても効果が得られないことが多いのはたしかです。ここから、エコノミストはエコノミスト的であるほどに、政府は市場をコントロールできないと考えます。この感覚はぼくも同じカルチャーで育っているのでよくわかる。しかし、国が主要な供給者であるならば話は別です。独占的供給者が市場に影響を与えられないと考えるエコノミストはいない。マーケットの価格は需要と供給で決まりますが、貨幣に関してはその一方(供給)のメインプレーヤーは政府だという点を忘れてはなりません。

原理的には供給者は、所与の需要環境の下で価値(価格)と供給量(販売量)のどちらか一方を決定することができます。独占企業の生産動向や輸入制限が価格に影響を与えるといいながら、中央銀行の行動が物価に影響を与えないというエコノミストは、マネーについて根本的な問題を見落としているというわけです。

中央銀行は貨幣の価値をコントロールできるし、そうすべきだというのがぼくの提案です。もっとも、OPECや農水省が価格を完全にはコントロールできないのと同様に、日銀もマーケットの力を借りずに物価に大きな作用を及ぼすことはできません。そのときにキーとなるのが、前回のインタビューでもお話しした「期待」「予想」なのです。

―「名目所得と支出が一定だとすれば、インフレも増税も同率であればコスト増ということで同じではないか」といった意見も見られました。通貨の供給量を増やす→円安、インフレになる→経済成長、好景気というメカニズムについて、もう少し詳しくご説明いただけますか。

飯田氏:生産能力の上限に達している経済でインフレが起きると、その分、実質所得が減少することになるのはご指摘の通りです。しかし、生産能力の上限に達しているというのは、失業率も自然失業率状態で、設備稼働率も100%ということです。もし現在の日本がそのような状態にあると考えるならば、「現在の日本は不況ではない(ので不況対策はいらない)」と主張すべきでしょう。それはそれで整合性のある主張ですが、現実的ではないと思います。仮に生産能力が不足しているというなら、そもそもインフレになっているでしょう。

ある対象の価値・価格が上がるためには、その需要が供給を上回っていなければなりません。たとえば、ある価格の下(仮に去年のままの価格)で、リンゴの供給が需要を上回ってしまっているとする。すると、供給者の一部が売り逃しを避けるために、低価格で売り抜けようとする。その結果、リンゴの価格は(この場合去年の価格よりも)下がって需給が均衡するというわけです。これはマネーについても同じです。t時点のままの価値では貨幣需要よりも貨幣供給が多いと、貨幣の価値が下がる。つまりはインフレになることで需給を一致させようとするわけです。

取引においては必ず「売る人の裏には買う人」がいますし、「何かを入手したということは何かを手放した」のと同じことです。(現金で)リンゴを買うという活動において、わたしたちは「リンゴの入手」と「現金を手放すこと」を同時に行っている。この当たり前の事実から導かれるのが「ワルラスの法則」です。ある市場で「需要>供給」(超過需要)になっているとしたら、必ず別のどこかで「供給>需要」(超過供給)になっている……このワルラス法則はモデルに依存せず必ず成立する経済法則です(法則と言うよりも、取引という言葉の定義を言い換えただけといってもよい)。ワルラスの法則については以前、シノドス・ジャーナルに書いたので、そちらも参照いただけると幸いです。 「経済を考える勘所--ワルラスの法則について」

さて、財・サービスの価格が下がるのがデフレです。デフレということは財・サービス市場では、「供給>需要」のギャップを埋める必要が生じたということです。マクロ経済における主要な市場は財・サービス市場、資産市場、労働市場、貨幣市場に大別されます。財・サービス市場で「供給>需要」ですから、他のどこかの市場で「需要>供給」になっていないといけない。資産市場・労働市場はともに値下がり傾向ですから違う。一つひとつ考えていくと、 「需要>供給」が継続的に発生し、その調整(としての価値上昇)が必要になっているのは貨幣市場以外にはないということがわかります。

すべての市場が同時に需要不足になることはありません(同様に供給不足一色にもならない)。このような状況で貨幣の供給を増やし、貨幣市場で「供給>需要」となったならば、財・サービス・労働・資産いずれかの市場で「需要>供給」とならざるを得ない。どこに超過需要が出るかは(ぼく自身は資産市場からだと考えていますが)明確な回答があるわけではありません。重要なのは金融政策によって貨幣市場の需給ギャップを改善することは、財・サービス、労働、資産いずれかの需給ギャップを解消するという点です。これらどの市場が活性化しても、いまよりは経済状況はよくなりますね。

もっとも、財・サービス市場で需要を拡大することで、財・サービス市場が「需要>供給」となり、その結果として、貨幣市場で「供給>需要」になってインフレになる、という順番でもかまいません。また、小野善康内閣府経済社会総合研究所長は、労働市場を突破口にするという提言をされています。ただし、現在の財政状況・為替システムの下では財政支出や減税、または公的雇用よりも、金融政策によって貨幣市場で「供給>需要」にする方が楽だろうと考えられるので、ぼくは金融政策を重視するのです。

「具体的な波及経路は何なんだ」という質問をする人がいますが、正直具体的な経路はどうでもいいのです。金融政策から実体経済への波及を論じたモデルはいくらでもあります。資産価格上昇によって企業のバランスシートが改善して投資が増えるというモデル、インフレによる名目固定資産の価値の目減りを避けるために財・サービスの購入が起きるというモデル……と枚挙にいとまがありません。どれも論理的には正しいのですが、どれが来るかはわからない。そして別にそういう予想(正しい予想)はこの場合は政策実施に必須のモノではないんです。

むしろ重要なのは、貨幣市場で「供給>需要」になれば財市場 で「需要>供給」だという話が、モデルに依拠しないという点です。明示的なモデルに依拠しないということは、どんなモデルに従っても上記の結論が維持されるということですから。

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