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【異能異才列伝】(3)「人生がひっくりかえる苦労をしたい!」愛憎渦巻く戦慄の「冒険譚」 - フォーサイト編集部

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凄まじい冒険に飛び出た峠さん(本人提供、以下同)

「珍・世界最悪の旅」というサブタイトルがすべてを物語っている。『冒険歌手 珍・世界最悪の旅』(山と渓谷社)を執筆した峠恵子さん(50)の本業は、シンガーソングライター。かつては、大手芸能プロダクションのサンミュージックに所属し、あの安室奈美恵さんと1週間違いで同期デビューしていたというのだ。

ちなみに、森永製菓のCMでおなじみの「も・り・な・が♪」の声は、この峠さんである。ご本人曰く、「安室さんは大スターになりましたが、私は特にヒット曲もないまま25周年を迎えます」とのこと。が、彼女は成し遂げられる人などほとんどいないであろう「大冒険」に立ち向かい、そして無事に?帰還した知る人ぞ知る人物なのである。

苦労を知らない「恵まれた子」

 その“冒険”は2000年秋、当時32歳の峠さんがフラッと立ち寄った本屋で、山岳雑誌『山と渓谷』を手にしたことから始まった。彼女が目にしたのは、〈日本ニューギニア探検隊 2001 隊員募集〉という小さな記事。日本からヨットでニューギニア島を目指し、大河マンベラモをボートで遡上、そしてオセアニア最高峰カルステンツ・ピラミッド(現地名プンチャク・ジャヤ、4884メートル)北壁の新ルートを世界で初めて開拓するという内容だった。

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現在も精力的に歌手活動を続けている峠さん

 峠さんのそれまでの人生は、その名の通り「恵まれた子」だった。就職を控えた大学3年生の秋に、知人の代役として渋谷のライブハウスで歌っていたところをスカウトされ、1992年にはソロデビュー。カーペンターズの歌い手として評価され、テレビに出演、武道館やNHKホールといったアーティストなら誰もが夢見るような場所で、何万人もの観客を前に歌声を披露していた。しかし、それでも彼女の心が満たされることはなかったらしい。

「家族や友人、恋人にも恵まれて、私はこのまま“苦労”を知らずに過ごしていくんだろうか。それが自分の最大の弱点になるかも!と、むしろ恐怖を感じていましたね。コンサートのほかにもインターコンチネンタルやワシントン、ハイアットといった大きなホテルのステージもレギュラーで掛け持ちしていて、仕事はひっきりなしでした。でも、自分がこの先、大ブレークするとは考えられなかったし、このまま続けていくのはつまんない人生だな、って。そんなときに“探検隊員募集”が目に留まって、今までの人生をひっくり返すほどの苦労をしてみたい、と隊長に会いに行きました」

 もちろん、彼女はトレッキング程度の山登りしか経験がなく、ヨットも「タモリさんの豪華なヨットに乗せてもらって、沖合いでゆったりと奥様の手料理をいただいた」程度。スキー、水泳、ウインドサーフィンをこなす根っからの体育会系と胸を張っても、登攀はもちろんヨットも、いわば“ド素人”である。なのに、自ら舵を握って太平洋を横断、ジャングルをかき分け、氷河を抱える七大陸最高峰に登ろうとするようなトンデモ探検隊に、よくもまあ申し込んだものだなと思うのだが……。

「その頃、同じ世代の白石康次郎さん(1994年、当時26歳でヨットによる単独無寄港無補給世界一周の史上最年少記録を樹立)や年下の野口健さん(1999年、当時25歳でチョモランマ登頂に成功し、七大陸最高峰登頂最年少記録を樹立)が、それまで人がやっていない“冒険”を成し遂げ、世界から称賛を浴びていました。

だから、私も“困難を乗り越えた先にある何か”に憧れを抱いていたんです。歌ったら拍手をもらって、涙を流してくれる人までいるのに、私の中には何もない。それが本当に嫌でした。サンミュージックも辞めてフリーになっていたし、厄年も過ぎていた。そうしたタイミングも重なっていたんです」

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チャウ丸の勇姿

 かくして峠さんは2001年4月15日、共同購入したチャウ丸(ヨットの名)で藤原一孝隊長(45・当時、以下同)と元自衛隊員のコーちゃん(26)、早稲田大学探検部のユースケ(24)とともに油壷(神奈川県三浦市)を出港した。

ゲエゲエ大合唱

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峠さん直筆の「排泄中」自画像

 最初にお伝えすると、“冒険の話”と聞けば、命を落としかねない危険な場所へ立ち向かう勇敢な女性のサクセスストーリーを思い浮かべるだろう。が、この本に綴られているのは単純な成功譚ではない。文学的な美しい物語でもない。人の裏側どころか内臓までさらけ出すような、グロテスクな部分も見せる実話だ。排泄事情も隠したりしない。しかし、その生々しい記録に思わず引き込まれてしまう。

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峠恵子『冒険歌手 珍・世界最悪の旅』 山と渓谷社/1296円

「トイレのことは本当はみんな知りたいと思うんですよ。特に女性だし、どうしているんだろうって。ペットボトルで簡易トイレを作った話を書いていますが、それもチャウ丸の中では揺れて座っていられないので、早々に“外で”済ます方法を考え出しました」

 それがどのようなものなのか、ぜひとも『冒険歌手』で確認してもらいたいが、やはり多くの方は唖然とされるに違いない。

 そんなことを含め、次から次へと身震いするようなシーンが現れるが、冒頭から大時化(おおしけ)に遭い、強烈な船酔いで「ゲロ」まみれになる隊員の姿が描かれる。

〈風力8(小枝が折れ、風に向かって歩けないくらいの風力)はある。大時化だ。雨も降り出した。寒い。あっという間に私とコーちゃん、ユースケは船酔いに襲われる。そこら中にゲエゲエ大合唱。隊長だけが平気。さすが元漁師。〉

 この状況(そして表現)が実は、読み進めれば穏やかな方だとわかる。その後、経験したことのない大荒れの海に、隊長でさえも生まれて初めて吐いたというほどだから、事態はますます悪化していく。出発から2週間後、小笠原諸島の父島に到着した時点で、血まで吐いていたコーちゃんは下船してしまった。

「自衛隊として訓練していても、探検は別物でした。『僕は青春を謳歌したいんです』と、本島に戻る船に乗り込むときには振り向きもせずに行ってしまった。船酔いは本当にひどくて、吐きまくっているうちに、自分の名前すらわからなくなるほどです。隊長以外の3人がまったく起き上がれずにいるときに、隊長は私にだけ『コーヒーを入れろ』って叩き起こすんです。

ユースケも探検部なので、そこでハッとなって起き上がるのですが、コーちゃんにはなぜか『寝てていいよ』って言うばかりでした。今考えると、コーちゃんが復活できない原因は隊長の甘さにあったのかも。船酔いを感じるのは健全な体の証でもあるのに、コーちゃんは船酔いで何もできなかったという現実に打ちのめされたのかな」

 このとき峠さんは、たった3人でカルステンツに向かうことを不安に思ったそうだ。それでも、ついに一行はニューギニア島に到着。マンベラモ川を遡上しようとした矢先、今度はインドネシアから独立しようとするパプア系の組織がゲリラ活動を展開していたため、入域許可が下りずに足止めをくらう。

結局、探検隊がマンベラモ川に入ることができたのは1カ月後だった。チャウ丸からゴムボートに乗り換えて上流部に到着した後も、ポーターに騙されるわ、イケメンのユースケが女に忍び込まれるわ、隊長が山で死にかけるわ、峠さんは絶壁にぶら下がるわと、次から次へと危機が彼らを襲う。さすが、戦時中「生きては帰れぬニューギニア」と言われた土地である。果たして、探検隊はカルステンツの北壁を登攀できたのか――。ぜひ、本書でお楽しみいただきたい。

幻の犬探しとユースケの帰国

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現地の人たちと。右端が「ユースケ」

「現地に入ると、山についてだけではなく、“冒険”に値するような様々な情報が入って来るんです。隊長は後々、絶滅したタスマニアン・タイガーと呼ばれる、見た目は犬で背中に虎のような模様を持ち、お腹にカンガルーのような袋を持つという“幻の犬探し”に夢中になりますが、現地の人が『山の神と言われている生き物の鳴き声が聞こえる。姿を見たら死んでしまう』とか、それと匂わせるようなことを、まことしやかに言うんですよ。

私も信ぴょう性があるなって思っていました。ほかにもアマゾネスの村があるとか、なぜか白人だらけの村があって、5年前に来たフランスの探検隊が彼らに会って、そのときのポーターがどこそこにいるとか……。実際に食人族の風習で人を食べたことがある、人は唇が一番おいしいっていう老人に会いましたから、信じてしまうんですね。ユースケもそのあたりまでは信じていたんじゃないかな」

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「唇がいちばん美味しかった」という「元」食人族の老人とパチリ

 しかし、冒険が後半に差し掛かり、“横道”にそれていくに従って、ユースケの心は探検隊から離れていった。

「ユースケはともかく早く山に登りたかったのに、隊長はポーターを頼むために人を集めて、というようなことを始めるので、そのあたりから溝ができてきていたのかなと思います。なかなか山に行けず、彼は悶々としていました。お互い顔を合わせれば喧嘩になっていたので、私は滞在していた村をウロウロと散歩したり、本を読んだり。

ユースケはそのとき何をしていたんだろう。彼は若いのに、お父さんに借金まで作って、彼女を日本に残したまま、ニューギニアに来ていたのに。隊長はそれを感じていても、自分のやりたいことを押し通す人だったので、ユースケの目がだんだん死んでいくのがわかりました」

 そしてユースケも出航から6カ月半が経った時点で、隊長と峠さん、チャウ丸を残し日本に帰国した。

 実のところ、この冒険記ではユースケに関するくだりがあまりなく、存在感が薄い人物である。それが読み進めると、「開高健ノンフィクション賞」「大宅壮一ノンフィクション賞」「新田次郎文学賞」「講談社ノンフィクション賞」など大きな賞を総なめしている著名な作家・探検家だとわかり、さらに驚くことになるのだ。ちなみに、ユースケにとって、この冒険は「挫折」であり、「思い出したくないもの」だったという。

「私がこの冒険で一番印象に残っている美しい景色は、水平線から水平線まで続く満天の星空でした。人工的な明かりが一切ない船の上で見たあの空は忘れられません。あるとき、ユースケがJALの機内誌にニューギニアの星空のことを書いているのを見て、ああ、悪い思い出だけじゃなかったんだ、少しは彼の中に何かが残っていたんだとホッとして、そのエッセイを読みながら涙が止まりませんでした」

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