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イランのA2AD VS 米国の「アウトサイド・イン」構想 (2)

(1)からの続きです。

米戦略予算評価センター(CSBA)が発行したレポートには、イランのA2AD戦略を考察する上でのポイントが挙げられています。昨年来、ホルムズ海峡を舞台に緊張が続いていた米国とイランの対峙も、イランの軟化によって若干落ち着いた感がありますが、イラン問題が今後もくすぶり続けることは間違いありません。イランを取り巻く地政学的状況や軍事能力の一端をCSBAのレポートからまとめてみました。
Outside-In: Operating from Range to Defeat Iran’s Anti-Access and Area-Denial Threats [PDF] (CSBA)

米軍と比較した場合のイラン軍の脆弱性とペルシャ湾という舞台の地理的特徴を考慮すれば、イランがとる軍事的方策は「A2AD」となる。米軍との正面衝突を回避し、先進型兵器とゲリラ戦術、そしてテロリズム扇動による後方攪乱をも織り交ぜたハイブリッドな非対称戦略である。

イランのA2AD能力は、中国のものに比べると質量ともに劣る。しかし、西太平洋という広大なエリアをカバーしなければならない中国に対し、イランはペルシャ湾もしくはホルムズ海峡というより限定的な地理へ集中するだけでよい。また、米軍基地への直接的な打撃力を用いる以外にも、地域の周辺国に対して米軍のアクセスを拒否するよう強制する手段も有効となる。中国とも共通する点としては、米軍の接近阻止のためには多層的なアプローチ(イランでは「モザイク・ディフェンス」という)が採用される。

■ A2ADに影響するペルシャ湾の特徴
イランがA2AD戦略を行使する上で重要な条件となるのがペルシャ湾の地理的・地政学的特徴である。

【イランのミサイルの射程内にある米軍基地】
作戦エリアとして見た場合のペルシャ湾地域は西太平洋に比べてコンパクトで、貧弱なイランの長距離攻撃能力を補うことになる。実際、マナマ(バーレーン)やアルダフラ空軍基地(UAE)、ジュベル・アリ港(UAE)、アルウデイド空軍基地(カタール)といった米中央軍の重要施設は、イランの沿岸から発射される短・中距離弾道ミサイルの射程内にある。

【ペルシャ湾諸国の人口分布】
ペルシャ湾諸国の人口は都市部に集中している。カタールの人口の96%はマナマとその周辺に集中。UAEも84%、クウェートは98%が沿岸の都市部へ集まっている。サウジアラビアは国土こそ広大であるが、人口の82%がリヤド、ジッダ、メッカ、メディナに集中する。こうした人口密度の集中構造はイランからの弾道ミサイルの脅威に対し脆弱である。イランの弾道ミサイルの精度は低く、精密誘導兵器の戦力も現時点では不十分だが、これらを都市部へ撃ち込むという心理的恐喝手段として用いる上での効果は大きく、大量破壊兵器や核弾頭を搭載すれば、被害も甚大である。

【ホルムズ海峡の狭さ】
ホルムズ海峡は幅98nm(約181km)、最も狭いところでは30nm(55km)で、天然のチョークポイントを形成する。地形的条件から、対潜戦(ASW)にも不向きである。イランの潜水艦戦力は貧弱だが、彼らは米軍とのASWよりも機雷敷設や水上艦船の撃沈を主任務としている。また、イランの沿岸から戦域までの距離が近いため、情報通信網や兵站線が短くて済むこと、海軍の整備・補修ポイントが近いこともイランにとって好条件である。機雷敷設、高速戦闘艇(FAC)や無人機による攻撃、短距離対艦巡航ミサイルなどの手段による海峡の安全通行妨害も、海峡が狭いからこそ有効な手段となり得る。

【世界経済のペルシャ湾・ホルムズ海峡への依存】
世界経済はペルシャ湾の原油と天然ガスに大きく依存し、ホルムズ海峡はその通路として役割を果たしている。万が一ホルムズ海峡が封鎖されれば、現在稼働する陸上パイプラインではホルムズ海峡の3分の1の量しか運搬できない。現在計画中のパイプライン(Habshan-Fujairah pipeline)や非稼働のパイプライン(Iraqi Pipeline across Saudi Arabia:IPSA)を運用しても、ホルムズ海峡通過分の40%ほどにしかならない。

【湾岸諸国のペルシャ湾・ホルムズ海峡への依存】
湾岸諸国のペルシャ湾・ホルムズ海峡への依存度は、世界経済の依存度に劣らない。サウジアラビアなどはGDPの40%、政府歳入の80~90%を石油産業が占める。イランにおいても、石油産業はGDPの10~20%、政府歳入の40~70%、そして輸出収入では80%を石油部門が占める。その上、イランではガソリンなどの石油製品の国内需要に国内の石油精製能力が追い付かず、輸入に頼らなくてはならない。それゆえ、海峡の封鎖はイラン経済へダメージを与え、軍事作戦の遂行能力を削ぐことになる。

【イランの代理組織(proxies)】
シーア派への働きかけはイランのA2AD戦略上重要である。2009年、イランの元外交官が「イランは、中東にシーア派の潜在分子(sleeper sells)を育ててきた」と述べた。イスラム革命防衛隊の組織の一つであるQuds Forceを含むインテリジェンス組織が、中東地域の安定を脅かすテロ組織を支援・訓練していることが判明している。イランの代理組織としてよく知られるのがレバノンのヒズボラであるが、同様のテロ組織はバーレーン、サウジ、イラクにも存在する。さらに、イランは非シーア派であるハマスとも協力している。
(3)に続きます。

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