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国連 PKO 部隊派遣“ゼロ”の時代をどう考えるか――『国際平和協力入門』刊行にあたって - 藤重博美 / 安全保障・平和構築研究

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岐路に立つ日本の国際平和協力

昨年(2017年)の5月末、南スーダンの国連PKO(UNMISS)に派遣されていた陸上自衛隊が撤退した。それから、ほぼ1年が経とうとしている。当時、日報隠し問題が盛んに報じられていたこともあり、自衛隊撤退のニュースを記憶する人は少なくないだろう。

だが、南スーダンからの撤退により、国連PKOに対する日本の部隊派遣が「ゼロ」になったことは案外知られていないのではないか。部隊派遣を再開できる目処も、今のところ立っていない。この現実を前に、今後の国際平和協力はどのような方向に向かうべきなのか。部隊派遣の復活を目指すべきなのか。それとも、別の方策を模索するべき時なのか。

私が幹事の一人として主宰する研究会「日本の国際平和協力を考える会」では、こうした問題意識を念頭に、研究者と実務家(外交官、自衛官、国連職員、NGO職員など)が議論を続けてきた。この度、その成果を研究会の有志16名とともにまとめ、書籍を世に出すことになった(上杉勇司・藤重博美編、『国際平和協力入門:国際社会への貢献と日本の課題』、ミネルヴァ書房、2018年)。

本書は、初学者でも読みやすい本づくりを心がけたが、内容的には、最新の研究成果と思い切った政策提言も含んでおり、読み応えのある仕上がりだと自負している。以下で、本書で展開する議論の一端を紹介し、なぜ、今、日本の国際平和協力を真剣に見直すべきなのか、今後、どのような方向をめざすべきなのか、一緒に考えてみたい。

南スーダンからの撤収準備を進める陸上自衛隊員

これまでの経緯と現状

日本の国際平和協力は、1992年の国際平和協力法(PKO協力法)成立によって始まった。同法では、物資協力や選挙監視なども行うことができるが、日本の国際平和協力の中心軸は、なんといっても自衛隊の大規模派遣だった。

憲法第9条の制約を受け、国連PKOへの自衛隊派遣は、道路や橋の修復などインフラ整備を手がける陸上自衛隊(陸自)施設部隊など後方支援業務に限られてきた。それでも1992年以降、数百人単位におよぶ自衛隊の部隊派遣が四半世紀にわたって維持され、カンボジア、東ティモール、ハイチ、そして南スーダンなど、内戦後国の復興(国家再建)を支援してきたのである。

だが、近年、「国家再建」型PKOが減り、代わって「文民の保護」型の活動が増えた。文民(非戦闘員)の保護が主目的になるということは、今日のPKOでは、それだけ危険性が高くなっているということだ。

こうした変化を受け、日本が「お家芸」として力を入れてきたインフラ整備支援も行いにくくなっている。その結果、施設部隊は治安環境の悪化が続く南スーダンから撤退し、部隊派遣の歴史は途絶えた。近い将来、治安が比較的安定した「国家建設」型PKOが設置される可能性はあまりなく、自衛隊の部隊派遣もただちに再開できる状況にはない。

南スーダンでインフラ整備にあたる陸自施設部隊

国連PKOと日本の国際平和協力との「ずれ」

こうした問題を検討するにあたり、『国際平和協力入門』が注視したのは、国連PKOと日本の国際平和協力の間に横たわる深刻な「ずれ」である。

本書の編者たちは、日本の国際平和協力だけでなく、国連PKOについても長年研究してきた。こうした複眼的な視点からみると、国連と日本国内とでは、議論や政策の焦点、方向性、問題意識はほとんど噛み合っておらず、深刻な「ずれ」が存在してきた。

国内的な最大の関心事は、憲法第9条との整合性をいかに保つかだといってよい。その結果、国際平和協力法が認める武器使用の範囲は自衛の場合のみという時代が長く続き、活動の内容も戦闘行為に関わらないものに限定されてきた。こうした最低限度の国連PKO参加のあり方は、比較的安定した状況で活動が行われていた冷戦期のPKOモデルを念頭においたものだ。

だが、冷戦後、国連PKOの多くは、危険性の高い環境で展開されるようになった。にもかかわらず、国連PKOに派遣される自衛隊の活動は、国際平和協力法と憲法の規定に縛られたままの状態が続いてきた。そして、国連PKOに派遣された自衛隊は、日本の厳格な法制度と国連PKOの厳しい現実の間で板挟みになってきたのである。

その結果、国連PKO参加中、自衛隊が他の国々と足並みを揃えて活動できない場面が生じる、あるいは、現地にいる邦人の安全確保のため、法的な裏付けのないまま、なし崩し的に治安維持的な任務を担わざるを得なくなるといった不都合が生じてきた。こうした「ずれ」は、1992年、国際平和協力法が成立してからずっと存在しており、編者たちは、長年にわたり、この「ずれ」の解消を訴えてきた。

「ずれ」をうめるべきか、別の道を目指すべきか?

日本政府も、この「ずれ」を認識しており、これまで三回にわたって国際平和協力法を改正し、武器使用権限を拡大するなどしてきた。平和安全法制の一環として行われた三度目の改正(2016年施行)では、自衛の範囲を超える武器使用、いわゆる「駆け付け警護」も可能になるなど、国際的な潮流に追いつこうとする努力がそれなりに行われてきたのである。

だが、依然として「ずれ」はうまっていない。いや、ますます広がってさえいる。日本政府の努力よりも、国連側の変化のスピードはいっそう速いからだ。冷戦期、国連PKOは停戦監視を主な役割としていた頃は、カシミールをめぐる印パ対立など、国家間紛争が主流だった。そのため停戦はおおむね遵守され、治安環境も安定しており、軍人の停戦監視要員も非武装で活動することが珍しくなかったのである。

だが、冷戦後、国連PKOの大部分が内戦後の国々で展開されるようになり、状況は一変した。内戦後の環境では、政府の権威や統治機能や人びとの日常生活の基盤が根本から破壊されているためである。また、秩序が失われた内戦後国では、停戦合意が守られにくく、治安の回復が遅れる場合が多い。

こうした状況に対応すべく、冷戦後の国連PKOは「積極化」と「統合化」という二つの大きな変革を遂げてきた。「積極化」とは、停戦合意を守らない武装勢力を軍事的強制力によって鎮圧して治安を回復することであり、「統合化」は、民軍の幅広い活動を組み合わせ、国家や社会の再生を支援する平和構築的な活動だ。

コンゴ民主共和国で展開中の国連PKO部隊

冷戦後直後からしばらくは、「統合化」に重心をおいた「国家建設」型の活動が多く、日本が得意とする施設部隊のインフラ整備中心の派遣を行いやすかった。だが、近年、アフリカで展開される国連PKOが大部分になると、治安の悪化がきわめて深刻となった。

その結果、長期的な国家再建支援よりも短期的な「文民の保護」が重視されるようになり、国連PKO部隊の活動も、治安回復を目的とした戦闘的な任務を果たすことが増えたのである。こうした状況下、日本政府が国際平和協力の主力として思い描いてきた施設部隊中心の派遣維持が難しくなり、南スーダンからの撤退、そして部隊派遣「ゼロ」に至った。

今後、「国家建設」型PKOが新設されることがあれば、施設部隊中心の大規模派遣を再開への道筋もみえてくるだろう。しかし、そうした「穏やかなPKO」が近々設置される見込みは薄い。また、法制度上は、日本も「文民の保護」型PKOで主力となっている治安維持任務主体の陸自普通科(歩兵)部隊を出せないわけではない。ただ、最近の国連PKO部隊の役割が事実上の戦闘任務になっていることを考えれば、憲法の制約上、実現は容易ではないだろう。

一方、近年、東アジア地域の戦略環境悪化が深刻になっている状況下、日本の安全保障政策では「国防への回帰」が強まってきた。そのため、アフリカなど遠隔地域の危険性高いPKOに対して、なぜ、限りある自衛隊のリソースを提供するのか、世論の広範な理解を得ることは難しくなってもいる。つまり、従来のやり方で部隊派遣を今すぐ復活できる可能性は低いということだ。

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