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オウム裁判がなげかけるもの オウム真理教とファンタジー・テーマ分析

第ニ・第三のオウムを生まないために


2011年11月21日に終結したと思われた、オウム真理教が起こした一連の事件に関する16年半にわたる刑事裁判は、大晦日の平田信容疑者の出頭によりさらに長期化する見込みとなった。宗教団体が大事件を起こした場合には、日本でも外国でも「カルト」のレッテルを貼って済ましてしまうことが多い。カルト教団とは、ある人物への狂信的な崇拝を行う集団を意味しており、彼らの行動原理は理解不能であり、その行動は説明不可能であるという暗黙の了解がある。そのために、「臭いものにはふた」をすることが可能になるのである。

  16年半も続いたオウム裁判が投げかけるものは、さまざまな「なぜ」である。一流大学理系大学院で学んでいたり医師であったりた高学歴幹部たちが、なぜ正常な判断ができなかったのか。84年に小さなヨガ教室としてスタートした団体が、86年に「オウム神仙の会」を経て、87年には信者千人のオウム真理教となり、なぜ十年足らずで最盛期には出家信者約1300人、在家信者約1万人に成長できたのか。最大の謎は、なぜ彼らが社会との絆を失い、大量無差別テロ事件へと暴走したかである。

  コミュニケーション研究で、集団内にあるメッセージが行き渡るプロセスの分析に用いられるのが、アーネスト・ボーマンのファンタジー・テーマ分析(Fantasy themeAnalysis)である。ファンタジーは「空想」の意味ではなく、送り手により「社会的に構築された現実」を指す。シンボルが選択されながら使われるプロセスを見ることで、社会的物語を解明しようとする。この理論によれば、演説やメディアを通じて、ある集団内の社会的な現実がより大きな集団に共有されるようになる。次に、人々に共同体の構成員としての感覚が負わされ、最後に英雄、悪役などの役割と、さまざまな価値観に対する感情と態度に満ちた社会的な物語が構成員に提供される。

最初のプロセスでは、鍵を握る聴衆が「鎖でつなぎ止める」ような言葉と補助的なイメージを使用する。聴衆の間で「連鎖反応」(Chain Reaction)が起きると、ある物語が共有されるようになる。オウムは日本の国家権力、アメリカ帝国主義、さらに背後にあるユダヤ系大資本の陰謀によって、日本と世界が支配されてオウム教団が弾圧されてきたという「陰謀史観」を教団内部に持っていた。第二のプロセスでは、人々の「期待感」を生み出す。指導者たちは、展望(Vision)を持たせて行動を起こすよう訴えかける。ビジョンは常に未来志向であり、現状と望ましい可能性のギャップを埋める説得を目指している。しかし、ギャップを位置付ける作業は、それを埋める期待感を人々に生み出す。こうして政治的なシンボルは、状況を定義して判断基準(Standards for Judgment)を提供する。問題は、雄大過ぎるとビジョンは達成が不可能であり、逆に雄大さが欠けると人々を行動に駆り立てる犠牲を強いる説得力に欠ける点だ。

  オウムの暴走は、この段階における理想と現実のギャップを埋めるために、行動が過激になっていって既存の社会への「世界最終戦争」をしかけたと考えられる。彼らは、自らの行動を無差別テロとは考えておらず、社会を「救済」して理想社会を目指すための行動として正当化していた。

  最終段階では、凝縮的なシンボルが広範囲の人々に連鎖する一方、説得的なメッセージはあいまいさゆえに範囲が広がるほど維持が困難で消散する。オウムの場合、社会的なメッセージを通じて説得を行う次元を超え、自らが信じる物語に自縄自縛となり、実力行使へ暴走したと考えられる。

  このように、オウムの行動を読み解くキーワードは「物語」である。近代は、人々が「大きな物語」(Grand Narratives)を共有しているがゆえに、他人が何を考えて行動したかを容易に理解できた。昭和であれば、国内では戦前・戦中に作られた現人神とその後の御聖断に至る「天皇神話」であり、国際的には冷戦構造の中で共産主義陣営と戦う「自由主義陣営としての日本」である。ところが、89年の昭和天皇の崩御とベルリンの壁崩壊に象徴されるパラダイムの大転換により、フランソワ・リオタールが呼ぶところの「小さな物語」(Petite Narratives)が乱立するポスト・モダン的状況が生じた。全体が共有できる大きな物語は存在せず、ある集団や世代ごとに小さな物語が数多く存在する時代が来たのである。

 オウムを単なる異常者集団と考えるのでなく、彼らなりに共有する物語があり彼らなりのロジックで行動を正当化しエスカレートさせたと考える視点は重要だ。孤立して他に行き場所のない人々が放置された無縁社会では、第二、第三のオウムが誕生してもおかしくない。家庭や学校、共同体の絆を再生させるとともに、政治やビジネス分野のリーダーがきちんとした将来像を示せる社会が今、求められている。

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