記憶に残る十朱幸代との熱愛騒動

共同通信社
この騒動、89年9月に写真週刊誌がスッパ抜いたことで大ニュースとなった。
今では珍しくはないが、当時は年齢がひと回り以上違うと、それだけでも大騒ぎだったように思う。そんな時代の懐かしい出来事だ。
89年1月――昭和天皇崩御の朝、スポーツ紙の1面を飾ったのは、何と小柳ルミ子と大澄賢也の13歳の年齢差〝電撃入籍〟だった。もっとも、これは余りのタイミングの悪さで話題となったが、その「ルミ子・賢也」の話題も冷めやらぬ初夏に発覚したのが十朱(当時46歳)と西城さん(当時34歳)の熱愛だった。
当初は「13歳もの年の差が大きなハンディ」と言われたが、親密の度合いは深まるばかりで、90年3月には米ロサンゼルスに10日間の極秘旅行したことまで発覚、芸能関係者には「これで結婚は決定的」とまで言われていた。
キッカケは、NHK総合テレビのドラマ「夜の長い叫び」(89年)での共演だった。NHKのドラマ初出演で緊張していた西城さんを大先輩の十朱が何かと面倒を見たという。
役柄はCM会社の部長のキャリアウーマンを十朱が演じ、その部長に憧れを抱く部下が西城さんの役どころだった。つまり、ドラマの役柄が、そのまま現実になってしまった格好だった。
最初の頃は西城さんより「十朱の方が熱心だった」そうだが、次第に西城さんの方が燃え上がったという。ドラマ終了後の6月、神戸のオリエンタル劇場で行われた西城さんの舞台「坂本竜馬」を観に十朱は何度も足を運んだ。それが1回だったら、なるほど…で終わるが、2度、3度も行ったら、これは普通じゃない。しかも、2人が神戸の新オリエンタルホテルで朝、珈琲を飲んでいるところまで目撃されていた。
そういった熱愛報道に、十朱は「悩みがあっても彼には素直に打ち明けられる」と言い、西城さんも「真面目に付き合っています」と、大人の関係を認めていた。さらに、十朱は「フィーリングが合うんですよ。話していても楽しい」とノロケていた。
いずれにしても、13歳も年下の西城さんを燃え上がらせた十朱は〝魔性の女〟と呼ばれるようになっていた。とにかく堂々としており、西城さん自身も周囲に「結婚したい」と漏らしていたといい「結婚、秒読み」なんていう情報まで駆け巡っていた。
交際して3年。長い春は続いた。ただ、西城さんも年齢差について悩んでいたのかもしれない。91年5月。デビュー20周年を迎えた西城は、記念パーティーで「一番大切な時期です。当面、結婚はありません」と爆弾発言。さらに、十朱との関係についても「恋人はたくさんいた方がいい。恋愛しないわけじゃないけど、エンジンが始動したばかりですから」と、仕事優先を口にした。それだけではない。「皆さんの騒ぐほどの関係ではありませんでした」と吐露したのだ。
2人の関係は自然消滅してしまったのだろう。西城さんのコンサートには必ずあった祝花も来なくなっていた。
今になって振り返ると懐かしい〝取材日記〟の一つである。
そんな西城さんも01年に18歳年下の一般女性と結婚した。しかし、03年に韓国でのディナーショーの後に脳梗塞で倒れることに。結婚間もなかっただけに奥さんも大変だったろう。言語に障害が出たが、懸命なリハビリで復帰した。「あきらめないー脳梗塞からの挑戦―」(04年)を出版したが、11年に脳梗塞が再発し、都内の病院に入院した。
「ファンが待ってくれている」。
西城さんは、それを勇気に、新たに水中運動を取り入れてのリハビリを始めたという。その結果、ステージに立つまで回復したが、今年4月14日に足利市で行われた「同窓会コンサート」が最後のステージとなってしまった。