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名古屋市教育委員会の「親学」について調べてみたらわかったこと

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Ⅰ 小学校から「親学」のパンフレットが来た

先月(2018年4月)、子どもが小学校から「親学」と大々的に書かれたパンフレットをもらってきた。そこには、

名古屋市教育委員会では、子どもにとって親はどうあるべきかを考え、子どもとともに親として成長する楽しさについて学ぼうとする「親学」を推進しています。

と書いてあって、うーむ、これは・・・と頭を抱えたのであった。ゴールデンウィークになったがやっぱり気になり続けていて、とりあえず以下のようなツイートをしておいた。

「うわ・・・」「名古屋市やばい」的な予想通りの反応をふくめて、それなりのリツイート数になった。

ご存じの方も多いと思うが「親学」といえば、一般的には親学推進協会が押し進めている運動を指す。「親になるためにこれだけは学んで欲しいこと、それを伝える」ものと説明しており*1、表面的にはおだやかだが、その主張のなかに「脳科学」を参照しながら発達障害を子育ての仕方を変えることによって予防できるなどというような根拠のすごぶる怪しい説が含まれていたり、保守的で場合によっては復古的(いつの「古」なのか?)でさえある政治勢力と結びついて「親学推進議員連盟」なども設立されたりしていて*2、現代日本の教育問題を考える上で、目の離せない動きである。

Twitterの方では、実際にかつて市教育委員会に問い合わせをした方などから、名古屋市のと、親学推進委員会のとは違うものらしい、という反応も来た。私も当該のパンフレットを見ながら、表面的なことだけ書いているからつながりが消えているだけなのか、あるいはそもそも別物か、といぶかしんでいたのだった。

名古屋市の公立校に子どもを通わせる保護者の一人として、また「親学」の動向が気になる者として、そしてTwitterのリツイート数がが案外増えてしまった後始末として、以下、実際どうなのか調べてみた報告を行う。

例によってこんなんだれが読むんだという長文になってしまった。さっさと結論だけ教えろ、という人のために【この記事の要点】は直下に掲げた。その後ろ(Ⅱ~Ⅳ)にややコンパクトな本文である【まとめと意見】がある。Ⅱは後ろのほうでまとめている歴史的な経緯(V、Ⅵ)の概略ともなっている。最後に【時系列整理と資料】があり、名古屋市教育委員会や親学推進協会、その他自治体に関係する「親学」の立ち上げからの経緯(Ⅴ)、および最近全国で広がる家庭教育支援法案・同条例制定の動向(Ⅵ)が、出典付きでまとめてある。これらは中日/東京新聞、朝日新聞、読売新聞の各データベース、そしてネット掲載の解説記事や論文などを参考にしている。読者の関心に応じて、読んでいただければ幸いである。


目次

  • Ⅰ 小学校から「親学」のパンフレットが来た
  • Ⅱ「親学」はどのようにはじまり、現在どうなっているか
    • 名古屋市教育委員会の「親学」出発期の社会的状況
    • 親学推進協会系「親学」の出発
    • 安倍内閣の教育再生会議と教育基本法改正、そして家庭教育支援法
  • Ⅲ「親学」をめぐる議論の難しさ
  • Ⅳ だれが「親学」を推進するのか──教育のハードな統治、ソフトな統治
  • Ⅴ「親学」の出発 名古屋市教育委員会の場合、その他自治体の例
    • (1)名古屋市「親学」のスタートは2002年
    • (2)名古屋市教育委員会の回答
    • (3)他の自治体でも同種の取り組みが
      • A 大分県高校PTA
      • B 大阪のセミナー
      • C 奈良県のサポートブック
    • (4)背景──「教育の危機」意識と「教育改革」
    • (5)高橋史朗氏も2003年に「親学」の必要性を訴えている
  • Ⅵその後の展開──教育再生会議、親学推進協会の設立、家庭教育支援法案・条例
    • (1)2007年までの時系列
    • (2)教育再生会議の発足と「親学」導入論議
    • (3)教育基本法改正
    • (4)親学推進協会の設立
    • (5)「親学」の広がり
      • A 埼玉県で高橋史朗氏が教育委員に
      • B 石川県小松市 「こまつ親学」
      • C 静岡県の親学講座
      • D 春日井青年会議所の「春日井親学」
      • E 千葉県の教育有識者会議で「親学」の導入提言
      • F 北九州の企業で「親学」講座
    • (6)中央と地方に広がる家庭教育支援法案・条例

【この記事の要点】

  • 名古屋市教委の「親学」は親学推進協会のと一応無関係
  • とはいえ“親の学び”を求める社会的背景は共通しており、そこがやっかい
  • 「親学」関連の官民の動きは全国で拡がっている
  • 「家庭教育支援」に関わる条例化や立法化の試みも続いてる
  • 広義の「親学」を考えた時に、容認できるかどうかの境目は

 i. 強制力を持った「要請」や「義務」となっているか
 ii. 現代の多様な家庭のあり方に対して寛容であるか

  • 「親学」的なものを最終的に推進するのは、善意の、きまじめな親たち
  • 関連の資料・出典まとめてあります

【まとめと意見】編

Ⅱ「親学」はどのようにはじまり、現在どうなっているか

名古屋市教育委員会の「親学」出発期の社会的状況

 名古屋市教育委員会の「親学」は、親学推進協会の「親学」と同じものなのか別のものなのか、という問いに最初に答えておくと、「一応、別のものである。ただし、立ち上げの背景となっている社会的・歴史的状況や、現在の「親学」をめぐる動向を考えれば、両者そして他の自治体や民間の取り組みも、互いに共通する部分が少なくない」が答えになる。

 名古屋市教育委員会が「親学のススメ」という家庭教育の支援策をスタートさせたのは2002年である。市教委独自の企画であった。そして「親学のススメ」は、立案においても運用においても、現在に至るまで外部の団体からの干渉はとくになく、独自で考えて行っていると、同委員会生涯学習課の担当者は私に返答した。

 ただし2000年前後というのは、“親の学び”への社会的な要求が社会的にかなり高まっていた時代である。1997年に神戸の児童殺傷事件が起こり、学校、そして家庭における教育のありかたについて、不安が広がっていたようだ。こうしたなか小渕恵三内閣が私的諮問機関「教育改革国民会議」を設置する。「いまや21世紀の入口に立つ私たちの現実を見るなら、日本の教育の荒廃は見過ごせないものがある。いじめ、不登校、校内暴力、学級崩壊、凶悪な青少年犯罪の続発など教育をめぐる現状は深刻であり、このままでは社会が立ちゆかなくなる危機に瀕している」。同会議の最終報告の冒頭は、このように強い危機感を示している。

 この教育改革国民会議が行った提言は、その後の我国の教育政策に具体的な影響を及ぼしていく。「親学」に関連していえば、最終報告のなかには「教育の原点は家庭であることを自覚」とあり、関連する5つの提言が書き込まれている。家庭ごとに「しつけ3原則」を作ってはどうかとか、親はPTAや学校、地域の教育活動に積極的に参加するのだとか、なかなかに、すごい。

 この雰囲気と政治動向のなかで、各自治体や民間組織で、“親の学び”を進める社会的装置を作ろうという気運が高まっていた。大分、大阪、奈良などで関連する官民の動きが確認できる。名古屋市教育委員会の「親学」の取り組みも、こうした中で立案されたのだとひとまず結論できる。

親学推進協会系「親学」の出発

 そして親学推進協会の結成につながる高橋史朗氏らの運動も、上記の一部だったのである。2003年に「日本の教育改革を進める会」主催、読売新聞後援のシンポジウムがあった。基調講演は中曽根康弘氏で、パネリストは小田村四郎、岡崎久彦、高橋史朗各氏。この発言は高橋氏の「親学」についての発言としても最初期のものだと考えられる。氏はこのようにいっていた。

オックスフォード大学の学長が、親になるための学び、親としての学び、つまり「親学」が一番欠けているという提起をされたが、まさにその通りだ。教育荒廃の実態というものを国民に情報公開して、国民大討議を起こしていく、そして、いい意味での下からの教育改革を起こしていくことが、この国の教育を良くしていく一番の課題ではないかと思う。

安倍内閣の教育再生会議と教育基本法改正、そして家庭教育支援法

 第一次安倍内閣の時代に、教育再生会議が発足する。その第一次報告で「親学」の導入が議論されて話題を呼んだ。「親学」という言葉が一般に知られるようになったのはこのときだと思われる。2006年、教育基本法の改正法案が衆参両議院で可決成立する。改正教育基本法の第10条には「家庭教育」という項目が新設され、同第13条には「学校、家庭及び地域住民等の相互の連携協力」という項目が新設された。またこれを受けて、社会教育法も一部改正され五条七に「家庭教育に関する情報の提供」という文言が挿入されている。

 この教育基本法改正の直後に、親学推進協会が設立されている。参議院通過が12月15日、会の設立は同月21日である。

 この後現在に至るまで、「親学」は広がりを見せる。新聞記事を追う限りでも、埼玉県、石川県小松市、静岡県、愛知県春日井市、千葉県、北九州市などで関連する動きが確認できる。推進協会系とはっきりわかるものもあれば、記事からはよくわからないものもある。

 教育会各国民会議から教育再生会議へとつながる流れの延長線上に現在浮上しているのが、「家庭教育基本法」である。この法案の概略とその問題点については、平井和子氏の論考が詳しい*3。2012年に設立された親学推進議員連盟の目標の一つは、この「家庭教育支援法」の制定とされている。中央における成立はまだであるが、先行する形で、地方において条例制定が進んでいる。2013年4月に熊本県が家庭教育支援条例を施行したのをはじめとして、現在すでに14の自治体で同種の条例が施行されている。

 これが、「親学」をめぐる教育施策の現在地である。

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