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米朝首脳会談でトランプがおちいる本当の罠 - 海野素央 (明治大学教授、心理学博士)

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リーダーの年齢差

南北首脳会談では、65歳の文大統領は34歳と伝えられている金委員長に敬意を払い、北朝鮮の人民の自尊心を傷つけないように、対等な関係を演出しました。金氏も軍事境界線を越えて韓国側に入ると、今度は文氏を北朝鮮側に招いて、「南北問題を歩調を合わせて解決する」というメッセージを発信しました。南北首脳会談で両首脳は双方に対する敬意と対等の意識によって年齢差を乗り越えたといってよいでしょう。

では、米朝首脳会談で71歳のトランプ大統領は37歳年下の金氏に対して敬意を持って対等な目線で接することができるのでしょうか。

トランプ氏とマクロン仏大統領の関係を参考にしてみましょう。ホワイトハウスを4月下旬に訪問したマクロン氏は40歳で、トランプ氏と31歳の年齢差があります。文・金両首脳の年齢差と同じです。

ホワイトハウスの記者団の前に現れたトランプ氏は、マクロン氏のスーツについたほこりを何回も払い落しました。仏メディアはこの動作を取り上げて、「親しみやすさをアピールしたともいえるが侮辱ともとれる」と報じました。

筆者がこの映像を見る限り、トランプ氏は父親的な役割を演出していました。長男のドナルド・トランプ・ジュニア氏や娘婿のジャレッド・クシュナー氏に接するような態度です。

ただ、トランプ氏が米朝首脳会談で金氏の人民服ないしスーツについたほこりを見つけて同じ動作をとったら、間違いなく北朝鮮は見下した態度と受け止めるでしょう。ましてや、握手の際に金氏の手の甲をポンポンとたたいて「自分がボスだ」「自分に主導権がある」といった敬意と対等を欠いたメッセージを送れば、北朝鮮側に不快感を与えることは確かです。その結果、一気に会談の雰囲気が悪くなる可能性も排除できません。トランプ氏は、文氏の金氏に対する接し方を学習する必要があります。

目立ちたがり屋

積極的な外交に打って出た金氏は、米国から攻撃をされない環境を作りました。まず南北首脳会談の前に電撃的な中国訪問をして習近平国家主席と会談を行い、両国の雪解けを図り同主席から支持を得ました。次に南北首脳会談では融和ムードを高め、朝鮮半島の核・ミサイル開発問題に対して平和的解決を望む新しい北朝鮮のリーダー像を演出できました。金氏の思惑通りに事は進んでいます。

文大統領は、米朝首脳会談の決裂を回避するためにメディエーターとして「最大限の外交努力」をしています。これもトランプ政権の北朝鮮への先制攻撃にブレーキをかけたので、金氏にプラスに働きました。

冒頭で述べましたが、米国内でトランプ支持者の間でトランプ氏のノーベル平和賞受賞の期待が高まっています。熱狂的なトランプ信者の中には、「トランプは核を1つも使用せずに北朝鮮を交渉のテーブルにつかせた」とツイッターに書き込み、トランプ氏を絶賛した信者がいます。トランプ氏の写真に「ノーベル平和賞をこの男に与えよ」というメッセージを添えてツイッターに書き込んだ信者もいます。

米中西部ミシガン州ワシントンで4月下旬に開いた支持者を集めた集会では、「ノーベル賞、ノーベル賞」という掛け声がかかりました。それに対してトランプ大統領は「仕事を遂行するだけだ」と答えながらも、満面の笑みを浮かべる場面がありました。目立ちたがり屋のトランプ氏がノーベル平和賞受賞を強く意識すれば、合意を最優先するあまり、骨抜きの合意をしてしまう可能性が高まります。これは金氏の望むところです。

米朝首脳会談の本当の罠

韓国大統領府高官によりますと、首席補佐官会議で文氏は「トランプ大統領がノーベル平和賞を受賞するべきだ。われわれは平和をもらえばいい」と発言しました。この文氏の発言に関するホワイトハウスの記者団からの質問に対して、トランプ氏は「(文氏は)非常に寛大だ。感謝している」と極めて肯定的な反応を示しました。

トランプ大統領はこれまで北朝鮮の核・ミサイル開発の問題は「歴代の米大統領がずっと前に解決するべきものであった」と繰り返し主張してきました。バラク・オバマ前大統領は2009年にノーベル平和賞を受賞しましたが、8年間の任期中に北朝鮮問題を解決できませんでした。そこで、オバマ氏をライバル視しているトランプ氏は、是が非でも米朝首脳会談の機会を生かし、「平和的解決者」の演出をしてノーベル平和賞受賞のポイント稼ぎをしたいわけです。

ただトランプ氏がノーベル平和賞受賞に対する意欲を強めると、それに伴い懸念材料が発生します。前述しましたが、同氏は北朝鮮との合意を最優先して、骨抜きの合意にしてしまう可能性が十分あります。

その後で、米朝の実務者レベルに丸投げをします。ところが、合意内容は良さそうに見えても細部でうまくいかなくなり、結局実務者レベルで手詰まり状態に陥るリスクが増加します。

正に、「悪魔が細部に宿る(The devils in the details)」です。「あらゆる細部に落とし穴が潜む」という意味で、合意後に思わぬ落とし穴が待ち受けているのです。

トランプ大統領がノーベル平和賞受賞に色気を出したために、この罠にはまるリスクが高まったのです。トランプ政権は、北朝鮮が罠を仕掛けてくるのではないかと懐疑的です。しかし、同政権が本当に懸念しなければならないのは、トランプ氏の「ノーベル平和賞欲」があまりにも強いことから生じた罠の方なのです。

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