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中国と北朝鮮がひそかに「忖度」した相手とは - 樋泉克夫 (愛知県立大学名誉教授)

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我が国を取り巻く緊迫する国際情勢をよそに、モリ・カケ、財務省公文書改竄、防衛省におけるPKO日報の処理、はては財務事務次官のセクハラ疑惑など問題山積だが、問題の根元の1つに、やはり「忖度」の2文字が浮かび上がってくる。

「忖度」は、たとえば究極の漢和辞典であろう『大漢和辞典(全13巻)』(諸橋徹次 大修館書店 唱和51年)では「おもひはかる。おしはかる。人の意中を推量する」と、『広辞林』(三省堂編集所編 1981年)では「他人の心中をおしはかること。推測。推察」と解されている。両辞典に拠る限り「忖度」はむしろ“おもてなし”に通じ、国会やらメディアにおいて反安倍勢力が問題にしているような権力への“諂い”のニュアンスは感じられそうにない。

そこで考えるべきは「推量」される側がどのような「人」なのかという点であり、「人の意中を推量する」側が「推量する」ことで実利(見返り?)を期待したのか、だろう。そこで以下の2例で、誰がなぜ、なんのために「誰の意中を推量」したのかを「推量」してみたい。

「京劇」は洗脳の道具である

毛沢東が提唱して以来、共産党の文芸政策が娯楽=教育=宣伝の原則から逸脱することはないし、その中核が芝居、ことに「中華文芸の精華」であり「国劇」と讃えられる京劇であるということは、現在でも不変だろう。ここでいう宣伝とは、まさに思想教育そのものである。有態にいうなら洗脳である。

最近話題の京劇はといえば、やはり清朝を隆盛に導いた4代皇帝の康熙帝(在位は1661年~1722年)を半世紀ほどに亘って輔佐した陳廷敬を主人公とする新編歴史劇『陳廷敬』で、清廉・公平・潔癖で断固として不正を許さない彼の清官ぶりが大きく取り上げられている。伝統京劇では清廉で廉直な役人を主人公にした演目を特に「清官戯」と呼ぶが、さながら『陳廷敬』は新作清官戯といっても過言ではない。

中国では古くから役人――現代風には幹部――はその振る舞いから「貪官汚吏」で形容されるように、庶民に対しては権力を笠に着て悪逆非道を繰り返すものと相場が決まっていた。そこで「官逼民反(役人が酷い仕打ちをするから、人民は反乱に決起する)」という言葉が生まれ、それゆえに「造反有理(叛旗を翻すことには道理がある)」となるわけだ。これを裏返すなら大部分の役人は「貪官汚吏」であり、正義を体現し庶民のために政道を貫くような「清官」は極めて僅かだったということだろう。

そこで庶民は舞台という絵空事の世界でしか接することのできない「清官」に感激し、浮世の憂さを晴らし溜飲を下げていたというわけだ。芝居小屋の内側という非日常空間では、芝居小屋の外側の現実世界とは逆転できることを楽しむことが出来たのだ。

ここで『陳廷敬』の内容に立ち入って京劇としての良し悪しを批評する心算は全くない。なによりも指摘しておきたいのは、中国政府(文化部文化芸術人材中心)が主管する京劇専門雑誌『中國京劇』(2018.02号/2月1日発行/総第248期)が『陳廷敬』を大々的に特集している点である。

特集に寄せられた数々の論文・報告に目を通してみると、たとえば『陳廷敬』を創作した山西省京劇院は、創作に当たって「腐敗を糾し、廉正に努める我が国の歴史を研究し、過去の廉正文化への理解を進め、歴史上の腐敗撲滅・廉正提唱という動きの利害得失を考察し、人々を深く啓発誘導し、歴史上の知恵を用いて腐敗撲滅・廉正提唱を推進すること」に力点を置いたと報告している。

また、ある劇評は、劇中で陳廷敬が唱いあげる「清貧に耐えてこそ始めて官たりえ、徳を修め志を立て先ずは廉直を守るべし」との歌詞を援用しながら、これこそ「幹部の修養に関連する重要な講話で習近平主席が語った『幹部たるものは発財(カネもうけ)を考えるな。金持ちは幹部になろうとするな』『幹部たる前に人たれ。政治に携わる者は先ず徳を立てよ』と同じである。幹部であり政治に従事する者が歩むべき輝ける道筋を、観客のために指し示している。結論として考えるに、これは現実主義の内容と深い意味合いを持つ優れた芝居だ」と結論づけている。

こうまであからさまに論じられたら、もはや多言は必要ないだろう。『陳廷敬』の向こう側に、「虎もハエも一網打尽」を掲げて習近平政権が取り組んできた反腐敗・不正運動が浮かび上がってくるのというものだ。いわば『陳廷敬』は、極めて今日的な政治的要請に基づく演目だといえるだろう。

“第二の文革”発動となるか

ここで文革前に、同じように新編歴史劇として清官戯『海瑞罷官』が好評をもって迎えられたことを思い出す。これは中国史を代表する清官といっても過言ではない海瑞の事績を謳いあげた新編歴史劇で、毛沢東も絶賛していたのである。ところが後に四人組の1人として文革期に絶大な権力を揮うことになる姚文元が秘かに記した『海瑞罷官』批判論文が、文革への序曲となったのだ。姚文元によれば、海瑞は1958年に毛沢東が発動した大躍進に反対した彭徳懐の暗喩であり、海瑞への賛歌は彭徳懐の名誉回復を意味し、そのまま毛沢東への批判である。であればこそ、『海瑞罷官』は毛沢東批判の“毒草”だと糾弾されたのだ。

かくて文革に際し、『海瑞罷官』を書いた歴史学者も、海瑞を演じた役者も徹底して批判され、非業な最期を余儀なくされた。「借古諷今(古の事績を使って現在を批判すること)」は罷りならん、というわけだ。

かりに姚文元の手法を借りるならば、『陳廷敬』は陳廷敬の事績を借りて、現在の何を批判しようとしているのか。いや清官としての陳廷敬の振る舞いを舞台の上に再現させたいというのなら、習近平一強体制が始動し始めた現時点で、『陳廷敬』を新作する必要性があるのか。

「政権は槍杅子(鉄砲)から生まれる」とは毛沢東の有名な言葉だが、じつは権力奪取に際し槍杅子と一対になっているのが「筆杅子(ペン)」――今風に表現するならメディア――である。毛沢東の再来を目指しているとも伝えられる習近平主席が第二の文革を発動させるかどうか。『陳廷敬』に対する評価の今後が注目されるところだ。

それにしても、である。新編歴史劇『陳廷敬』は、誰が誰に向って「忖度」しているのだろうか。

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