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カンボジアの民主主義は死んだのか? - 米倉雪子 / 国際協力

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なぜ民主化に逆行する政策がとられているのか

フン・セン首相が強権的になっている背景には、主に2つの要因がある。

第一に、最大野党救国党が2013年の総選挙と2017年コミューン評議会選挙で躍進し、与党人民党が2018年総選挙に負けるかもしれないと不安を感じたことである。

どのような変化があったのか。2013年の総選挙では定数123議席中、人民党は68議席、得票率48.8%、救国党が55議席、得票率は44.5%を獲得している。人民党は過半数をとったものの、2008年総選挙の90議席、得票率58.1%から後退した。救国党支持者に対し、有権者登録や投票をしにくくする様々な妨害があったにもかかわらず、救国党が躍進した。

背景には、2008年総選挙後、2012年に、二大野党サム・ランシー党とケム・ソカー氏が率いた人権党が救国党を結成し、野党の票が割れなかったことがあげられる。実際、野党の票が割れなければ、1993年総選挙の得票率はフンシンペック党45.5%で、人民党は38.2%と負けていた。

また1998年総選挙で人民党の得票率は41.4%、2003年総選挙では47.4%で、野党の得票率の合計が過半数を占めていた。2008年総選挙では人民党の得票率が58.1%と野党の得票率の合計を超えて過半数を初めて占めたが、野党支持者の有権者登録や投票妨害などがあったとされ、自由で公正とはいえず、結果を不服とする野党による抗議が続いた。

一方、コミューン評議会選挙では、初回の2007年、人民党は得票率60.8%、議席占有率70.4%、議長占有率98.2%、2012年には得票率61.8%、議席占有率72.4%、議長占有率97.5%、と常に人民党が議席の7割、議長職はほぼ独占してきた。ところが、2017年のコミューン評議会選挙では、人民党は得票率50.8%、議席占有率56.2%、議長占有率70.2%と激減し、救国党が得票率43.8%、議席占有率43.3%、議長占有率29.7%と躍進したのである。野党が確実に支持を集めつつある実態が明らかになっていた。

フン・セン首相が野党、メディア、人権団体などの弾圧を強めた第二の要因は、中国からの支援により自信を強めたからといえる。元救国党党首ケム・ソカー氏逮捕など一連の政策に対し、EUや米国は選挙支援停止、カンボジア政府高官へのビザ制限、貿易恵国待遇の見直しの検討などを表明した。一方で、中国はいち早く2018年の総選挙支援を表明し、フン・セン政権による一連の政策への支持を公言している。

欧州議会が、カンボジア官僚のビザ発行と資産凍結、貿易条件の見直し(衣服、砂糖など輸入に影響)を要請したが、カンボジア政府の反応は、どうぞ実施を、何の影響もない、であった。フン・セン首相は、EUがカンボジアに対して貿易恵国待遇を止めたいなら止めればいい、と公言している。

フン・セン首相は以前から、中国は人権などを条件につけないから良いと公言してきた。近年、カンボジアが欧米ドナーに背を向け、さらに中国寄りになっているのは、日欧米に代わり中国からの援助、貸付、投資の総額が急増していることが影響している。

援助に関しては、2010年、中国はカンボジアへの第一援助国となった。カンボジア政府によると、2016年、全外国援助10億ドルの30%を、中国が出している。第二位は日本で全外国援助の10%を出している。

カンボジア政府は米国との合同軍事演習を2017年から無期停止する一方で、中国との軍事演習を表明し、2018年3月下旬に対テロ対策の軍事演習を実施した。中国との軍事演習は2016年の海軍に続き2回目となる。中国からの軍事支援は、ジープ、ロケットランチャー、ヘリコプターなどで、カンボジアは多大な恩恵を得ている。カンボジア首相は、3月半ばの中国カンボジア合同軍事演習に向け、450万ドル、何万トンもの武器を中国から買ったと公言していた。

中国からカンボジアへの貸付は、43億ドルにのぼる。すでにカンボジアへの全貸付の6割以上を中国が占め、カンボジアのGDPの20%にあたる。カンボジア政府への外国からの公的な貸付は2017年6月付で62億ドル(2016年は58億ドル)である。特に中国からの貸付が急増し、カンボジアの橋と道路の7割が中国からの貸付で整備されたとされる。

貸付の急増で懸念されるのは返済の負担である。スリランカとトンガは中国への借金返済に苦しみ、スリランカでは代替策の港や土地の99年賃貸により立ち退かされる人々が抗議している。中国からの貸付の額はカンボジア国家予算に比べても額が大きい。2017年の国家予算は50億ドルだったが、2018年は60億ドルを計上している。カンボジア政府の歳入も2017年は38.3億ドルで2016年の32.3億ドルから18.5%上昇したものの歳出分をまかなえない。

中国からの投資も急増している。2013年から2017年まで5年間、中国はカンボジアへ53億ドル、年約10億ドル、最大の外国直接投資を行なった。2016年の外国からの投資の第一位は中国、二位が日本であった。2017年カンボジアへの全投資は63億ドルで、2016年の36億ドルから倍増した。2017年前半10か月の建設分野への投資は62.6億ドルで2016年の同期比27%増だった。

2018年1月にも中国はカンボジアと新たに19事業(新プノンペン空港、プノンペン=シアヌークヴィル高速道路、送電、高級木材苗木育成センターなど)を合意し、総選挙に向け支援を強化すると発表した。また同1月、中国企業14社がカンボジア企業18社から5億2600万ドルのカンボジア農産物を購入すると合意した。

中国への依存を強めるカンボジア政府は、一つの中国、南シナ海問題など、中国の政策を支持している。2012年のASEAN外相会議では、中国寄りのカンボジアが議長国を務めたため、南シナ海問題に関してASEAN共同声明が採択できなかった。2017年12月にはミャンマーのロヒンギャへの軍事活動終結を求める国連決議で、中国、ロシアと足並みをそろえ、カンボジアも反対票を投じている。

民主化の逆行が人々にどのような影響を与えるのか

カンボジア政権の権威主義体制が強化され、野党、メディア、人権団体、選挙監視団体、労働組合、与党系以外のNGO活動が制限を受け、言論・集会・結社の自由が奪われることは、どのようにカンボジアの一般の人々に影響を与えるのだろうか。

第一に政権の政策を監視し、問題を明らかにし、改善を求める活動が弱まるであろう。カンボジアでは実質的に三権分立、つまり独立した司法による公正な裁きは期待できない。汚職の蔓延はカンボジアに進出している日本企業を含む合法的な企業活動が困難を極めることにつながり、合法性や透明性、説明責任を果たさずに進められる企業活動が残っていくと考えられる。

トランスペアレンシー・インターナショナルは、2017年のカンボジアの汚職度は、世界180か国中161位とASEANの中で最低(ミャンマー130位、ラオス135位)と発表している。たとえばシアヌークヴィルへの中国からの投資が増え、マネーロンダリング、違法ギャンブル、人身売買などの増加や地元ビジネスとの摩擦への懸念が高まっているという。

こうした課題に対して、カンボジア政府は特別対策チームを結成したが、厳しく取り締まると投資が減るおそれがあり、問題は報告されていないという。入国管理局によると、外国人(その多くが中国人)が税金や料金を払わないことにより、カンボジア政府の損失は昨年2300万ドルとのことだ。

第二に、民主化の後退が続けば、欧米による経済制裁が輸出向け工場へ打撃を与える可能性がある。制裁が工場労働者の失業をもたらすならば、社会不安を招くおそれもあるだろう。EUはカンボジア政府の政治的弾圧に対し、EU‐カンボジア間の「武器以外すべて(Everything But Arms (EBA) )」の恵国貿易協定の見直しを警告している。2017年前半9か月で、カンボジアはEUに約30億ドルの輸出をしており、制裁となればカンボジア国内の縫製工場が打撃を受けることは避けられない。

カンボジアには2017年に1522の工場が登録されており、その3分の2にあたる1031が縫製工場で、工業分野の労働者98万2千人の86%、84万7千人が縫製工場労働者だという。2017年のカンボジアの工場の総収入107.9億ドルの内、縫製業の輸出による総収入は70億ドルとされ、主な輸出先は欧米で、その内訳はEUへ約4割、米国へ約2割である。縫製業の輸出はカンボジアGDPの約4割を占める。EBAの見直しによりEU向け輸出が減ると、カンボジアの縫製工場とその労働者には悪影響を与えるであろう。EUだけでなく米国による経済制裁の可能性も否めない。

フン・セン首相は、元救国党支持者が多い工場労働者の票集めに力を入れている。元救国党を解党し、労働組合活動を制限する一方、2013年総選挙で元救国党が公約した最低賃金上昇政策を横取りして実施し、現在は週に2~3回、工場労働者を集め、出産手当など福利厚生策を次々に公約し、連日、広報している。

しかし縫製工場労働者の失業が増えるならば、社会不安を招くのは必至である。中国からの投資と貸付の大半はインフラ建設に投入され、中国人建設労働者も伴うため、カンボジア人の雇用への貢献は低いとされる。他方、中国企業による土地立ち退き問題やカンボジア人ビジネスとの摩擦も起きているといわれる。

第三に、民主化の後退はカンボジアの公共サービスの改善を求める人々の声が政策に反映されず、ASEAN諸国内でも最低レベルのカンボジアの基礎教育や保健などの社会指標の改善がさらに遅れることを意味する。

カンボジアでは都市と農村の格差が広がっている。例えば、都市住民の96%が改善された飲料水源を利用しているのに、農村住民では70%だけである。また、都市住民の88%が改善された衛生設備を利用しているのに、農村住民では39%だけである。カンボジアの5歳未満児死亡率(U5MR)は、2015年の出生1000人中29人から2016年の31人に悪化しており、乳幼児の10%は低体重、32%は中・重度の発育阻害である。

現在、より多くの若いお母さんたちが工場労働者や海外へ出稼ぎに出るようになっている。筆者は2017年に、農村での母親不在の育児が乳幼児の成長へもたらす影響を調査したが、母乳授乳期間が短くなり、栄養と離乳食についての知識不足から、緊急な対策がとられなければ、その影響は悪化するとの傾向がみられた。

教育面でもカンボジアの初等教育就学率は96%、中等教育就学率は46%と、ASEAN諸国内で最低レベルであり、カンボジアの若者の雇用は非熟練労働に限られてしまう。2017年9月、世界経済フォーラムは『グローバル人的資本報告2017』の中で、人的資本開発、教育・研修の点で、カンボジアは130ヵ国中92位、熟練労働者率は3.8%で127位、といずれもASEANの中で最悪と報告している。

国際労働機関/国際移住機関は、カンボジアから海外への出稼ぎ者150万人(全人口の約1割)の内、8割が労働権を侵害され、3分の2以上が帰国の際に精神的・肉体的な健康を害しているといい、ラオス人、ベトナム人、ミャンマー人と比べ、4か国の中でカンボジア人が最悪の経験をしている、と報告している。

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