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家族全員不登校、学校へ行かずに育つのも常識になればいい【特別企画・親子ともに不登校~息子編】

 インタビュー企画「親と子が語る不登校」を掲載する。親子である倉原香苗さんと鈴木玖邑さんにお話をうかがった。倉原さんが不登校したのは、38年前のちょうどいまごろだ。その後、倉原さんの次男である玖邑さんも不登校を経験する。偶然にも、親子ともに、小学2年生で学校に行かなくなった。母と息子それぞれに、不登校に対する思いをうかがった。

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――不登校の経緯は?

 不登校になったのは小学校2年生の6月~7月ごろだったと思います。自分がいじめられていることがわかったことがきっかけでした。

 友人と自宅で遊んだあとに、よく物がなくなることがありました。最初は自分がなくしてしまったんだと思っていたのですが、そのうち自転車がなくなったり、兄の物がなくなったりと、エスカレートしていきました。

 あるとき、母親の前で友人たちと遊んでいた際に、母親が気づいたらしく、あとから「いじめられてるよ」と言われました。たしかに学校ではなぐられたりもしていたのですが、僕は冗談でやってるだけだと思っていました。「これはいじめなのか」と気づいたとき、急に怖くなりました。友人だと思っていたのに、じつはいじめられていた。このままいくとどうなってしまうんだろう、と。それで学校に行くのをやめました。

 ちなみに、そのころ僕が泡を吹いてけいれんを起こしたこともあったそうですが、まったくおぼえてないです(笑)。

劣等感はありません

――その後は?

 不登校してすぐにフリースクール「東京シューレ」に通いました。もともと母がスタッフをしていることもあって、小さいころからよく遊びに行っていたんです。また両親も兄も不登校だったので、僕にとって不登校は身近で、ふつうのことだったんです。学校に行かないことに対しての後ろめたさや劣等感は、まったくありませんでした。

 シューレではよくゲームやバスケをしていました。勉強は高校生年齢のときに初めてやりました。

 ひさしぶりの勉強は、楽しかったです。授業は昔から知っているスタッフが教えてくれるし、いっしょに受けている人も僕のほかに1名だけでした。「授業中は話してはいけない」というような暗黙のルールもなく、むしろ「ここ、わかんねえ」と気軽に言える空間でした。

 テストもありましたが、これもまた新鮮でおもしろかったです。一般の学校とちがい、わからないことを恥だと思ったり、学力を人と比べて優劣をつける、という文化がなかったから、勉強を楽しめたんだと思います。

 昨年シューレを退会し、今はとくになにもしていません。バイトやゲームをしながらのんびり生きてます。ただ、勉強はこれから先も続けていきたいと思っています。どういう勉強かも、勉強してその後どうしたいかも決まってないんですが、とりあえず勉強してみたいな、と。僕にとって勉強とは「知らない世界を知る」ということです。ふつうの学生はイヤイヤ勉強することが多いと思うんですが、僕にとっては勉強も遊びの一環なんです。

人には話せない

――自分の不登校をふり返ってどう思いますか?

 不登校を受けいれてないわけではないんですが、僕は、「自分が不登校していたことを、一般の人には話せないな」と思っています。

 というのも、以前バイト先で「不登校していた」と明かしたことがありました。そのとき「ダメじゃん(笑)」の一言で話が終わってしまったんです。一笑に付されてしまったという感じで。けっこうショックでしたが「まあそんなものかな」とある意味、悟ったところもあります。

 たぶん、僕の常識と一般の人の常識はちがうんです。世間の常識のなかでは、やっぱり不登校はマイナスなことだと思われている。海外に行ったことない人が海外のことを知らないのと同じで、不登校したことのない人には不登校の気持ちはわからないんじゃないかと。

 将来的には、不登校の人もそうじゃない人も、わかりあえる社会になってほしいです。ただ「私たちの考え方が正しいんだ」と、押しつけるように変えていくやり方には違和感をおぼえます。人の考え方は時間をかけて変わっていくものだと思うからです。

 今、少しずつですが不登校が受けいれられる社会になってきてるんじゃないかと思います。僕の場合はフリースクールでしたが、学校以外の教育のかたちは、たくさんあったほうがいい。それこそいくらあっても足りないんじゃないでしょうか。だからいつかは、学校へ行かずに育つことが常識になればいいな、と思います。

――親との関係についてはいかがでしたか?

 とくにこれがイヤだった、ということはないです。ただ、昔の不登校の話をよくされました。昔は不登校に対する偏見が強かった反面、子どもたちで海外に行くなど、大きなことができたみたいです。自分たちはそういう活動はしなかったので、差を感じました。

 感謝しているのは、フリースクールに通わせてくれたことですね。とくに父から「自分は学歴がないから苦労した」という話をよく聞いていたんです。就職先が少なかったりバカにされたり、そういうことがあったと。だけど「自分は不登校で苦労したから、お前は学校へ行ってほしい」とは言われませんでした。それはすごくありがたかったです。

――玖邑さんの20年間を振り返って思うことは?

 「遊んでたな~」と(笑)。勉強も遊びながらしていたし、遊びも遊びながらしていました。ひたすら、遊んでいた20年間でした。

――ありがとうございました(聞き手・茂手木涼岳)

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