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- 2010年11月01日 02:49
航空管制官に対する有罪判決(最高裁)と技術者倫理
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JFKさんから教えていただきましたが、10月26日、航空管制官の業務上過失致傷罪の成否が問われた最高裁判決が第一小法廷から出されております。(最高裁判決全文はこちら)平成13年1月に発生した焼津市沖でのJAL旅客機2機のニアミスにより、衝突を回避したパイロットの操縦によって多くの乗客が負傷した事件に関するものでありますが、最高裁は旅客機に間違った指示を出した(便数を言い間違えた)管制官2名に対して業務上過失致傷罪が成立するものとして、有罪とした高裁判断を支持する判断を下したものであります。この事件は一審東京地裁は無罪、原審東京高裁は有罪と、判断が分かれていたものでしたが、最高裁では5名中4名が有罪意見、1名が無罪意見(反対意見)を述べておられます。櫻井龍子裁判官は、2008年9月に就任して以来、おそらく初めての反対意見表明ではないかと思います。マスコミ等の論調は、概ね最高裁多数意見が妥当である、とのこと(たとえば読売新聞の10月30日社説等)。
業務上過失致傷罪という「過失犯」の開かれた構成要件該当性を問題としているわけですから、刑事責任を問えるだけの「予見可能性」があったのかどうか、管制官らの実行行為と乗客の負傷との間に刑事責任を問えるだけの「相当因果関係」が認められるのかどうか、というあたりは、裁判官のきわめて規範的な評価に依存するものであります。したがいまして、地裁や高裁の判断、そして最高裁の多数意見と少数意見のいずれかが理屈のうえでおかしい、ということを述べることはできないように思います。法律上の相当因果関係の判断にあたっては、すでに最高裁判断の先例もありそうですので(たとえば最高裁決定 平成4年12月17日 刑集46-9-683等)、過失による第三者の行為の介在が因果関係の否定にはつながらない、といった判断はなんとなく理解できそうであります。ただ、私個人の感覚的な意見としては、東京地裁の判断および最高裁の櫻井判事の反対意見に賛同するものであります。
そもそもヒューマンエラーを防止するためにRAという(航空機の衝突を回避するための)安全装置を導入したわけでありますが、本件で管制官が有罪とされたのは、このRA装置が導入されたことに起因するものでありまして、たとえ管制官が言い間違えをしていたとしても、このRA装置が導入されていなければニアミスは生じなかったのでありますし、またこのRA装置が導入されたことによって、もっと重大なミスが発生した場合(たとえば管制官が旅客機の接近にまったく気がつかずになんら指示さえ出していないとき)には、逆に(RAが正常に作動することによって)犯罪行為が認められないという事態も考えうるわけであります。人為的なミスを回避するための装置が導入されることで、これまで以上に厳格な注意義務が管制官に認められることや、今回よりも明らかに悪質なミスが認められる場合には犯罪が成立しない結果を招来させる、ということはどうも違和感がございます。
たしかにRA装置が存在していることを管制官が知っていたのでありますから、言い間違えによってRAの指示と管制官の指示に食い違いが発生することの予見はできたかもしれませんが、そもそもヒューマンエラーを回避するためにRAが導入されたのでありますから、現場の管制官らにとっては、注意深く業務を遂行したうえでの人為的なミスはRAが回避するものとして、操縦士は最終的にはこれに従うであろう・・・という合理的な判断があってもおかしくはないのではないか、と思います。もし、管制官の言い間違えが重大なミスにつながる、という点についての(刑事責任を問えるだけの)予見可能性があるのであれば、なぜその予見可能性は会社内部の者に対して向けられず、現場の管制官だけに向けられるのでしょうか(ちなみに、当時はRAの指示と管制官の指示に食い違いが発生した場合の、優先関係に関する規定は存在しなかった、ということであります。)
非常に大きな事故が、管制官のミスによって結果的には発生しているわけでありまして、被害者の多くの方々も処罰感情を示しておられたようです。また社会の常識からみてもこういった問題点を情状としては考慮できても、刑事処罰を免除することは許容されない、とする考え方もよく理解しうるところであります。しかし櫻井判事も指摘しているとおり、このような事案で刑事責任を認めるということは、今後も重大な事故が発生したときに、事件関係者は黙秘権を行使して真相を語らない傾向を助長することになるのではないでしょうか。旅客機や鉄道事故が発生した場合に、運輸安全調査会等によって事故原因が究明されるわけでありますが、これとは別に事故の責任を追及するための警察・検察による調査が控えているのであれば、おそらく関係者は事故調査委員会による調査においても真相を語ることはないと思われます。今回のケースでも、本当に言い間違えによるニアミス発生の危険性が予見できるのであれば、従前からそういった状況を想定してRAが設定されたり、ルールが整備されているはずでありますが、そのような整備がない以上、会社関係者にも過失が認められると思われます。しかしそのような関係者の責任を問われることはなく、すべての刑事責任を管制官が負うということでありますので、「正直者(素直に反省する者)が馬鹿をみる」結果を助長することになるのでないでしょうか。
業務上過失致傷罪という「過失犯」の開かれた構成要件該当性を問題としているわけですから、刑事責任を問えるだけの「予見可能性」があったのかどうか、管制官らの実行行為と乗客の負傷との間に刑事責任を問えるだけの「相当因果関係」が認められるのかどうか、というあたりは、裁判官のきわめて規範的な評価に依存するものであります。したがいまして、地裁や高裁の判断、そして最高裁の多数意見と少数意見のいずれかが理屈のうえでおかしい、ということを述べることはできないように思います。法律上の相当因果関係の判断にあたっては、すでに最高裁判断の先例もありそうですので(たとえば最高裁決定 平成4年12月17日 刑集46-9-683等)、過失による第三者の行為の介在が因果関係の否定にはつながらない、といった判断はなんとなく理解できそうであります。ただ、私個人の感覚的な意見としては、東京地裁の判断および最高裁の櫻井判事の反対意見に賛同するものであります。
そもそもヒューマンエラーを防止するためにRAという(航空機の衝突を回避するための)安全装置を導入したわけでありますが、本件で管制官が有罪とされたのは、このRA装置が導入されたことに起因するものでありまして、たとえ管制官が言い間違えをしていたとしても、このRA装置が導入されていなければニアミスは生じなかったのでありますし、またこのRA装置が導入されたことによって、もっと重大なミスが発生した場合(たとえば管制官が旅客機の接近にまったく気がつかずになんら指示さえ出していないとき)には、逆に(RAが正常に作動することによって)犯罪行為が認められないという事態も考えうるわけであります。人為的なミスを回避するための装置が導入されることで、これまで以上に厳格な注意義務が管制官に認められることや、今回よりも明らかに悪質なミスが認められる場合には犯罪が成立しない結果を招来させる、ということはどうも違和感がございます。
たしかにRA装置が存在していることを管制官が知っていたのでありますから、言い間違えによってRAの指示と管制官の指示に食い違いが発生することの予見はできたかもしれませんが、そもそもヒューマンエラーを回避するためにRAが導入されたのでありますから、現場の管制官らにとっては、注意深く業務を遂行したうえでの人為的なミスはRAが回避するものとして、操縦士は最終的にはこれに従うであろう・・・という合理的な判断があってもおかしくはないのではないか、と思います。もし、管制官の言い間違えが重大なミスにつながる、という点についての(刑事責任を問えるだけの)予見可能性があるのであれば、なぜその予見可能性は会社内部の者に対して向けられず、現場の管制官だけに向けられるのでしょうか(ちなみに、当時はRAの指示と管制官の指示に食い違いが発生した場合の、優先関係に関する規定は存在しなかった、ということであります。)
非常に大きな事故が、管制官のミスによって結果的には発生しているわけでありまして、被害者の多くの方々も処罰感情を示しておられたようです。また社会の常識からみてもこういった問題点を情状としては考慮できても、刑事処罰を免除することは許容されない、とする考え方もよく理解しうるところであります。しかし櫻井判事も指摘しているとおり、このような事案で刑事責任を認めるということは、今後も重大な事故が発生したときに、事件関係者は黙秘権を行使して真相を語らない傾向を助長することになるのではないでしょうか。旅客機や鉄道事故が発生した場合に、運輸安全調査会等によって事故原因が究明されるわけでありますが、これとは別に事故の責任を追及するための警察・検察による調査が控えているのであれば、おそらく関係者は事故調査委員会による調査においても真相を語ることはないと思われます。今回のケースでも、本当に言い間違えによるニアミス発生の危険性が予見できるのであれば、従前からそういった状況を想定してRAが設定されたり、ルールが整備されているはずでありますが、そのような整備がない以上、会社関係者にも過失が認められると思われます。しかしそのような関係者の責任を問われることはなく、すべての刑事責任を管制官が負うということでありますので、「正直者(素直に反省する者)が馬鹿をみる」結果を助長することになるのでないでしょうか。



