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「一般意志2.0」を現在にインストールすることは可能か?(3) 東浩紀×荻上チキ

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■「他者」観の限界

 繰り返しになるけど、その「ほうっておけばいい」という感覚が、いまの日本人のコミュニケーション観にはいささか足りないかなとは思います。喋りはじめたら同意しなければいけない、という強迫観念。そうではなくて、喋ってみて喧嘩別れして、「お前なんかと二度と会うか。知らん」でいいんですよ。それでもそういう人がいた、ということはわかるわけだから。

それはもしかしたら、戦後、日本人の多くがイメージした総中流社会がきて、みんな対等に同じような生活環境を享受しているのだからわかりあえるはずだ、という間違った幻想がばらまかれてしまった結果なのかもしれないと思ったりもします。

戦前みたいに、階級や地方が違ってしまったらまったく別の人生で、存在はしているけどコミュニケーションをしようと思うきっかけすらない、そういうときのほうが人びとは健全な距離感をたがいにもてたのかもしれませんね。でも本当はいまの世の中でもたいして変わらなくて、たいていの人とはコミュニケーションしなくても一生やり過ごせる。でもそれは、相手が存在しないということではない。そういう距離感を取り戻すべきですね。
荻上 どうなんでしょう、東さんも恐らくそうじゃないかと思うんですが、ぼくはニコ生に出ることにはそれほどストレスがない。粘着コメントもそれほど気にならない。でも、ニコ生に出演するゲストのなかには、すごくヘコんで帰っていく人もいる。

 あのコメントを「人間」の意見として受け取っているんでしょうね(笑)。

荻上 コメントを「人間」の意見だと思っている人は、自らも「人間」たらんというプレッシャーを抱えるかたちで、人間観が強固に築かれているといえる。でもだとすれば、ニコ生的民主主義は、そういった人間観を共有している人については、過剰なプレッシャーを負わせるような装置にもなるのではないでしょうか。

 それはやはり、その人間観を解除していただくしかないでしょうね。これからの社会においては、それはそもそも現実にそぐわないので。そもそもリベラルの人たちって「社交的」で「無限の他者に開かれている」とか言っているだけで、彼らほど「他者」に弱い人はいないですよ。

荻上 文字通り体現出来るような人は少ないですね。

 実際には、「無限の他者に開かれている」と言っている人にしか開いてくれないんだもの。それ、全人口の何分の一なんだと(笑)。

荻上 それでも人間観についての論争もまた、これからもヒートアップしていきそうな気はしますね。そここそがコアな気がします。

 でも「人間観」って何でしょうね。たとえばぼくは海外旅行が好きなんですが、「現地の人と触れ合うべきだ」というイデオロギーがありますよね。『思想地図β』vol.1にもちょっと書いたことですが、いま、「現地の人」ってどこにいるんだろう?

たとえばシンガポールの「現地の人」はぼくらと同じような生活をしているわけです。だからショッピングモールに行くほうが「現地の人」と触れ合っている可能性がある。こういう逆転はつねにあるわけで、リベラルの人たちが考えている「他者」っていったいどこにいるんだ? と思うんですよ。

東北地方の復興についても、よく語られる「守るべき共同体」とは誰のことなんだろう? 震災以前と同じ集落を復活させることが、本当に共同体を守ることになるのか、といったことをぼくはどうしても考えてしまう。

荻上 東京にいるぼくらが口出しできる部分は非常に小さいですしね。たとえば、海外に行って、Uターン愛国者になって帰ってくる人っているじゃないですか。よく聞くのが、海外に留学したら周りから日本についての政治的な質問を投げかけられて、「外国の人はこんなに国家のことを考えている」と思うとかっていう。

ただ、これって典型的なディスコミュニケーションだと思うんですよ。そもそも外国の人も日本についてあまり知らない、漠然としたイメージしかないから、会話のネタとして「国」とか「文化」とかって話題を振ってくる。日本人だって外国人に、似たようなことをしているわけですよ。しかも、旅行や留学で「出会える」範囲の相手に触れて、そこでの空気を「海外ではこうなんだ」と思い、「他者と出会って変わった」と思い込んだりする。

それとはコインの裏表のようで、「他者に触れなければいけない」と思っている人たちが、じつは鏡に写った自分自身のような相手としかコミュニケーションできないという構図は、避けようがないのではないかという話ですよね。

それでも、限界を超えて「他者」を掘り下げていく人は、メディアの側や政治家でもぽつぽつと出てくると思うんですよ。たとえばルポライターやノンフィクション作家の人たちは、より「遠く」へ、より社会の「下」へとある種の競争をしている。そこにはマッチョな面もあるのだけれど、それでもそういう人たちはいる。

 根拠なく言いますが、そのプロセスって今世紀の真ん中くらいに終わるんじゃないですかね。そもそもいまは、地球という惑星全体がすごい勢いでスーパーフラット化している。その勢いは、20世紀の最後の2〜30年からどんどん加速している。

たとえば、旅行で自由に移動できる範囲がかつてはヨーロッパ、アメリカ、そして日本だけだったのが、アジア、中国、インドといったところにまで広がり、いまや何十億という大衆が、ちょっと貯金すれば国外旅行に出られる時代に突入しはじめている。生まれた場所による格差はありつつもね。

荻上 昔から学生やバックパッカーが全財産を投げ打って旅行して、そのまま現地に住み着いた、なんて話はありますよね。

 バックパッカーはまだ「探検」だったんだけど、いま起きているツーリズムの全面化はもはや探検でもなんでもなくて、本当に世界が「同じ」になりつつあるということだと思う。

世界中どこにいっても、同じようなブランド、商品があり、同じような街が広がっている。もちろんそれぞれの場所にそれぞれの名所、それぞれの観光地はくっついているわけだけど、人間社会はいままでなかったくらいに等質になりはじめている。

これからの社会思想はその等質な世界を前提にしなければならない。つまりぼくたちは、いまや地理的、空間的には他者をイメージできない世界に入りつつあって、さっき言ったみたいにこれからの他者は「すぐ隣りにいる他者」になってくるんですよね。

荻上 50年後は100億人口時代だと言われてますけど、100億総フラット時代になっている、と? ぼくは率直に、もっともっと時間がかかると思うんですが。そもそもトイレがない、下水もない、世界の半分くらいはいま、そんな状況ですから。

 それでも、いままでの常識に照らせばかぎりなくフラットでしょうねえ。そのなかでももちろん貧富の格差はあるでしょうけど。

荻上 そうなると逆に、日本の状況と同じように、「みんなが中流化した」という言説が多くなって格差がケアされない、という状況にはなっていくんだろうなという気はしますよね。

で、より社会が分断されて、自分の国の内部の貧困や差別が露わになり、「かわいそうな人たち」を求めて海外へ行くという競争が成り立たなくなったときに、それらの問題を包括する概念がおそらく必要になってくる。「プロレタリアート」「プレカリアート」では包括しきれない、国や社会を超えて特定の階層の人たちを語り直す言説は、きっと出てくるという気がします。

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■『一般意志2.0』に読者はいない?

荻上 そうは言っても、日本国内のドメスティックな問題については、東さんの構想のフレームで対応していくことで、メリットが得られる局面は多々あるだろうと思うんですね。

それを、グローバルに視点を移動させていくとどうなるのでしょうか。『一般意志2.0』は海外で読まれることも意識して、固有名詞の取り扱いなども配慮されているような印象を受けたのですが、どう受け止められるのかは楽しみですね。

 まあ、ぼくは基本的に左翼の人に読まれたいとは思っていないので(笑)、同じ理由で英語圏のアカデミズムは無理だと思いますよ。あちらでも、日本と同じでアカデミズムは基本的に左派です。左派が好きな議論はパターンが決まっていて、ぼくの議論はそこには乗っていない。だからぼくの本がどういう読者に読まれるかはわからないし、日本でもよくわからないですよ。

この本ではいちおう「思想っぽい」ことを書いているけど、でもぼくは、もう自分の本はいわゆる「人文思想」の人は読まない、という前提で書いています。読まないことはわかっているんだから、最初からその前提で書く。

荻上 この20年で「人文思想」のマーケットはずいぶん変わりました。東さんご自身が変化した、ということだけではなくて、90年代以降のいわゆる人文マーケットでは、大文字の固有名などは出てこなくなってきていますし、基本的に懐古趣味になっていますよね。

議論のフレームをつくるといった幻想は、もはやなくなっている。挑戦的なものといっても、既存のビジョンを、情報工学などに当てはめたらどう語り直せるか、という議論しかできなくなっているように思いますね。

 でもぼくはそっちにもあまり期待していないんですよね。この本については全然読者に期待していないですよ、じつは。インタビューでこんなことを言うのも良くないけど(笑)、売れると思っていない。

荻上 えっ。

 話題になるとすら思っていない。だってこの本は、ぼくがはじめて将来の読者に向けて書いた本なんですよ。だからツイッターでもこの本の宣伝とかやる気がないわけ。どうせわかってもらえない、と思っている。それは傲慢さとかそういうことではなくて、率直に言えば、いままでもずっと、ぼくの本当にやりたいことを受け入れてくれた読者なんていないわけですよ。だから毎回「違うフリ」をしながら本をつくっている。アニメとか現代思想とか。でも『一般意志2.0』では、違うフリをしないでぼくのやりたいことをやっているから、あまりいまの読者には期待していない。

この本は抽象的だし、実現可能性はないし、思想といったって厳密なルソーの読みをしているわけでもない。批判はいくらでも言えるじゃない(笑)。だからぼくとしてはセールスとか反響には期待していなくて、「賭け」として将来、読まれ方が変わって高く評価されるようなことがあればいいなあと。そんな夢ばかり見ている人生なんですよ(笑)。

荻上 そうかなあ。なんと言えばいいのかわからないですけど……最近、同世代、若手の書き手がいろいろと出てきていて、本もいろいろ刊行されていますよね。「ああ、いいなあ」と思うような本もぽつぽつとあり、そうでない本もぽつぽつとある。で、数の比率では、幻滅しているウェイトの方が高かったりする。

 そりゃそうでしょうね。

荻上 「若手」ってどの口が言っているんだという話もあるわけですが、まあ30歳になったので許していただくとして、いまある状況への「ダメ出し」でとどまる人が多い。「これで行こう!」というフレームを提出するような、提案型の議論を、人文系では最近とんと見かけなかった。

 そう思いますよ。

荻上 「ぼくはこうやって生きていますけど?」という、ある種の拗ねた言説が増えている。あるいは「やつらはダメだが、やつらよりマシなおれはやってやる、なにかを」というようなもの。そのなかで、『一般意志2.0』はサンドバッグになる意思、中心となって議論をつくろうとする意思が見える一冊で、久々にこういうタイプの著作に触れた気がしました。

東 まあねえ。ぼくもそう思うんだけど、でも現実には、そうやって「拗ねている人」の方が評判いいわけですよ。そういうつまらない「若手論壇」に、ぼくとしてはもうあまり関わりたくないんだけど。

荻上 そんな「拗ね系」の本が売れるよりは、夢の語り合い、建設的な提案合戦のほうが話題になってほしいと一読者としても思うんですけど。

 いやあ、無理でしょう。

荻上 無理ですか。

 無理無理。それはもう、そうなっちゃたんですよ。

荻上 はあ……。

 いまぼくにあるのは、「変えよう」という夢じゃなくて、「将来評価されたらいいなー」という夢ですね。

荻上 (苦笑)

 もはや夢のレベルが一段階上がってしまって、本当の夢に近づいてきている(笑)。「どうせあいつらバカだから」とかそういう話ではなくて、本当に無理だと思うんですよ。

いまの読者と、いまの書店の「人文」の棚、あと、この点に関してはぼく自身も罪が深いわけだけど、すっかりサブカルチャー批評で覆われてしまった「思想」だか「社会学」だかよくわからない棚、あそこに『一般意志2.0』が入る余地はないでしょう。

荻上 うーん……。

 それはもうどうしようもない。ゼロ年代批評系の人はこの本はスルーじゃないかな。そうかと言って、ぼくは他方、エスタブリッシュメントな人文系とか純文学の人たちとはケンカしているから、彼らもサポートしてくれないし。書評が出るのかどうかさえ怪しいですよ(笑)。

荻上 しかしまぁ、ぼくたちも、こうしてインタビューに来ているわけで。

 それは確かにびっくりしました。ツイートしちゃったもん、「驚愕の依頼がきた」って(笑)。

(つづく)
構成:柳瀬徹(シノドス編集部)
(2011年11月22日 五反田 コンテクチュアズ オフィスにて収録)

東浩紀(あずま・ひろき)
1971 年東京生まれ。哲学者・作家。現代思想、表象文化論、情報社会論など幅広いジャンルでの思索を続け、近年は小説も執筆。東京工業大学世界文化センター特任教授。早稲田大学文化構想学部教授。合同会社コンテクチュアズ代表、同社発行『思想地図β』編集長。『存在論的、郵便的』『クォンタム・ファミリーズ』(新潮社)、『郵便的不安たち』(朝日新聞社)、『動物化するポストモダン』(講談社現代新書)など著書多数。

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