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TPPを活かすために何が必要か 片岡剛士

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■FTAAP実現に向けて具体的、かつ前向きな行動を進めるべき

東日本大震災から8ヶ月が経過した11月11日の夜、野田総理が会見を行い、TPP交渉に参加するという方針が表明された。

2001年からはじまったWTOドーハ・ラウンドは先進国と新興国の利害対立もあって10年経った現在においても成立に至っておらず、事実上ラウンド交渉が頓挫した状況にある。そしてAPECでは、昨年11月の横浜APECにおいて、ASEAN+3、ASEAN+6、TPPといった現在進行している地域協定をさらに発展させることにより、環太平洋地域における包括的な自由貿易協定(FTAAP)実現に向けて具体的な行動をとっていくことを確認している。


以上の現状を踏まえると、TPP、ASEAN+3、ASEAN+6のなかで、現在具体的に交渉が行われているTPP交渉に参加することは、財およびサービス貿易の自由化を進めることで得られる便益を確保すること、そしてわが国が豪州とともに産婆役として設立にコミットし、かつ設立後においても重要な役割を果たしてきたAPECにおける今後のルール形成に主体的に関わる姿勢を示したという意味でも、現実的な対応だと評価できる。

判断が下された現時点においては、TPP交渉に主体的に参加することを通じて、APECの目的である地域および世界の経済成長実現のための地域協力推進に資するという観点から、FTAAP実現に向けて前向きな行動を進めていくことが必要だ。

■自由貿易協定は社会全体への影響がプラスとなる政策である

政策は、それによって得をする人だけではなく、損をする人も必ず生みだす。ある政策を実行することで、得をする人が損をする人を補償したとしても社会全体への影響がプラスとなるのならば、その政策は好ましい。損をする人を生み出すからという理由で政府がなんら政策を行わないのであれば、課題は山積して社会は停滞し、多くの人びとの生活水準は停滞してしまうだろう。得をする人が損をする人を補償したとしても、社会全体への影響がプラスになるような政策を行いつづけることが第一に必要である。

TPPをはじめとする自由貿易協定は以上の意味で、社会全体への影響がプラスとなる政策である。これは農業や製造業といった特定産業の影響ではなく、社会全体へのプラスとマイナスの影響を加味した政府試算において、実質GDPへの影響が0.5%〜0.6%という結果が出ていることからも確認できる。

■自由貿易協定により社会全体への影響がプラスになることの意味

これまでTPP賛成派・反対派双方が自説を主張する際の論拠として、賛成派からは自由貿易協定が輸出を促進するから好ましいといった論点が、そして反対派からはわが国の産業が他国からの輸出により脅かされるから好ましくないといった論点が提示されることがしばしば散見された。

しかし関税といった貿易の障害となる要因を相手国が撤廃することで、自国の輸出が増えたとしても、それは自国に属する人びとの得に必ずしも直結しない。なぜかというと、社会を構成する人びとが得となるのは、自国の関税を撤廃することで品質の良い製品をより安いかたちで消費することが可能になり、そのことにより社会全体で見た生活水準が向上することが必要となるためだ。

同様の点を消費者ではなく生産者の視点で述べれば、海外の関税が撤廃されることで、品質の良い製品をより安くより大量につくり、かつ売ることが可能になるということである。これは社会全体で見た生産性が高まることを意味している。TPPといった自由貿易協定を締結することがなぜ望ましいのかといえば、自国のみならず協定を結ぶ相手国が、以上の意味でのメリットを享受できるからだという点を確認しておきたい。

■TPP協定参加に伴うメリットを活かすために

さてTPP協定参加において懸念されていたのは、TPPが原則としてほぼすべての品目の自由化を要求しているという点である。過去わが国が締結したFTA/EPAにおける品目の自由化度合いは全体の9割未満に留まっており、残りの1割は自由化から除外されるか、一定期間の後に再協議を行うといった例外措置が採用されている。経済政策の損と得という観点から述べると、これまでわが国が締結したFTA/EPAでは関税を撤廃することで得られる得を享受する一方で、関税を撤廃することで損をもたらすと考えられる分野に対しては、少なくとも当面は関税を引き下げないというかたちで対処してきたというわけである。

この点で特徴的なのは、現在778%の輸入関税が課されているコメである。国際価格の7.8倍の価格がTPP協定に参加することで国際価格と同水準となれば、消費者はこれまでよりも安くコメを消費することでメリットを享受できるが、コメを生産する農家にとってみればコメの価格が値下がりすることで売り上げが減少するのは避けられない。たしかにコメを生産する農家がTPP協定参加に反対するのは当然とも言える。だが、このように単純に整理することはできない。

なぜかというと、コメの関税率を撤廃することでコメの価格を下げることによる消費者のメリットを維持しながら、農家が被る売り上げの低下を避ける方法があるからだ。それが、関税率が引き下げられたことで生じる農家の売り上げ減の分だけ政府が補助金を提供するという方法である。こうすれば、TPP交渉でコメの自由化を要求されても、国境措置である関税ではなく国内措置である補助金という手段によって農家が被る痛みを回避することができる。

ここで注意が必要な点は大きくふたつある。

ひとつは、補助金政策はコメの国内価格を維持する目的で用いてはならないという点である。国際価格の7.8倍の高関税は、コメの生産を増やすというインセンティブを農家にもたらしている。コメの消費が減少傾向にある中で、高関税によりコメの生産を増やすインセンティブがあることが慢性的なコメ余り状態とコメの価格低下をもたらすため、コメの価格を維持する目的で生産調整を行うという悪循環がこれまで生じていた。

TPP交渉参加によって期待されるメリットを活かすには、まず生産調整を止めた上で、関税率の撤廃による痛みに対応した金額の補助金を所得保障というかたちで講じ、かつ所得補償をコメの国内価格の維持につなげない方法(ディカップリングされた所得補償制度:八田達夫・高田眞『日本の農林水産業』日本経済新聞社、2010年参照)が必要である。所得補償を行う場合には、関税率の撤廃によりコメの生産を止めた農家にも支払うとともに、毎年一定の額で所得補償を行う代わりに、毎年分の累積額を一括払いのかたちで支払うことも考えられる。

ふたつ目の点は生産調整についてである。生産調整を止めることは、主業農家やサラリーマン世帯よりも平均して豊かな兼業農家をむやみに温存することを抑制し、効率的な耕地の利用の促進と、規模の経済を活用したコメの単収向上というメリットもある。政府はすでに農林漁業再生のための7つの戦略と今後5年間の行動計画を決めている(「我が国の食と農林漁業の再生のための基本方針・行動計画」、平成23年10月25日、食と農林漁業の再生推進本部決定 http://www.npu.go.jp/policy/policy05/pdf/20111025/siryo1.pdf)。農業再生というのであれば、話し合いのみならず、価格メカニズムを最大限活かすことに配慮した再生策を進めてもらいたいところだ。

TPP協定参加において懸念されていた、物品以外の自由化やルールづくりにおけるTPP反対派が提起していた論点に対しての所感はすでに一部まとめたとおりであり、ここでは繰り返さない( http://synodos.livedoor.biz/archives/1853736.html)。加えて強調したいポイントは、各分野における自由化が進んだ場合に、それがわが国社会全体への影響がプラスになるものなのかどうかという点だ。当然ながらある分野の自由化により得をする人が損をする人を補償したとしても、社会全体への悪影響をもたらすものであれば、当該分野の自由化は好ましくない。

わが国関係省庁は「TPP協定交渉の分野別状況」(平成23年10月)としてTPP交渉国との協議等を通じて収集した情報をまとめており、わが国が確保したいルールと慎重な検討を要する点をあげている。言うまでもないことだが、TPP協定に正式参加した段階には交渉の現状を早期に把握することが肝要である。そして議論の概要が何かという点について分かり易く公表・説明する努力を行ってもらいたい。

11日のTPP交渉参加表明はFTAAPを成立させるための第一歩を踏み出しかけた状況に過ぎない。交渉参加表明から交渉参加に至るには、現在TPP交渉を行っている各国の同意が必要である。これには一定期間を要する。さらにTPP交渉に参加しても日本が想定する交渉に持ち込むことが可能かというリスクもある。2020年にFTAAPを成立させるために、現在交渉中の二国間協定やASEAN+3、ASEAN+6を交渉の遡上に乗せていくという両面作戦が必要である。

■TPPを最大限活かすためにはデフレから脱却することが必要である

最後にTPPを最大限活かすためにもっとも重要なポイントだと筆者が考えるポイントをあげておこう。それは、現代の日本経済における「一丁目一番地」の課題であるデフレを脱却しなくては、TPPにより将来期待されるメリットを十分に享受できないという点だ。

なぜなのか。先程、自由貿易協定のメリットは、自国の関税を撤廃することで品質の良い製品をより安いかたちで消費することが可能になり、そのことにより社会全体で見た生活水準が向上することだ、そして他国の関税が撤廃されることで、品質の良い製品をより安くより大量につくり、かつ売ることが可能になるということだと指摘した。ただし、このメリットは自由貿易協定を締結することで一部は享受できるかもしれないが、デフレを維持したままでは自由貿易協定を締結することで期待された分をすべて享受することができないのである。

具体的に述べると、自由貿易協定のメリットには、需要と供給が市場価格を通じて瞬時に調整される状況が念頭におかれている。つまり国全体の総需要が総供給を下回り、物価が下落を続けるデフレが生じ、失業が発生しているといった日本経済の現状は念頭におかれていない。デフレがつづく日本経済の現状で自由貿易を進めれば、たしかに輸出を進めることで企業は利益を確保することができるだろう。

しかし、世界経済の好況に後押しされたかたちで輸出と輸出に必要な投資を中心とした景気回復を遂げた2002年から2007年の日本経済において、デフレが持続したことからも推測されるように、輸出による企業の利益が国内の所得や雇用環境の改善、消費や投資を十分に高めることにつながらないとすれば、それは自国の関税を撤廃することで品質の良い製品をより安いかたちで十分に消費することもおぼつかない。

さらに安価で品質の良い海外製品の流入は国内で生産する製品にとっても脅威となってしまう。デフレは円の価値が高まることである。デフレは円高につながり、本来自由貿易により得られるはずの輸出の増加を十分に生み出さない状態にさせてしまう。こうして、デフレは自由貿易協定から期待される効果を完全なかたちで享受できない状態にさせてしまうのである。

デフレから脱却することは、総需要が総供給を下回る状態を改善させることを通じて失業率や所得を回復させ、社会全体のメリットを高める。総需要が総供給を下回る状態というのは、需要がないから製品をつくっても売ることができないという状態である。財政政策や金融政策によって総需要を高めれば、これまで売れなかった製品が売れる状態になる。

一方で自由貿易協定の効果とは、「需要がないから売れない」という状況を想定しておらず、製品が売れるためには、品質の高いものをより安く生産しなくてはならない。品質の高い製品をより安く生産するには、知恵を絞り新規投資を行って新たな技術を開発することで、より少ない労働や資本の投入で生産を行うことが必要となる。

デフレと円高がつづく状況では、海外需要にアクセスすることが容易になる側面はあるものの、能力の高い人材を新たに雇うことも不可能であるし、知恵を絞り新規投資を行うことで新たな技術を開発しても、そうした製品を売ることにつなげる可能性は低くなってしまう。こうした意味で、総需要を高めデフレから脱するための財政政策や金融政策という手段と自由貿易協定とは、相互に関連性を持っているのである。

こうも言うことができるかもしれない。自由貿易協定から得られるメリットを完全なかたちで享受できない状態とは、輸出企業の利益に対して恩恵を受けられかった消費者という状態を際立たせることでもある。TPPは物品を含む財・サービスの自由化やルールづくりを含んでいるが、TPPにより得をする人が本来得られる利益を享受できず、損をする人が存在するという状況が変わらないとしたら何が生じるだろうか。

まず考えられるのは、得をする人から損をする人に対して補償を行うことが困難となる可能性である。さらには社会全体への影響がマイナスになってしまう可能性である。本来ならば社会全体への影響がプラスとなるのに、他の要因によって社会全体への影響がマイナスになるのであれば、社会全体への影響がプラスになる政策であるという正論は受入れられなくなり、結果、課題は山積するにも関わらず政策は実行されなくなる。

筆者はTPPそのものが良くも悪くも社会全体を激変させるとは考えていないし、ましてや野田総理が語ったようにTPPが「日本の失われた20年」を打開する政策だとも考えていない。しかし社会全体の悪化に手を貸す政策となりえる場合がありえるとしたら、それはデフレを放置しつづけ、総需要の停滞を野放しにする場合ではないか。このように考えるのである。

冒頭で述べたように、東日本大震災から8ヶ月が経過した。民主党政権では復興に必要な財政支出の手当てが遅れる上に過度な円高を許してしまったことで、当初期待された復興需要の後押しさえもおぼつかない状況である。さらに欧州財政危機といった対外経済の変調が顕在化するなかで、これまでのきわめて緩やかな景気回復すらも近い将来危ぶまれる情勢である。数年後からは臨時増税、さらに2010年代半ばからは消費税増税が控えている。このようにデフレと景気悪化を促進する要因には事欠かない状況は変わらないのだ。TPP交渉参加表明を行った現時点では、財政政策・金融政策の両面を活かすことで、早期にデフレを脱しておくことの必要性が、これまで以上に高まったといえるのである。

片岡剛士(かたおか・ごうし)/記事一覧
1972 年生まれ。慶応義塾大学大学院商学研究科前期博士課程(計量経済学専攻)修了。現在三菱 UFJリサーチ&コンサルティング経済・社会政策部主任研究員。専門は応用計量経済学、マクロ経済学。著作に『日本の「失われた20年」-デフレを超える 経済政策に向けて』(藤原書店、2010年、第4回河上肇賞本賞受賞)等。

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