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「存在しない」サバイバーたち - セックス・労働・暴力のボーダーで(2) 大野更紗

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■複雑化するDVの様相

婦人保護施設の法的根拠は「売春防止法」(以下、売防法)第36条だが、社会福祉関連の法令や制度に社会問題の現場の実情がまったく追いついていないなかで、担っている機能の幅はじつに広い。
「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」(以下、DV防止法)の制定にともなって、DV被害者が自治体の窓口や相談支援センターに駆け込んできた際の、婦人保護施設の一時シェルターとしての機能が法的にも明確化された。

2001年にDV防止法が施行されて以来、各都道府県に「配偶者暴力相談支援センター」またはそれに順する機能の設置が義務づけられたが、なかなか実質的な対策は進んでいない。

「配偶者暴力相談支援センターの機能を果たす施設」として指定されているのは、2011年現在全国に203施設。だが、ほとんどが都道府県の広域福祉事務所における設置にとどまっており、市町村の窓口レベルでみると、市(区)での設置はわずか2.7%。町村にいたってはゼロなのである。各自治体における対応の格差は把握しようもない。

地方においては、DV防止法の存在そのものすら一般的に知られていないが現実なのではないだろうか。法令や制度運用の周知がなされていないなかでは、福祉事務所のワーカーの裁量や力量にケアの内容が左右される側面が大きい。

このような状況下で、DV被害者が実際に駆け込む窓口やその対応は、現場レベルでますます複雑化している。

明白な「実態」がある場合、すなわち暴行されたり、性的暴力を受けて、被害者自身が警察に訴え出たケースにおいては、警察が一時保護をすることができる。そして各自治体の支援センター、婦人相談所、福祉事務所などに連絡が入る。

福祉事務所は婦人保護施設や、場合によっては民間のシェルターで一時的に被害者を保護するのだが、その先の対応はケースや自治体の担当者の裁量によって、かなりばらつきがある。福祉事務所の職員のスキルや経験、知識は、個々人によって千差万別だ。

たとえば典型的な「夫の暴力」から逃げてきた場合、を想定してみる。婦人保護施設や母子寮、民間シェルターなどに一時保護をさせた後、「アパートなどに住んで、当面まずは生活保護を受けてもらえばいいのでは」と簡単に連想してしまうが、実際の行政対応は複雑きわまれるのだ。

着の身着のまま逃げ出してきても、夫がいる家に自分の名義の預金通帳や生命保険証券などが置いてあると、それを「資産」とみなされる可能性もある。また、福祉事務所が現場の裁量で、資産はDV被害者が現時点での持っている所有物だけだと、生活保護受給を認めても、安定した居住に至るまでのハードルは非常に高い。

まず生活保護受給には基本的に2親等以内の親族の扶養照会が必要だが、扶養照会を通して夫に居場所を特定されてしまうリスクがある。福祉事務所の個々の判断で扶養照会をパスしてもらうことができても、アパートを捜し、契約するために保証人を見つけることも、DV被害者にとっては大きな困難をともなう。親族に保証人を頼めなかったり、保証会社や保証協会などに依頼をしても審査に落ちることもあるからだ。

さらには、やっと一旦居住地を確保しても、ふたたび追跡や居所特定のリスクが高まると、移動を繰り返さなければならない。

DV被害者は、こうして逃げまわっているうちに、どんどん困窮化してゆく。加害の夫の側は、もともと住んでいる家から逃げる必要もなく、仕事や生活、収入等はほぼ変化しない場合も多い。これは子どもの親権を争う際、DV被害者にとって不利な要因にもなる。DV被害者の側のほうが、社会経済的な状態が不安定で、養育能力が低いと判断されてしまうのである。

若年層にとっても、性的な関係性に介在するDVは、思いのほか身近な存在だ。

2008年、神戸のNPO法人「ウィメンズネット・こうべ」が京都、大阪、兵庫の高校で同団体の「デートDV」防止講座開催と同時に、高校生を対象に独自のアンケート調査を実施している。

この調査では、異性と交際経験のある女子高校生約2600人のうち、外出の制約を指示されたり、携帯電話の連絡先を消去させられたりするなどして交友関係の制限を受ける「社会的暴力」を33%が経験している。言葉による罵倒などの「精神的暴力」は27%、性行為の強要などの「性的暴力」は18%。いずれも高い割合で、10代の女子高校生が何らかの「デートDV」経験をしているのだ。

■「ケース」で終わらせないための支援

わたしが今回訪問したM寮では、DV被害者専用のシェルターは独立棟に分離されている。

シェルターのなかを案内してくれたのは、この施設専従のPSW(精神保健福祉士)のTさんだ。DVシェルターの利用者は、「分離」され保護されている人たちだ。外部者は、接触することはできない。

この日は偶然、利用者の母子の方々が行政機関へ相談のために外出していて、日中のシェルターには誰もいなかった。内部をご厚意で見せていただけることになった。何重ものドアのロックを1つひとつ解錠しながら、時間をかけて廊下を進んでゆく。

各部屋は個室である。単身利用者用の部屋と、子どもがいる利用者が子どもと一緒に居住できる部屋、2つのタイプにわかれている。浴室やキッチン、ダイニングスペースは共用だ。

DVシェルターはあくまで「DV被害者の一時的な避難所」だが、利用者の像は幅広い。

「『ケース』って一言で言ってしまうと、簡単ですよね」
「でも本当にみなさん複雑で、複合的な事情を抱えていらっしゃるんです」

空いている単身用の一室の前で足を止めると、

「この部屋には、じつは先日まで80歳のおばあさんがいらっしゃったんです」
とTさんが説明してくれて、なぜそんな高齢の女性がここに、と驚いてしまった。その利用者の人の年齢を聞いただけで、
「介護の問題ですか」
とわたしは反射的に口に出してしまった。Tさんは、首を横に振る。
「たしかに、息子さんからの暴力です」
「でも、彼女が被った暴力は、たとえばその方の年齢だけで『介護』が原因とか、簡単に括って判断することはできないんです」
「その暴力がいつから始まったものなのか、何が背景にあるのかはわからない」

「ただ、この施設の利用は法的にADL(日常生活動作)が自立していることが大前提です。幸いこの方はADLに大きな問題はなかったので、行政の福祉担当の方と相談して、緊急措置的に短期間だけ入っていただけたのですが」

一見「普通」の部屋の設備を細かく見てゆくと、単身用の部屋にはベッドが設置されているものの、手すりもリクライニングもない。母子で入れる部屋は、畳敷きだ。介助が必要で、布団を使って寝起きすることなど到底できない身体のわたしは、ここには入所できないな、とふと思う。

浴室も段差が大きくて、浴槽が深すぎる。介助が必要な人だったら、まず入浴はできない。シェルターは、そもそも法的に介助者が立ち入れる施設ではない。

母子についても、様相は複雑だ。子どもが男児の場合、この婦人保護施設のDVシェルターに立ち入れるのは小学生まで。女性が中学生以上の男児を連れて逃げてきた場合、子どもは児童相談所へ一旦支援を預けることになる。

DVシェルターの本来の機能は暴力からの女性の「分離」だが、その「分離」も文面通りにはいかない。

「わたしの仕事は、ただそこにある『暴力』を、いかにたんなる1ケースとして埋もれさせないかということです」
「家族の形態や、家族が抱えている問題が、これほど複雑化して絡み合っている社会のなかで、既存の制度の枠にはめてしまえば、ある意味そこで終わってしまいますから」

「行政の方の裁量や知識も人それぞれ格差が大きい。毎日、地域と行政をかけずり回っています。さっきも自転車で福祉事務所へ相談に行ってきたところで、ごめんなさい汗臭いかもしれない(笑)」
「いかに支援の幅を広げられるか。個別のケースに即した対応の可能性を探っていけるかというのが、わたしのここでのPSWとしての仕事です」

Tさんは以前は、病院のソーシャルワーカーとして既存の枠のなかでの支援に行き詰まりを感じながら働いていたという。

わたしは、個別のケースにここまで寄り添って、既存の〈制度〉と〈行政〉を最大限にエンパワーメントし、支援の幅そのものを広げていこうとするソーシャルワーカーに出会ったのは、初めてだった。彼女の、今この現状を何とか打開する道を探りたいという強い意志と努力の積み重ねが、このシェルターの存在を支えているのだと思った。

■ボーダーラインの〈彼女〉たち

Tさんと、シェルター専用棟を出てメインの中央の建物へ戻った。施設内の無数のロックの鍵の束が、ジャラジャラ、と鳴る。

本棟に、足を踏み入れる。施設記録のデータ上の〈彼女〉たちが、生活している場所だ。暴力と貧困の連鎖に、すべてを根こそぎからめとられた女性たち。「サバイバー」、知的障害や精神疾患の「ボーダーライン」と文面で読んでも、それはどこまでいっても、自分の経験の範囲の想像でしかない。

棟の入り口に位置している作業所のドアの鍵を、施設長のYさんが開ける。どういう表情をしてなかに入ればいいのか、汗が首をつたって、全身の筋肉がこわばった。

「もう終わっちゃう時間だね、間に合ってよかった」
「Y寮長、これ見て。新しい柄なの」
色とりどりの布と糸。コースターやランチョンマットなどの刺繍製品が、作業机の上にずらりと並んでいる。広々とした作業所だ。
「近くの方々がね、教えに来てくださってるんですよ。あちら、先生方」
Yさんはさらっと口にしたが、婦人保護施設が地域と接続点を持つことのリスクの重みが脳裏によぎり、返す言葉もなかった。この一言が出るまでに、どれだけの歳月と苦闘があったのだろうか。

地域の近隣に暮らしている高齢者層の女性たちがこの「講座」をボランティアでひらいているということに、まず面食らってしまう。週に2回、ほとんど必ず通って来ているという、70代の女性の刺繍の「先生」と立ち話をする。

「そうねえ、もう20年くらいはここに教えに来てます。なんかもう実家に帰るよりね、ここに来る方がしっくりきちゃうのよ」

刺繍以外にも、地域のボランティアによってさまざまな「仕事」のトレーニングができる講座が実施されているという。手芸、写真や絵画、園芸。近隣で暮らしている高齢層の人たちが職能や暮らしの知識として蓄積してきた、しかし今日の都市部の生活では持て余しがちな技術。それらを社会的に生かす場としての機能を、この寮がごく自然なかたちで果たしている姿にただ感心した。

「ふふ、驚かれました?」
「Tさんがあちこち走り回って、地域で信頼関係をつくる仕事をしてくれているのも大きいですよ」

タイムカードも設置されていて、朝の9時から夕方まで、利用者個人が自分が行った「仕事」をきちんと記録することができるようになっている。もう、作業所の終了時間ということで、〈彼女〉たちが次々と順番にタイムカードを切ってゆく。

「どうですか、作業は楽しいですか」
とわたしが凡庸な質問を投げかけると、
「お金は大切でしょ。働かないとね。稼がないとね」
と目の前の1人の女性がぱっと応えてくれて、どきり、と理由もなく心臓がはねた。

Yさんとともに、居住棟へ戻る〈彼女〉たちの後についていった。

建物自体は、1958年の設立当初からのものだ。以前は共同部屋だったが、今はすべて個室になっている。各部屋の大きさや構造は違う。少なくかぎられた措置予算では運営費はとても足りず、Yさんたちスタッフが寄付をかき集め、何年もかけて少しずつ改装を重ねてきた苦労の跡が目に留まる。床を古いビニールタイル張りからフローリングに変えることができたのも、つい先日のことだという。

「狭い部屋と広い部屋があるので、公平になるように2年に一度は部屋替えをします」
ベッドと机、クローゼットだけの最低限の家具。3畳から5畳程度の狭い間取り。浴室、洗面所、食堂やテレビがおいてあるスペースは共用だ。どこも掃除がゆきとどいていて、経年しているわりには圧迫感は感じなかった。

居住棟の廊下で、すれ違う〈彼女〉たちとただ世間話を交わせれば、それで充分にもすぎると思った。居住空間に立ち入るわたしに、〈彼女〉たちが気を遣ってくれているのが雰囲気でわかる。車いすと杖でフラフラと這うように施設内に「侵入」してきた、少し風変わりな外部者に。

「すみません」とさっと廊下で逃げるように道を譲ってくれる人、逆に廊下に出てきてくれて、なんとなく話をしてくれそうな空気を放っている人。知的障害をもっているから、精神疾患があるから、そしてサバイバーだから、というのではなく、それぞれの人がシャイだったり好奇心旺盛だったりする。それは、当たり前のことだ。

ふっ、と身構えていた力が抜けるような気がしたのは、わたしのほうだった。あらかじめの「想定」なんて、いつも「外側」にいるつもりの誰かがつくったものでしかない。「ボーダー」というのは誰かがひいた線でしかない。そんな自明のことを、また今さら思い知らされるか、と自分で自分をおかしく思う。

さきほどの作業所で、新しい柄、だという見事な刺し子のランチョンマットを披露してくれた女性に、Yさんが声をかけた。
「あら、Sさーん。ちょうどいい、この方にあなたのお部屋見せてくれない?」
Yさんの脇で、あまり目立たぬようにと身体を縮めていたわたしは、またしてもぎょっとした。躊躇し距離感を測りかねているときに、なんと大胆な。
「えー、恥ずかしい。ま、いいよ。じゃあ、ゆっくりきてよ」
「わかった、ゆっくり後から行くから。Sさんの部屋はいつもきれいだもの。ありがとう」
Sさんは、自室を片付けるために、パタパタと足早に駆けていった。

(つづく)

■本日の一冊

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本書の挑戦は、医学の否定ではなくその相対化と調停である。20世紀の医学の権威性に秘匿されてきた、エビデンスや個々の治療の不確実性、非対称的な医師-患者関係に生じる不穏と紛争。医師に付与されている〈大きすぎる権限〉を多元的に分散することで、誤診や治療の失敗が時に避けがたいものであるという医療の本質的な脆弱性を、社会が許容する道筋を示唆する。

大野更紗(おおの・さらさ)/記事一覧
84年福島県生まれ。作家。難病当事者。上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科地域研究専攻博士前期課程休学中。著書『困ってるひと』(ポプラ社)。twitter:@wsary

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