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イラク日報公開の意義とは―「イラクにも蛙がいる」自衛官のつぶやきが日本人に訴えるもの

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 自衛隊のイラク派遣の日報が公開され、その記述の端々にある自衛官の日常が「ほのぼのしている」とネットで話題です。4月17日には、もともと個別のPDFだった日報の全文を簡単に検索できるサービスも登場しました。

 その一方で、軍事関係の情報はそもそも多くの国で機密扱いが原則で、統合幕僚監部所属の三佐による「国民の敵」発言にあるように、その公開に批判的な意見もあります。

 確かに、安全保障にかかわる問題全てを公開するべきでないでしょう。とはいえ、その経緯はともかく、少なくとも今回イラク日報が公開されたことは、国民の信頼を醸成する転機になったという意味で、防衛省・自衛隊にとって大きな意義があったといえます。

日報で描かれたイラク

 公開された370日分のイラク復興支援群の日報には、現地の状況や活動内容など、いわば「硬い」内容だけでなく、自衛官の日常を描いた「軟らかい」ものも含まれます。

 そこでは、他国部隊との会議で英語の冗談が分からなくても分かった風で笑っておいた、といった海外で多くの日本人が感じるものから、寿司や素麺など日本食への渇望、家族との連絡の喜びなど、さまざまなことがつづられています。

 もちろん、その一方では、当時のイラクの現実も記されています。

 一つだけ紹介すると、2006年4月5日付け「バスラ日誌」では「師団司令部の敷地の周りには窪地があり、そこに水がたまって池のようになっている。…夜になると蛙の大合唱が聞こえてくる。イラクに来て蛙の鳴き声が聞けるとは思わなかった。…イラクのトンボはなぜかでかい。…イラクの月は、不思議である。…」と周囲の状況を描写した後で、「これからどんな未知との遭遇が待っているのだろうか。などと考えている時、警報が鳴り現実に引き戻された。ロケット弾1発、攻撃9回、20発目。…ドンという音がして、キーンという飛翔音らしきものが聞こえた…」。

 まさに「ほのぼのする」前半と対照的な後半の緊迫する状況の描写が、派遣隊の苦労をしのばせます。それは同時に、「自衛隊の駐屯地は非戦闘地域」という従来の政府答弁への疑念を大きくするものでもあります。

日報開示への批判

 それもあってか、日報の公開には主に与党政治家や防衛省・自衛隊関係者の間に批判もあります。その論点は、大きく以下の3点にまとめられます。

  • 海外では軍事関係の文書は一定期間、完全に不開示で、数十年後の開示が主流である、
  • 他の行政文書と同じ扱いで日報が公開されれば、自衛隊の活動をテロリストなど敵対勢力にまで知られることになる、
  • 情報公開請求への対応が、防衛省の負担を多くしている。

 これらは逐一もっともで、それなりの説得力があります。

 確かに、自衛隊の活動に機密があること自体は認められるべきでしょう。実際、公開された日報でも、警戒態勢や装備、さらに他国部隊との関係など、軍事的、外交的に機密性の高いものは黒塗りにされていますが、それは致し方ないといわざるを得ません。

情報公開の一環としての議論を

 ただし、そもそも自衛隊派遣のきっかけとなったイラク侵攻は、それを行った米英に大きな汚点として残るもので、既に米国をはじめ各国で多くの検証が行われてきました。この点で、「非戦闘地域」を強調してイラク派遣を推し進めた歴代政権にとって具合が悪くとも、日報の公開には意味があるといえます。

 のみならず、イラク日報以外の文書の開示に関しても、これらの主張や論理は一歩間違えば防衛省・自衛隊に情報開示を求めること自体を制限させるものになりかねません

 例えば、「海外では軍事関係の情報は数十年後に公開されている」と国際基準にのっとって反対するのであれば、情報公開制度そのものも国際基準にするべき、という主張でなければ一貫性がありません。

 ところが、日本の場合、欧米諸国より情報公開の制度そのものが発達途上で、開示や非開示に関する行政の裁量は大きく、さらに2013年の特定秘密保護法は、これをさらに大きくしました。同法は「報道の自由ランキング」における日本の順位を引き下げる一つの要因となっています。

 重要なことは、公開の基準を明確に定め、法令通りに実行することです。4月12日の衆議院安全保障委員会で自民党の中谷真一議員は「どんどん公開するのが本当にいいのか」と訴えました。「なんでもオープンにすればいいというものではない」という趣旨には賛同しますが、少なくとも与党議員なら情報公開制度の枠組みのなかで「軍事情報の公開の仕方」を検討するべきでしょう。しかし、「何十年たてば」軍事関係の情報が公開されるといった基準は、ほとんど具体的に議論されていません。

防衛省・自衛隊にとっての日報公開

 むしろ、冒頭にも触れたように、結果的に日報の公開は自衛隊の活動への関心をこれまでになく集めています。認知度や理解を引き上げることは、防衛省・自衛隊にとって、国民の信頼を醸成する糧になるといえます。

 もともと日本では自衛隊への信頼度が低くないものの、米国ほどではありません。

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 読売新聞の世論調査によると、「信頼できる組織」として日米とも自衛隊(軍隊)が首位。ただし、米国と比べて日本のそれは約20ポイント低く、政府首脳、国会(議会)、警察、病院、学校、大企業、テレビなどと比べて、その差の大きさは宗教団体に次いで目立ちます。

 この差はなぜ生まれたのでしょうか。

 これを読み解く一つのカギは、米国の病院にあります。米国では病院への信頼度が徐々に低下しています(それでも日本より高い)。これに関して、医療政策の研究機関カイザー・ファミリー・ファウンデーションは2015年、米国市民が考える健康問題の最優先課題が「手ごろな価格」で、その次が「透明性」だったと報告。病院などの説明や情報発信が十分でないことは、その信頼度の低下につながると考えられます。

 同じことは、日本の学校に関してもいえます。日本では米国と異なり、学校への信頼度が低下しつつあります。近年、各地でいじめによる自殺などが発生し、これを封殺するかのような態度をとる教育委員会や学校が続出したことは、その一因とみてよいでしょう。

 信頼は「期待に応えてくれる、あるいは期待が実現しない場合でも、なぜそうなのかを納得させてくれる」関係で生まれるといえます。だとすれば、「都合の悪い情報」であっても適宜発信することが、信頼の構築には欠かせないことになります。

 この観点からみれば、防衛省・自衛隊はこれまで国民への情報発信に、必ずしも熱心だったといえません。例えば、2015年の米国防省の予算(5960億ドル)のうちPR関連の予算(5億9100万ドル)が全体の0.09パーセントだったのに対して、防衛省の予算(4兆9690億円)のうち「情報発信に必要な経費」(1億8992億円)は0.004パーセントにとどまりました。

 念のために補足すれば、米国では「国防省が他の省庁と比べてPRの経費を使いすぎ」という批判もあります。また、行き過ぎたPRはただの宣伝にもなります。そのため、米国並みにするべきかは議論の余地があります。

 しかし、少なくとも国防を担う機関による国民向けの情報発信で、日米に大きな差があることは確かです。それは米国民の米軍に対する信頼度と、日本国民の自衛隊に対する信頼度の差を生む、一つの要因になってきたとみてよいでしょう。

 これに加えて、そもそもPR予算が少ないことは広報担当の人員の不足を生み、ひいては「情報公開によって防衛省の本来業務が妨げられる」という主張を生むといえます。それならば、いっそこの分野での支出をもっと増やすことを提案してもよいはずです。

 こうしてみたとき、敢えて単純化していえば、今回のイラク日報問題は、ともすれば多くの国民が縁遠く感じがちな自衛隊の活動が広く知られる契機になり、その苦労を知る機会を得ることによる親近感や理解、さらにその先にある信頼を醸成するという意味で、国民にとっても、防衛省・自衛隊にとっても得るものがあるといえるのです。

※Yahoo!ニュースからの転載

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