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姑息な情報操作で公費補助率アップを狙う「子ども・子育て会議」 鈴木亘

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◇突然出た公費補助率1割アップの試算◇
昨年度、すべての幼稚園と保育園を「こども園」に統合して保育をさせるという「幼保一体化」を打ち出し、幼稚園業界団体や保護者団体からの激しい反発にあった政府の「子ども・子育て新システム検討会議」であるが、昨年末の御用納めの日(12月28日)、保育業界団体、幼稚園業界団体、保護者団体のすべてが心地よく新年を迎えられるであろう「世にも不思議な試算結果」を公表した。すなわち、保育園や幼稚園への公費補助率(これを会議では「給付率」と呼称している)は現状、保育園が6割、幼稚園等が5割と、医療保険や介護保険などの他の社会保障制度に比べて低く設定されており、その給付率改善が検討課題であるとして、公費補助率をそれぞれ1割アップした場合に、約4400億円の追加財源が必要であるとした試算を公表したのである(http://www8.cao.go.jp/shoushi/10motto/08kosodate/wg/kihon/k_8/pdf/s1.pdf の11ページから)。

現在、財政再建を行う意志も政治力もない菅政権の足元を見透かすかのように、社会保障の各分野で、公費拡大を要望する「おねだり合戦」がつづいている。後期高齢者医療制度改革においても国の公費補助率を高めるべき、介護保険改革においても公費補助率を高めるべきと、この年末もおねだりの大合唱状態であったことが、来年度の予算案編成作業を著しく困難にしていたことは記憶に新しいところである。

保育分野も遅まきながら、これに負けじというわけであろうか。あるいは、利害が激しく対立した保育業界団体と幼稚園業界団体の両者をなだめるには、公費補助率アップという「餌」で両者を釣るしか手がないということなのであろうか。

もっとも、この保育園の運営費の公費補助率が6割、したがって、利用者の保育料負担率が4割(10割―6割=4割)と高すぎるので、公費補助率をもっと増やすべきだという議論自体は、各保育業界団体が、かなり以前から主張してきたことである。私が政府・規制改革会議の保育分野の専門委員をしていた時代にも、ずいぶんと、そうした陳情(珍情?)を聞かされた覚えがある。

今回、不可解なのは、保育制度に疎いためなのであろうか、どういうわけか「連合」までもがこの話に乗って、利用者負担を2割にすべきだ(少なくとも医療保険並みの3割にすべきだ)などと、厚労省の筋書き通りの主張をしていることである(http://www8.cao.go.jp/shoushi/10motto/08kosodate/wg/kihon/k_8/pdf/s3.pdf の5ページ)。

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◇他の制度の方が利用者負担率は高い◇
しかし、これは三重の意味で間違っている主張・政策である。

まず第一に、医療保険や介護保険に投じられている公費補助率は、医療保険が約4割(後期高齢者医療制度や国民健康保険でもせいぜい5割)、介護保険が6割近くであり、雇用保険も含めた社会保険全体では3割ほどである。つまり、他の社会保障制度は、現行の保育園の公費補助率の6割に、実際には、はるかに満たない率なのである。

公費で賄われない部分はどうしているかといえば、当たり前のことであるが、自己負担と「保険料」で賄っているのである。どちらも、「利用者の負担」に他ならない。子ども・子育て新システム検討会議では、都合よく保険料負担分を忘れ、自己負担率だけを利用者負担と考えるという初歩的な過ちを犯している(したがって、「公費補助率=給付率」という捉え方は、完全に間違いである)。

もちろん、社会保障のプロである厚労省(および厚労省出向者で100%が占められている内閣府の検討会議事務局)が試算しているのであるから、あやまちとわかっていて、いわば確信犯として情報操作を行っているのであろうが、これはまさに「子供だまし」といえよう。

◇利用者負担4割は真っ赤な嘘◇
第二の問題は、こちらの方がはるかに深刻であるが、「この保育園運営費の公費補助率が6割、利用者の保育料負担が4割などという話は、じつは『真っ赤な嘘』である」ということだ。驚くべきことに、厚労省および内閣府の検討会議事務局の官僚たちは、国民に嘘の情報を流して世論操作しようとしているのである。

現実には、保育園への公費補助率は約8割であり、利用者の保育料負担は約2割である。これは、筆者がさまざまな論文や著書で推計を発表しているところであるが、厚労省自身が行った実態の推計値が存在するので、ここではそれを紹介しよう(http://www.geocities.jp/kqsmr859/teigen/kouhi.pdf)。この資料は、検討会議のHP上では意図的に公表されていないようであるが、子ども・子育て新システム会議の議論のなかで、厚労省が各省に配った資料である。

資料では、平成17年の認可保育園決算から私立保育園、公立保育園の実際の利用者負担額が計算され、それを元に、平成22年予算ベースの推計が行なわれている。図中、わかりづらいと思うが、「国基準」と書いてあるのは、国から保育園への補助金(保育単価)を算定する際に用いられる、単なる計算式上の架空の運営費であり、いわばバーチャルな存在で、現実の運営費ではない。

じつは、保育業界団体が利用者負担4割と以前から主張しているのは、このバーチャルな国基準の利用者負担率のことであるらしい。保育制度の素人である国民やマスコミの多くも、こうした簡単な情報操作に意図も簡単にだまされてしまう。

現実には、構造的な高コスト構造となっている認可保育園の運営費は、国基準の理論上の運営費では到底賄えるレベルにないので、地方自治体が地方単独予算による公費投入を行い、人件費などの運営費の相当部分を賄っている。また、現実には、地方独自に中所得、高所得階層への保育料の軽減も大々的に行われている。こうしたことから、「実態」としての認可保育園利用者の保育料負担率は、平成17年であろうと平成22年の推計値であろうと、わずか23%に過ぎない。

つまり、給付率という意味でも、保育業界団体や連合の要望は、すでに現在、達成されているのである。それどころか、利用者負担3割達成を通り越して、2割近い水準にまで達しているのである。さらに、東京都などの都市部では、利用者の保育料負担率は、何と約1割にまで軽減されている。連合のいうとおり、医療保険の自己負担率3割に合わせるのであれば、むしろ保育園の公費補助率を1割から2割ほど、引き下げなければならない。

◇公費補助率アップでさらに深刻化する待機児童◇
さて、第三の間違いというのは、公費補助率をさらに引き上げれば、待機児童問題をさらに深刻化させることが明らかだということである。そもそも保育分野において、待機児童問題が何故これほど深刻なのかといえば、それは利用者負担額が低すぎるからである。無認可保育園で月額6万円から7万円程度になる保育料を、認可保育園は、大量の公費補助投入で、平均2万円程度にまでディスカウントしている。

価格が安いからこそ大量の需要が溢れ、待機者が発生するというのが、世間の常識である。ここで、さらに公費負担率を1割アップし、利用者の負担額をさらに引下げれば、待機児童問題はより深刻化することは、火をみるより明らかである。

ポイントは、保育園がさらに不足する分、公費補助という餌で釣って、幼稚園をどこまで「子ども園」に衣替えさせて、保育サービスの供給量を増加させられるかということにあるが、その場合でも、現行の認可保育園の公費補助率をこれ以上引上げなければならない必然性はまったく存在しない。幼稚園の公費補助率だけを保育園に合わせて引上げればよいからである。

もうひとつの政治的問題は、システム改革の制度設計として、公費負担率の1割引上げを前提条件として組み込んでしまうと、財源の捻出できない民主党政権では、いつまでも改革に着手できず、結局、待機児童問題が放置されつづけてしまうということである。

厚労省および内閣府事務局の本当の狙いは、幼稚園業界団体と保育団体の利害調整に注力しているようにみせかけ、じつは、財政的に改革を立ち往生させることにあるのではないかと、筆者は本気で疑いを感じている。万が一、民主党政権が財源をつくれたとしても、公費が拡大するだけで、待機児童問題はまったく解決しない。

財政がますます苦しくなるだけで、まさに「死に金」である。甘い餌には毒がある。民主党政権は、この毒饅頭を絶対に食べるべきではない。そして、厚労省による姑息な情報操作も許すべきではない。


◇本日の一冊◇

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経済学において、政治家や官僚行動の分析を行っている研究分野として、古くは「公共選択論(Public Choice)」、最近は「新政治経済学(New political economy)」と呼ばれている分野がある。その分野を日本に最初に輸入した大家のひとりであり、政府税調会長を長らく務め、永田町、霞が関の裏も表も知り尽くした経済学者による、民主党政権への批判の書である。

一般向けの啓蒙書であることから、内容はまったく難しいところはなく、公共選択論など知らなくてもさらさらと読める。やや幅広すぎるテーマを扱っていてひとつずつの内容が薄い気もするが、随所に公共選択的な発想が盛り込まれており、官僚行動が政策にどう影響しているかを考える上で興味深い。社会保障問題の提言にも多くのページが割かれている。

鈴木亘(すずき・わたる)/記事一覧
1970 年生まれ。上智大学経済学部卒業後、日本銀行入行。98年に退職後、大阪大学大学院博士課程前期課程修了、後期課程単位取得退学(2001年に経済学博士 号取得)。現在は学習院大学経済学部経済学科教授。専門は社会保障論、医療経済学、福祉経済学。主な著書に『だまされないための年金・医療・介護入 門』(東洋経済新報社、2009年、第9回日経BP、BizTech図書賞)共著に『生活保護の経済分析』(東京大学出版会、第51回日経・経済図書文化 賞)などがある。

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