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障害という「生きづらさ」を個性に変え、他者と交わるために~アジア太平洋障害者芸術祭、混成ダンスチームの現場から~

「はい、もう一度カウントからお願いします!」「布の動きが合わないのは空調のせいかなぁ、ちょっと前の振り付けからもう1回やってみよう」

3月某日、都内のあるスタジオには、和やかであると同時に厳しい空気が漂っていた。高度なダンス作品を練習しているのは、日本有数のダンスカンパニー・DAZZLEと、障害者からなる「BOTAN」の混成チーム。

「健常者」が7名と、聴覚、発達障害、軟骨無形成症などの「障害者」が7名で構成されているのだが、一見すると誰がどんな障害があるのかは分からない。なにしろ全員のダンステクニックが巧すぎて、素人からは「健常者」との違いが分からないのだ。耳が聞こえないメンバーも、指を折って数えるカウントと、目で覚えた振り付けの感覚を軸に踊る、踊る。息つく暇もないほど激しい動きを、なんなくクリアしてみせる。障害者チーム「BOTAN」は、元々ダンス経験があるとはいえ、数回の練習でここまでの完成度に至るとは驚かされた。

「アジア太平洋障害者芸術祭」のオープニングを飾る混成チーム

彼らは、3月23日から25日までシンガポールで開かれる「アジア太平洋障害者芸術祭 True Colours Festival」のオープニングを飾る精鋭たち。披露する作品は「Seek the Truth(真実を求めて)」。日本に古くから伝わる「狐の嫁入り」がモチーフで、「障害のないダンサーでも難しい」(DAZZLE主宰:長谷川達也氏)傘を使った妖艶な演出が見どころである。

混成チームの練習風景

「障害のあるたちと一緒に踊るのは初めてで、どんな風になるかは未知の部分もあった」と語るDAZZLE主宰の長谷川達也さん。ところが、驚かされたこともあったという。

「彼らは振り付けを覚える速度がとても早いんです。週1回、皆で集まって練習をしてきましたが、最初の2~3回で全員が振り付けを覚えてしまった。勘や身体感覚がするどく、身体の使い方やコントロールもうまい。健常者のダンサーでも傘を使って踊るのは難しいんですが、なんなくこなしています」(長谷川達也氏)

シンガポールで行われるアジア太平洋障害者芸術祭は、2020年の東京パラリンピックに合わせて日本で開かれる「障害者芸術祭」への布石だ。障害のある人たちのアートやパフォーマンスを、もっと多くの人に見てもらいたい。そのための混成チームであり、高い芸術性を追求してきた。

「障者害」がパフォーマンスする際の難しさ

提供:日本財団

しかし、芸術であれスポーツであれ、「障害者」がパフォーマンスする際の難しさは常につきまとう。「障害者なのにすごい」と、評価が上げ底になってしまうメリットとデメリット。「障害者」とカテゴライズすることで失われるものと、得られるものがある。

プロジェクトを指揮してきた(一財)日本財団DIVERSITY IN THE ARTSの鈴木京子さんは、次のように語る。

「障害者の作品を世に出せば、彼らを見世物にしている!と批判されることもあります。一方、障害があるのにすごい!と褒められることもある。この称賛は、批判に比べれば良いことかもしれませんが、問題もあります」

「なぜなら、障害を作り出しているのはその人自身というより、社会の側だからです。称賛されるばかりでは、福祉の向上への課題や、障害者の抱える問題が見えなくなってしまうおそれもある。本当の目的は、障害者がどうのではなく、1人1人が放つ光を見つけることなんですよ」(鈴木京子さん)

障害者を「障害者」たらしめているのは、実は社会ではないか。このような論点は「障害の社会モデル」とも呼ばれ、バリアフリー化を推進する際の有力な理論的バックボーンとなってきた。

たとえば近年よく聞かれる「発達障害」という言葉も、現代の社会構造によって何が発達の最高段階とされるかによって生み出された、新しい「障害」かもしれない。義足のオリンピック選手は健常者よりも高く跳ぶ。高齢化によって衰える身体能力は「障害」とはみなされないが、誰もが高齢者になる可能性はある。一体どこからどこまでが障害なのか、社会の都合による部分はないのか、私たちは敏感にならなければならない。

生きづらさと障害

シンガポール芸術祭の舞台の様子(提供:日本財団)

「障害者」「健常者」とカテゴライズすることで、私たちは人と人との間に何らかの線引きをしようとする。その線引きが福祉制度の上で役立つことはあるが(補助金の申請や障害者手帳の獲得など)、それ以上にカテゴライズの功罪を私たちは思わなければならないだろう。何度か障害者の活躍する現場を見てきたが、今回DAZZLEとBOTANの混成チームによるダンスを見て、私はますます分からなくなった。障害とは一体なんだろうか。鈴木さんの言葉がヒントになるように思う。

「この社会では、誰もが何らかの生きづらさを抱えている。障害というのは、生きづらさのことなんです」(鈴木京子さん)

そう、私たちは誰もが社会に適応できるわけではないし、たとえ今適応できていても、そのうち難しくなることがあるかもしれない。

障害者によるダンスチーム「BOTAN」に参加している梶本瑞希さん(中3)の母親は言う。

「彼女は3歳からダンスを始め、これまで夢中で続けてきた。今回はプロに混じって踊る良い機会。本人も、週1回の練習を何より楽しみにしています。娘には、障害があるから自分はダメだと思ってほしくない。学校も、このプロジェクトも、彼女にとっても良い居場所になっていると思います」

彼女たちにとっては、ダンスが居場所だった。瑞希さんの母親が言ったように、多くの人が個性を潰さずに生きていけるような社会には「居場所」が必要だ。誰もが居場所を見つけられるように、自分の力を肯定して活躍するために。私たちは「障害者」「健常者」という枠を超えた、他者への想像力を働かせなければならない。そのためには、自ら壁を壊して他者と関わっていくことが必要ではないだろうか。今回の混成チームによるダンスパフォーマンスは、まさにそうした壁を壊すための一歩になるのだろう。

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