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推定無罪・立証責任という司法の原則は国会の議論に当てはまらない

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 現在の森友学園問題、決裁文書改ざん問題についての国会の議論に対して、推定無罪、立証責任という論理を持ち出され、国会における議論-国会の行政に対するコントロールを否定するかのような立論をされる方が頻見されます。

 私はそれらの方に対して、推定無罪も、立証責任も、国会の議論とは全く別の制度において当てはまる原則であり、それらの原則を国会の議論に当てはめて、国会のよる行政のコントロールを否定することはできません、と申し上げたいと思います。

 まず「推定無罪」ですが、これは刑事裁判において、究極の人権制限である刑罰の適用には極めて謙抑的であるべきであり、かつ何ら捜査権のない一般人にとって「無罪の証明」は極めて困難であることから、犯罪を行ったという事実が合理的疑いを残さない程度に立証されない限り、被告人は無罪と推定されるという原則です。

 この原則は、刑事裁判においては当然厳格に守られるべきものですが、民事裁判においては、例えば適切な契約書や説明書なしでなされた悪徳商法などで相手に損害が生じている時、「そのような契約(合意)が存在したこと自体疑わしく、契約の名の下に保護される事は相当でないので、相手に生じた損害を賠償(返還)せよ。」等の判断がなされる事は幾らでもあり、推定無罪(民事裁判は有罪無罪ではないので正確には「推定無賠償」とでもいうのでしょうが)の原則は全く当てはまりません。

 では、この「推定無罪」は国会の議論-国会による行政のコントロールに当てはまるでしょうか?私は全く当てはまらないと思いますし、当てはまると考える法令上の根拠もありません。国会は、国政調査権を有する国権の最高機関であり(憲法62条、41条)、三権分立上行政府をコントロールするものと解されています。行政は法の支配-「デュー・プロセス・オブ・ロー」の理念の下、正しい行政を行っている事を、国会、ひいては国民に対して証明できるように適切な手続きとそれを証する適正な書面をもって執行されるべきであり、それができない場合行政は、「有罪」-すなわちなすべき手続きとそれを証する書面の作成を含めて適正に行われなかったと評価され、その責任を負うべきものであると、私は思います。

 次に「立証責任」ですが、これは、民事裁判において、ある事実から利益を受ける側がその事実を立証すべき(不利益を受ける側は立証する必要がなく)として、あらかじめ立証の責任を分配しておいて、その事実を立証できなかったときは、当該事実はないものとして結論を導くという原則です。この原則は現実には存在する事実を立証できければない事にしてしまうものであり、真実と異なる結論が導かれる可能性があるという欠点があります。

 しかしそれでも民事裁判においてこの原則が採用されているのは、民事裁判においては通常双方それほど証拠があるわけではなく、かつ証拠を集める捜査権限も無い中で、これがなければ到底結論が導き出せない一方で、ある事実から利益を受ける側がその事実を立証するという立証責任の分配があらかじめ決まっていれば、それぞれの当事者は自分が利益を受け、立証責任を負う事実を証明する証拠-例えば契約書等をあらかじめ作っておけるし作っておくべきであるという事情によるものです。

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