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私の戦い

民主党が政権与党となって少しの間、私はお手並み拝見とばかりに、鳩山政治手腕を静観していた。その間に、全国各地の農村、山村、地域商店街、住宅地を回り、草の根の声を集めて歩いた。現場を見、国民と直接語り合える時間は、政治家として幸せなひとときでもあったと思う。

しかし、沖縄の基地問題、政治とカネのトラブル、子ども手当てのゆくえ、郵政問題……事態は、あっという間にそう安穏としていられない状況へと急転していき、私も黙ってはいられなくなった。

「コンクリートから人へ」。政権交代前から民主党が声高に訴えていたそのキャッチフレーズが、今回のマニフェストから消えた。それもそうだろう。公共事業を減らし福祉政策に振り向けるという政策の転換は、自民党の与党時代にすでに終わっていたのだから。

そもそも公共事業のピークは平成10年で、当時の予算は約14兆円。それが昨年度(自民党政府時)は7兆円と半減している。対GNP比で見ても、現在の公共事業費はフランスの3.2%、アメリカの2.8%とほぼ同じレベルだ(ピーク時は約6%)。

一方、平成10年に17兆円だった社会保障関係費は、昨年度27兆円。公共事業費と社会保障関係費を、平成10年から22年にかけてグラフにすると、ちょうどワニが右側に大きく口を開いたような図になる。公共事業費が下あご、社会保障関係費が上あごで右にグッと上がっている。

衆議院の予算委員会と財務金融委員会、私はこのグラフを使い同様の説明をした。

「あなた方が一丁目一番地としてマニフェストに掲げた『コンクリートから人へ』は、今や九丁目九番地ですよ」と。

谷垣総裁が2月の本会議でその点を指摘したとき、それまで騒々しい野次を飛ばしていた民主党議員が一瞬虚を突かれたように静まったのを覚えている。(→ ビデオ&メッセージ 平成22年3月8日「予算委員会審議を終えて」をご覧下さい)

昨年、民主党の「コンクリートから人へ」に違和感を感じたのは、それまでも地元の建設業者から、「代議士、公共事業が激減して、回らないよ」と苦情を言われていたからだ。一昨年のリーマンショックもあり、地方経済は疲弊していた。そこで、経済対策として、自民党は総選挙前の5月に総額14兆円の補正予算を組んだ。思い起こしてほしいのは、政権交代後、民主党がそのうち3兆円を執行停止にしたこと。日本経済という飛行機のエンジンに注ぎ込むはずだったガソリンを、離陸直前に止めてしまったのだ。

リーマンショック後、世界各国が経済振興策を打ち効果を見せていた中で、日本だけが出遅れた責任は、民主党にある。

「コンクリートから人へ」は、マニフェストから消えた。政権与党を経験した議員の目にしか、見えないことがある。今はその一つひとつを精査し、国民に伝えるべきことを伝えること。そして、言論における戦いを続けることが、これからも必要である。

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