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言葉の生成について(前編)

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もう2年前になるけれど、大阪府の国語科教員たちの研修会に呼ばれて、国語教育について講演をしたことがあった。

そのことを伝え聞いた国語科の先生から「どこで読めますか」と訊かれたので、「お読みになりたいのでしたら、ブログに上げておきます」とお答えした。いずれ晶文社から出る講演録に採録されると思うけれども、お急ぎの方はこちらをどうぞ。

「言葉の生成について」

学期末のお忙しいところ、かくもご多数お集まりいただき、ありがとうございます。ご紹介いただいたように、僕の書いた文章は、入試問題や教科書に出たりしていますが、人間、一回見ると「こういうこと言いそうなやつだ」というのがだいたい分かります(笑)。

僕はエマニュエル・レヴィナスの本を何冊か訳していたのですが、1987年にご本人にはじめてお会いしました。レヴィナスの本、それまでに一生懸命訳してはきたんですけれども、どうも自分の訳文に確信が持てない。こんなことを言っているように思うのだけれども、「そんなことふつう言うかな?」という疑問がありまして、これは本人に会ってみないと分からないと思いました。それで実際にパリまで行って、お会いした。

その時、お会いした瞬間に、それまでの疑問が一瞬にして氷解しました。玄関の前で満面の笑顔で、「ようこそ」と両手を広げているその様子から、その人の体温、息づかい、思考のリズム感までがよくわかった。

ですから、会う前と後では、翻訳のペースが全く違いました。レヴィナス先生とお会いしたすぐ後に『タルムード講話』というのを訳しているのですが、これなんか、今読むと、ほとんど「憑依されている」。達意の訳文なんです(笑)。難解な本なんですけれど、すらすらと訳している。「どうも、これを訳した時、オレ、わかってたらしい」という感じがする。本人に会った直後というのは、そういうことがある。

だから、皆さんは今日、生の内田樹を見たわけですから、これからは教科書で教える時も自信を持って「これはこうだ」と断言できると思います。「だって、ウチダってこんなことを言いそうなやつだったから」と(笑)。胸を張って言えると思います。

今日はこうした場で、文学、言語の話ができるということで、大変嬉しく思っています。

先日、西本願寺の日曜講演に呼ばれて「『徒然草』の現代語訳を終えて」というタイトルで、文学についての講演をすることができました。

これは池澤夏樹さん個人編集している日本文学全集の中の一巻です。池澤さんとそれまでお会いしたことはなかったのですが、ご指名で「『徒然草』はウチダが」と言っていただきました。

この『徒然草』の現代語訳をしている時に、一つ発見がありました。今日はその経験を踏まえて、言葉はどうやって生まれるのか、言葉はどうやって受肉するのかという、言葉の生まれる生成的なプロセスについて、思うところをお話ししたいと思います。

つい最近、PISAの読解力テストの点数が劇的に下がったという報道がありました。記事によると、近頃の子どもたちはスマホなど簡便なコミュニケーションツールを愛用しているので、難解な文章を読む訓練がされていない、それが読解力低下の原因であろうと書かれていました。たしかに、それはその通りだろうと思います。しかし、だからと言って「どうやって読解力を育成するか?」というような実利的な問題の立て方をするのは、あまりよろしくないのではないかという気がします。

というのは、読解力というのは目の前にある文章に一意的な解釈を下すことを自制する、解釈を手控えて、一時的に「宙吊りにできる」能力のことではないかと僕には思えるからです。

難解な文章を前にしている時、それが「難解である」と感じるのは、要するに、それがこちらの知的スケールを越えているからです。それなら、それを理解するためには自分を閉じ込めている知的な枠組みを壊さないといけない。これまでの枠組みをいったん捨てて、もっと汎用性の高い、包容力のある枠組みを採用しなければならない。

読解力が高まるとはそういうことです。大人の叡智に満ちた言葉は、子どもには理解できません。経験も知恵も足りないから、理解できるはずがないんです。ということは、子どもが読解力を高めるには「成熟する」ということ以外にない。ショートカットはない。

僕はニュースを見ていて、読解力が下がっているというのは、要するに日本人が幼児化したのだと感じました。「読解力を上げるためにはこれがいい!」というようなこと言い出した瞬間に、他ならぬそのような発想そのものが日本人の知的成熟を深く損うことになる。なぜ、そのことに気がつかないのか。

以前、ある精神科医の先生から「治療家として一番必要なことは、軽々しく診断を下さないことだ」という話を伺ったことがあります。それを、その先生は「中腰を保つ」と表現していました。この「中腰」です。立たず、座らず、「中腰」のままでいる。急いでシンプルな解を求めない。これはもちろんきついです。でも、それにある程度の時間耐えないと、適切な診断は下せない。適切な診断力を持った医療人になれない。

今の日本社会は、自分自身の知的な枠組みをどうやって乗り越えていくのか、という実践的課題の重要性に対する意識があまりに低い。低いどころか、そういう言葉づかいで教育を論ずる人そのものがほとんどいない。むしろ、どうやって子どもたちを閉じ込めている知的な枠組みを強化するか、どうやって子どもたちを入れている「檻」を強化するかということばかり論じている。

しかし、考えればわかるはずですが、子どもたちを閉じ込めている枠組みを強化して行けば、子どもたちは幼児段階から脱却することができない。成長できなくなる。でも、現代日本人はまさにそのようなものになりつつある。けっこうな年になっても、幼児的な段階に居着いたままで、子どもの頃と知的なフレームワークが変わらない。もちろん、知識は増えます。でも、それは水平方向に広がるように、量的に増大しているだけで、深く掘り下げていくという垂直方向のベクトルがない。

読解力というのは量的なものではありません。僕が考える読解力というのは、自分の知的な枠組みを、自分自身で壊して乗り越えていくという、ごくごく個人的で孤独な営みであって、他人と比較したり、物差しをあてがって数値的に査定するようなものではない。読解力とは、いわば生きる力そのもののことですから。

現実で直面するさまざまな事象について、それがどういうコンテクストの中で生起しているのか、どういうパターンを描いているのか、どういう法則性に則っているのか、それを見出す力は、生きる知恵そのものです。何か悲しくて、生きる知恵を数値的に査定したり、他人と比較しなくてはならないのか。そういう比較できないし、比較すべきではないものを数値的に査定するためには、「読解力とはこういうテストで数値的に考量できる」というシンプルな定義を無理やり押し付けるしかない。けれども、ある種のドリルやテストを課せば読解力が向上するという発想そのものが子どもたちの「世界を読み解く力」を損なっている。

僕がそのように思うに至ったのには、レヴィナスを翻訳した経験が深く与っています。レヴィナスは「邪悪なほど難解」という形容があるほど難解な文章を書く哲学者です。

僕は1970年代の終わり頃、修士論文を書いている時にレヴィナスの名を知り、参考文献として何冊かを取り寄せ、最初に『困難な自由』という、ユダヤ教についてのエッセイ集を読みました。しかし、これが全く理解できない。そして、茫然自失してしまった。にもかかわらず、自分はこれを理解できるような人間にならなければということについては深い確信を覚えました

ただ知識を量的に増大させて太刀打ちできるようなものではない、ということはよくわかりました。人間そのものの枠組みを作り替えないと理解できない。それまでも難しい本はたくさん読んできましたが、その難しさは知識の不足がもたらしたもので、別に自分自身が変わらなくても、勉強さえすれば、いずれ分かるという種類の難解さに思われました。

でも、レヴィナスの難解さは、あきらかにそれとは質の違うものでした。今のままの自分では一生かかっても理解できないだろうということがはっきりわかる、そういう難解さでした。その時は「成熟する」という言い回しは浮かびませんでしたが、とにかく自分が変わらなければ始まらないことは実感した。

いきなり道で外国人に両肩を掴まれて、話しかけられたような感じでした。「とにかくオレの話を聞け!」と言ってるらしいけれど、何を言っているかは全然わからない。どうやら僕が緊急に理解しなきゃいけないことを話しているらしい。でも、何を言っているのか分からない。とにかく、先方が僕に用事がある以上、僕がそれを理解できるように変わるしかない。そう実感したんです。

仕方がないので、それから翻訳を始めました。意味が分からないままフランス語を日本語にするわけですから、ほとんど「写経」です(笑)。

一応文法的に正しい日本語にはしますが、直訳した日本語の訳文を読んでも、やはり意味がわからない。出版社に翻訳を約束したので、一応二年ほどかけて訳し終えたんですが、訳者に理解できないものが読者に分かるはずがないと思って、ちょっとこれはお出しできないなと思って、そっと押し入れにしまった(笑)。

そのまましばらくはレヴィナスのことを忘れて、他のことに集中しました。その間にいろいろなことがあり、病気になったり、家族と諍いがあったり、就職したり、育児をしたり、武道の稽古に励んだり、いろいろありました。そしてある日、久しぶりに出版社の担当編集者から連絡があって、翻訳はどうなったと聞いてきました。

そこでしかたなく押し入れから原稿を取り出して読んでみた。そしたら、ちょっと分かるんですよ。驚きました。別にその年月の間に僕の哲学史的知識が増えたわけではない。でも、少しばかり人生の辛酸を経験した。愛したり、愛されたり、憎んだり、憎まれたり、恨んだり、恨まれたり、裏切ったり、裏切られたり、ということを年数分だけは経験した。その分だけ大人になった。だから少しだけ分かる箇所が増えた。

例えば、親しい人を死者として送るという経験をすると、「霊的なレベルが存在する」ということが、皮膚感覚として分かるようになります。祈りというものが絶望的な状況に耐える力をもたらすということもわかる。共同体を統合するためにはある種の「強い物語」が必要だということもわかる。そういうことが40歳近くなってくると、少しずつ分かるようになってきたら、レヴィナスが書いていることも少しずつ分かってきた。

レヴィナスが難解だったのは、語学力や知識の問題というよりは、自分が幼くて、レヴィナスのような「大人」の言うことがわからなかったからだということがわかった。

レヴィナスの書くものの本質的なメッセージは、一言で言うと、「成熟せよ」ということです。

『困難な自由』に、「成人の宗教」という短いエッセイが収められています。ポスト・ホロコースト期のフランス・ユダヤ人社会の最大の問題は「なぜ神は我々を見捨てたのか」でした。なぜ同胞600万人が虐殺されたあの苦難の時代に神は我々を救うために顕現しなかったのか。そういう理由で父祖伝来の宗教を捨てていく人々たちが出てきました。その人たちに対して、レヴィナスはこう語りかけました。

「あなた方はどんな神を信じていたのか。あなた方が善行をなせば報奨を与え、悪事をなせば処罰する。そんな勧善懲悪の原理で動く単純な神を、あなた方は今まで信仰していたのか? だとしたら、それは『幼児の神』である。ホロコーストは、人間が人間に対して犯した罪である。そうである以上、それを裁き、傷ついた人たちを癒すのは人間の仕事である。地上に正義をもたらすのは人間の仕事であって、神の仕事ではない。人間がなすべき仕事に神の支援を求めるのは、自分が幼児であるということを告白しているに等しい。もし神にそれにふさわしい威徳があるとすれば、それは『神の支援なしに地上に正義と慈愛を実現できるような成熟した人間を創造したこと』以外にない。」

レヴィナスはそう言って、ほとんど無神論とすれすれのロジックによって崩れかけた信仰を再建しようとしたのです。これは確かに、子どもには理解しがたいものだと思います。深い絶望の時間を生き抜いて、それでもこの世を生きるに値するものにしようと決意をした人だけが語りうるような、重い言葉でした。この言葉に自分が感動しているとわかった時に、自分もようやく幼児期を脱したんだなという気がしました。

この経験からわかったのは、僕たちは意味が分からなくても読めるし、何を書きたいのかわからないままにでも書けるということでした。人間にはそういう生成的な言語能力が備わっている。読解力というのは、そのような潜在的能力を開発することによってもたらされるということです。

全く分からないけどどんどん読む。そうすると、何週間かたつうちに、意味は分からなくても、テキストと呼吸が合ってくる。呼吸が合ってくると、「このセンテンスはこの辺で終わる」ということがわかる。どの辺で「息継ぎ」するかがわかる。そのうちにある語が来ると、次にどういう語が来るか予測できるようになる。ある名詞がどういう動詞となじみがいいか、ある名詞がどういう形容詞を呼び寄せるか、だんだん分かるようになる。

不思議なもので、そうなってくると、意味が分からなくても、文章を構成する素材については「なじみ」が出てくる。外国語の歌詞の意味がわからなくても、サウンドだけで繰り返し聴くうちに、それが「好きな曲」になるのと同じです。

そのうちにだんだん意味がわかってくる。でも、それは頭で理解しているわけじゃないんです。まず身体の中にしみ込んできて、その「体感」を言葉にする、そういうプロセスです。それは喩えて言えば、「忘れていた人の名前が喉元まで出かかっている」時の感じに似ています。「ああ、なんだっけ、なんだっけ。ここまで出かかっているのに、言葉にならない」というあれです。これはただ「わからない」というのとはもう質が違います。体はもうだいぶわかってきている。それを適切な言葉に置き換えられないだけなんです。

身体はもうかなりわかっているんだけれど、まだうまく言葉にならないで「じたばたしている」、これこそ言葉がまさに生成しようとしているダイナミックな局面です。たしかに思いはあるのだが、それに十全に照応する記号がまだ発見されない状態、それはと子どもが母語を獲得してゆくプロセスそのものです。僕たちは誰もが母語を習得したわけですから、そのプロセスがどういうものであるかを経験的には知っているはずなんです。

まず「感じ」がある。未定型の、星雲のような、輪郭の曖昧な思念や感情の運動がある。それが表現されることを求めている。言葉として「受肉」されることを待望している。だから必死で言葉を探す。でも、簡単には見つからない。そういうものなんです。それが自然なんです。それでいいいんです。そういうプロセスを繰り返し、深く、豊かに経験すること、それが大切なんです。

レヴィナスを毎日翻訳するという生活が10年近く続いたわけですけれど、これだけ「わからない言葉」に身をさらすということをしていると、まだぴったりした言葉に出会っていない思念や感情は、いわば「身に合う服」がないまま、裸でうろうろしているような感じなんです。だから、何を見ても「あ、これなら着られるかな、似合うかな」と思う。四六時中そればかり考えている。

新聞を読んでも、小説を読んでも、漫画を読んでも、友だちと話していても、いつも「まだ服を着ていない思い」が着ることのできる言葉を探している。そのことがずっと頭の中にある。そうすると、喉に刺さった魚の骨みたいなもので、気になって気になって、朝から晩まで、そのことばかり考えている。

でも、魚の骨と同じで、そのことばかり考えているうちに、それに慣れて、意識的にはもう考えなくなってしまう。そして、ある日気がつくと、喉の痛みがなくなっている。喉に刺さっていた小骨が唾液で溶けてしまったんです。「痛い痛い」と言いながら、身体はずっと気長に唾液を分泌し続けていた。そして、ある日「喉に刺さった小骨」は溶けて、カルシウムになって、僕の身体に吸収され、僕の一部分になってしまっていた。

新しい記号の獲得というのは、そういうふうにして行われるものだと思います。「記号化されることを求めているアイデアの破片」のようなものが、いつも頭の中に散らばっている。デスクトップ一杯に散らかっている。だから、何を見ても「これはあれかな」と考える。音楽を聴いても、映画を見ても、本を読んでいても、いつも考えている。

そういう時に役に立つのは「なんだかよくわからない話」です。自分にうまく理解できない話。そういう話の中に「これはあれかな」の答えが見つかることがある。当然ですよね、自分が知っているものの中にはもう答えはないわけだから。知らないことの中から答えを探すしかない

自分がふだん使い慣れている記号体系の中にはぴったりくる言葉がないわけですから、「よそ」から持ってくるしかない。自分がそれまで使ったことのない言葉、よく意味がわからないし、使い方もわからない言葉を見て、「あ、これだ!」と思う。そういうことが実際によくあります。歴史の本とか、宗教書とか、武道や芸能の伝書とか、今やっている哲学の論件と全然関係のなさそうな書物の中にぴったりの比喩や、ぴったりの単語があったりする。

これは本当によい修業だったと思います。そういう明けても暮れても「言葉を探す」という作業を10年20年とやってきた結果、「思いと言葉がうまくセットにならない状態」、アモルファスな「星雲状態」のものがなかなか記号として像を結ばないという状態が僕にはあまり不快ではなくなった。むしろそういう状態の方がデフォルトになった。

そうなると、とにかく大量に「出力」するようになります。仕方ないです。「記号として受肉することを求めているもの」、「早く言葉にして言い切ってくれ」と懇願するようなものが、身体の中、頭の中で、明けても暮れてもじたばたしているわけですから。とにかく下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる式にどんどん出力してゆく。書いても書いても「これでは言葉が足りない」と思うから、さらに出力する。

自分でも時々、本棚を見て、何やってるんだろうと驚くんです。自分の本だけ置いてある棚があるんですけれど、もう100冊以上ある。10年と少しで、それだけ書いた。自分でも何を出したか覚えていない位なんです。だから、「ゴーストライターがいるの」とよく聞かれます(笑)。

ゴーストライターはもちろんいません。僕の中には「言葉になりたい」とじたばたしているアイデアがつねにある。だから、ずっと「中腰」でいる。言いたいことを言い切ってすっきりしたという状態は、絶対に来ないんです。何を書いても、言い足りない、あるいは、言い過ぎる。言い足りないところを言い足し、言いすぎたところを刈り込んでゆくと、いつまでもエンドレスで書かざるを得ないわけです。

自分の理解を超えるもの、自分にとって未知なものを、自分の手持ちの語彙の中に落とし込むということがどうしてもできない。そんなことしても、少しも楽しくない。だって、それが「自分の理解を超えるもの」「自分にとって未知のもの」だということを僕は知っているわけですから。人は騙せても、自分は騙せない。

わからないことについて、わかったふりなんかしても、少しも楽しくない。それよりは、自分の語彙を増やし、自分のレトリックを練り上げ、自分のロジックをバージョンアップする方がいい。どうしても実感できない概念を、想像力の限りをつくしてなんとか追体験しようとする。そういう訓練を、翻訳を通じてずっとしてきました。僕がその後物書きとして大量に出力するようになったのは「何を言っているかわからないテクストをわかるためには自分が変わるしかない」という気づきが深く与っていると思います。

言葉の生成と、武道の稽古が深いところで繋がっているということにも最近気がつきました。同じ人間が35年にわたって昼はレヴィナス、夜は合気道という生活をしていたわけだから、その二つは深いところでは繋がっているに決まってるんです。でも、それがどういうふうに繋がっているのかをなかなかうまく言葉にすることができなかった。でも、自分で道場を持って、門人を教えるようになって分かってきました。

武道の修業には目に見える目標というものはないのです。100mをあと1秒速く走るとか、上腕二頭筋をあと1㎝太くするとか、数値的に計量化できる目標は武道には存在しません。今やってるこの稽古が何のためのものなのか、稽古している当人はよくわからない。わからないままにやっている。自分がしてきた稽古の意味は事後的にしかわからない。というのも、修業の成果というのはもっぱら「自分の身体にそんな部位があるとは知らなかった部位を感知できるようになる」「自分の身体がそんなふうに動くとは知らなかった動かし方ができるようになる」というかたちで現れるからです。自分の身体にそれまで身体部位として分節されたことのなかった部位や働きが立ち現れる。記号的に分節されていなかったものが記号として立ち上がる。ですから、稽古を始める前に、ある能力の向上やある部位の強化について数値的な目標を掲げることはできません。目標とすべき「能力」や「部位」それ自体がその段階では認識できていないからです。感知できるようになってから、そこに感知されるような何かがあったことがわかる。動かせるようになってから、そこに操作可能な何かがあったことがわかる。自分が何を習得したのかを知るのはつねに事後においてなのです。修業が進んで、技術に熟練してはじめて、分が何を稽古しているのかが言えるようになる。身体が先で、言葉が後なんです。

自分の中に湧いてきた体感的な気づきを言葉にして、具体的なプログラムに組み替えて、それを門人たちに教えるということを自分の道場を持ってから26年間繰り返してきました。これもまた自分の中にある、アモルファスな、星雲状の身体感覚です。レヴィナスの時はアイデアでしたが、合気道の場合は身体的な気づきです。前言語的な「感じ」をなんとかして言葉にしていく。そして、その言葉に基づいて門人たちに実際に動いてみてもらって、その言葉が適切だったのかどうかを判断する。表現が適切であれば、みんなの動きが一変する。不適切であれば、みんなまごついたり、あるいは僕がイメージしていたものとは別の動きが現れてくる。そうやって僕の使った言語記号の適否はすぐに判定できる。

こういう経験をしてきて、いくつか気がついたことがあります。

一つは、具体的に身体部位を指示して、腕をこう動かしなさいとか、足をここに置きなさいというように、具体的に指示することは武道的な動きの習得の上では、ほとんど効果がないということです。人間はある部位を意識的に動かそうとすると、それ以外のすべての部位を止めようとする。手首を「こういうふうに」動かしてというような指示をすると、手首以外のすべての部位を硬直させて、手首だけを指示通りに動かそうとする。でも、実際に人間はそんなふうに身体を使いません。重心の移動も、腰の回転も、内臓も含めて全部位を同時に動かすことによって一つの動作を行っている。でも、具体的に「手首をこういうふうに」という指示を出すと、それ以外の随伴するべき動作を止めて、手首の動きに居着いてしまう。

だから、具体的な指示はしない方がいい。では、なにが有効かというと、文学的表現なんです。経験的には、詩的なメタファーが最も有効です。「そこにないもの」を想起させて身体を動かしてもらうと、実に身体をうまく使う。現にそこにある自分の身体を操作しようとするとぎくしゃくするけれど、そこにないものを操作する「ふり」をさせると、実に滑らかに動く。

最初にポエジーが効果的だと気づいたのは、もう10数年前になります。その時は、手をまっすぐに伸ばすという動作がなかなかみんなできなかった。そこで、ふと思いついて、こんな情景を想像してもらいました。「曇り空から今年はじめての雪が降ってきた。軒の下からそっと手を差し出して、手のひらに初雪を受ける」そういうつもりやってみてくださいと言ったら、みごとな動きをしてくれた。今思っても、いい比喩だったと思います。手のひらにわずかな雪片の入力があって、それが感知できるためには、手のひらを敏感にしておかないといけない。そのためには腕の筋肉に力みがあってはならない。わずかな感覚入力に反応できるためには、身体全体を「やじろべえ」のようにゆらゆらと微細なバランスをとっている状態に保っていなければならない。身体のどこかに力みがあったり、緩みがあったりすると、バランスは保てません。だから、全身の筋肉のテンションが等しい状態になっている。そういう状態を自分の骨格や運動筋だけを操作して実現することはほとんど不可能ですけれど、「初雪を手のひらに受ける」という情景を設定するだけで、誰にでもできてしまう。そこにある骨格や運動筋を操作するよりも、「そこにないもの」を思い描く方が複雑で精妙な身体操作ができるということをその時に実感しました。

先日、初心者ばかりの講習会があって、そこで両手を差し出して、それを180度回転させるという動きをしてもらうということがありました。なかなかみんなうまくできなかった。そこで、こんな状況を想像してもらいました。「赤ちゃんが2階から落ちてきたので、それを両手で抱き止めて、後ろのベビーベッドにそっと寝かせる。」設定が変なんですけれど、そういう状況をありありと思い描けたら、すぐにできる動作なんです。そのままなんですから。女の人がこういうのは、うまいですね。男の人たちはけっこうぎごちない。赤ちゃんをあまり抱いたことないんでしょうね。

何かの「目標」が与えられたら、放っておいても、それを達成するために身体は最適運動をしてくれます。そして、武道の場合は対敵動作ですが、僕が「そこにないもの」をめざして何か行動した場合、相手からすると、その動きを予見したり、阻止したりすることは非常に難しくなる。だって、何をしようとしているかわからないんですから。仮に相手が僕の手を両手でがっちりつかんでいる場合、「そこにある手」を振りほどくという動作は非常に難しい。でも、例えば、その時に僕の鼻の頭に蚊がとまったと想定すると、僕は蚊を追い払おうとする。その時、手は、鼻の頭に至る最短距離を、最少時間、最少エネルギーで動こうとする。その動きには「起こり」もないし、力みもない。具体的にそこにあって僕の動きを制約している相手の両手を「振りほどこう」とする動きよりも、どこにもいない想像上の蚊を追い払おうとする手の動きの方が速く、強い。「そこにないもの」にありありとしたリアリティを感じることのできる想像力の方が、具体的な筋力や瞬発力よりも質的に上等な動きを実現できる。それは武道の稽古を通じて、僕が実感したことです。

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