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信頼失墜につながる「データ改ざん」がなぜ起こるのか

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 "リスクの伝道師"山崎毅(やまさき・たけし)です。毎月議論している食の安全・安心に係るリスクコミュニケーションにおいて、情報発信者にもっとも必要な資質、それは「信頼」です。リスク管理責任者である行政機関や事業者がこの「信頼」を築くためには一朝一夕では難しく、長年にわたって消費者市民のための安全・安心や付加価値を地道に積み上げていく必要がありますが、ひとたびデータ改ざんなどの不正が発覚してしまうと、その「信頼」は一夜にして失墜します。そうなればもう、いくら丁寧にわかりやすくリスコミを実施したところで、消費者市民の疑念はむしろ助長され、リスク情報を冷静に判断してもらえない蟻地獄状態、すなわち「リスクコミュニケーションのパラドックス」に陥ります。いま国政を揺るがせている森友学園問題は、まさにこのデータ改ざんにより行政府の「信頼」が地に落ちた状況と言ってよいでしょう。信頼失墜につながるかもしれないデータ改ざんをヒト/組織はなぜやってしまうのか、今月はこの点について考察します。

 まずは、3月16日に御茶ノ水で開催された公益社団法人日本工学アカデミー主催の『EAJシンポジウム【テーマ:日本メーカー製品の品質低下による事故や製品性能データ捏造問題】-第13回安全工学フォーラム-』において、2つのご講演:『マスコミが伝えるデータ改ざんとものづくりの危機~垣間見える「日本のものづくり」~』(品質と安全文化フォーラム代表理事 中嶋洋介氏)と『なぜ製品不祥事が繰り返されるのか~企業の視点から安全文化確立への課題を考える~』(大成建設株式会社 管理本部 法務部長 南波裕樹氏)を拝聴したので、これらから得た興味深い知見を抜粋してお伝えする。もちろん本フォーラムでテーマとなった事例は森友学園問題ではなく、一連の企業で発生したデータ改ざん問題だが、不正が起こった背景や経緯は類似点が多いため、今回の考察の中で引用させていただくこととした。

 南波氏のご講演の中で筆者がもっとも注目したのは、不正の原因として以下の三要素(不正のトライアングル Donald Ray Cressey)が提唱されているということだ:

  • 『Pressure』(圧力・動機)―不正を起こす動機
  • 『Opportunity』(機会)―不正をしても、露見しない方法や環境が整っている
  • 『Justification』(正当化)―皆がやっていることだから、誰にも迷惑をかけないから、と自分に言い聞かせてルールを破る

 たしかに今回の森友学園問題で起こった財務省のデータ改ざんに関しても、これら三要素が不正の原因になったであろうことは頷けるところだ。『Pressure』に関しては昨年の流行語にも選ばれた「忖度」があったのではないかと言われているが、政治家やその関係者からの無言の圧力が動機となって、行政機関の担当者たちが「余計な気をまわしてしまう」ことがまさに「忖度」であり、世間ではよくあることなのだろう。もちろん今回の森友学園問題が本当に無言の圧力による「忖度」だったのか、それともどなたかからの「有言の圧力」があったのかは不明であり、国会証言ですら偽証の可能性があるのであれば、データ改ざんの原因に関する真実は最後までわからないかもしれない(少なくとも本記事の掲載時においては不明)。しかし、いづれにしてもデータ改ざんの原因のひとつが『Pressure』であったことに変わりはないのだろう。

 そう考えるとこの『Pressure』を無くしてしまえば、不正の原因の3要素がひとつ消えることになってよいのだが、残念ながら世の中からこれが消えることはあり得ない。なぜなら、世の中のヒトや組織には必ず上下関係や利害関係があるため、『Pressure』は永遠に無くならないからだ。そうなると結局、その『Pressure』自体がよほど社会や組織にとって不当なもの、たとえば法令違反であったり、パワハラなどのコンプライアンス違反、倫理上の問題、あるいは社会や組織に明白な不利益をもたらすような命令・指示など(市民の安全性を脅かすようなもの)かどうかを追及し、これを正していく必要があるだろう。その意味では森友学園問題でも、この『Pressure』が不当なものだったのかどうか、真実を見極めなければデータ改ざんが起こってしまった原因のひとつが分析できないのは間違いない。ただ、大切な国民生活に係る重要な法令や国家予算を決めることが第一義である国会において、本件の証人喚問がいま本当に必要かどうかというと疑問の残るところではある。たしかに行政機関の公的文書の恣意的改ざんの疑いは強いため、民主主義の根幹にかかわる問題として国会での審議が必要との考え方にも一理あるが、まずはコンプライアンス違反があったのかどうかを司法に委ねたほうがよかったかもしれない。

 この『Pressure』が不当なものにならないような予防対策を民間企業内でも設定することができるのだろうか。南波氏のご講演でも強調されたことだが、企業が生き残るためにはROEや収益第一主義を否定することはできないし、利潤を第一義とすることによる経営陣や営業からの『Pressure』が消えることはないだろう。ただ、顧客の安全を脅かしたり経済的損害を与えるような法令違反やパワハラなど、自社の利潤のためのコンプライアンス違反は言語道断であり、企業のROE第一主義もコンプライアンス遵守の基盤のうえに成り立っていることを認識すべきとの見解には、100%賛同できるものであった。ただこの上位機関・顧客・経営陣・営業・上司などからの『Pressure』がたとえ正当なものであったとしても、『Pressure』を受けた側が余計な気をまわして、不正なデータ改ざんに走ってしまう可能性もあり、おそらく世間で起こっている多くの不正はこれが原因となっているのではないかと疑われる。すなわち、『Pressure』を受けたときにいかにしてコンプライアンス違反に走らずに、うまくその『Pressure』を処理できれば、不正防止につながるわけだが、そのような『Pressure』対処マニュアルは整備されているだろうか。

 たとえば商品の納期について、あまりにも早期の納品を営業から求められたときには、既定の納期設定がされた合理的根拠を普段から営業や上司に対してわかりやすく説明しておくことは肝要だろう。すなわち、既定の納期より短期間での納品をしようとすると、安全性・品質・コンプライアンス面でのリスクがどのくらい増大するのかを数字で示しておけば、営業サイドも早期納品を希望することで、自分にも責任が及ぶことを自覚することになるはずだ。すなわち自分の組織内で『Pressure』を受けるポイントはほぼ予測がつくので、不正が起こりそうな脆弱な業務過程に関しては、不断から経営陣・関係部署でリスク管理情報を共有し、組織内の透明性を高くしておくことで、無用な『Pressure』を減らすことができる組織体制の構築は可能と考える。

 さてこの『Pressure』がかかったヒトもしくは組織にとって、もうひとつの不正のトライアングルとして『Justification』(正当化)が起こるという深刻な問題がある。「ずっと前からやっていたが安全性に問題はなかった」「一度も事故は起こっていない」「社内規格が厳しすぎることはわかっており、コンプライアンス上は問題ない」「ほかの部署もみなやっているから・・・」「納期遅延による顧客喪失は回避すべき」「会社を守るためだ」などなど、不正なデータ改ざんや捏造をしてしまった方々の「正当化の言い訳」のオンパレードという印象だ。森友学園問題においても、決裁文書そのものの改ざんではなく別添資料の書き換え(「忖度」をにおわせるような誤解を招く表現があまりに多すぎたため、上位機関の判断で訂正した?)と解釈すると、法的には問題ないはずだという組織第一主義の『Justification』が起っていたのではないかと疑われる。

 この不正の原因となる『Justification』をどうやって改善していくかについては、その正当化の内容を詳しく吟味したうえで、もしそのデータ改ざん自体が実質的に問題のない正当な社内規格や業務工程なのであれば、当該正当化されたデータを組織として正式に採用したことを外部向けに発信しておけばよいであろう。ただし、「ずっと事故が起こっていないのだから問題ない」などという考え方で正当化されたリスク管理手法は、適正なリスクアセスメントがなされていない可能性もあるため、厳しく吟味するということが大前提である。ずっと地震が起こらなかったじゃないかという『Justification』=言い訳のもとに耐震構造の甘い建築物が多かったことで、阪神淡路大震災の被害は拡大した。いままで事故が起こっていないからといってリスクが低いとは限らない。リスクとは「将来の危うさ加減」であり、それを事前に評価することによって、リスクアセスメント⇒リスクマネジメントが適正になされれば、未曽有の災害ですら予防ができる可能性はあるはずだ。

 もちろんだが「会社を守るため」「自分の組織や地位・報酬を守るため」「会社は利潤を追求しなければ生き残れない」などという組織内の正当化理由でデータ改ざんすることは、組織外からは正当化されるはずもなく、あくまで「社会・消費者市民・顧客のため」でなければその『Justification』は市民から認められない。このあたりをどう組織内で統制していくかについては、やはり組織内教育を徹底することで不正防止をしていくしかないように思う。データ改ざんを正当化して組織自体が崩壊した過去の実例から学ぶなどが有効ではないか。

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